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頑張り屋さんの先代王妃

 

「以前私はそなたに、ルクレツィアを家族として愛していると言ったな」

「はい」


 初対面で私を愛するつもりはない、と言った陛下。

 その後も、二度と恋をすることはないだろうと言っていたので、私はすっかり、陛下は前王妃様であるルクレツィア様のことを忘れられないのだとばかり思いこんでいた。

 実際は自分の都合だけを優先して私を娶ったので、恋をする権利なんてない、というライアン様らしい生真面目な自戒だったわけだけど。

「あれは私の素直な気持ちだ。……ルクレツィアのことも、ディーノのことも、私はとても大切にしているつもりだった」

 無言で陛下の髪を梳き続ける。独白のような吐露は、私の返事を必要としていない。

 これはライアン様の、懺悔だ。

「ルクレツィアは幼い頃からとても優秀で、王妃となってからも周囲の期待に応え続けていた。誰もが素晴らしい王妃だと褒め称え、私もそう思っていた」

 そうね、ルクレツィア様といえば一国民だった当時の私もそう思ってた。いや、今でもそう。だから、私はその何倍も頑張らなくっちゃ、と考えてるんだもの。

 でも違った、てことなのかしら?

「……私は、優秀な王だと言われている」

「ええ」

「だが、私が完璧でないことは、私自身がよく知っている。苦手なことも、出来ないこともある。それを外からは悟られないように努めているだけだ」

「…………そうですね」


 ああ、悲しくなってきた。話の流れが、見えてきてしまったのだ。

「だというのに、何故ルクレツィアもそうだとは気付いてやれなかったのか……」

 ぎゅう、と強く抱きしめられて、私も陛下の頭をより一層抱き込む。

 この方は、奥方の苦悩に気付いてあげられなかったことを今も後悔し、自分を責めているのだ。

「王妃としての公務や世継ぎを望む声に、ルクレツィアは無理をして応え続けていたのだ。あらゆる重圧に耐え、私に頼ることもなく、一人で」

 陛下の金の髪に、キスを落とす。小さな弟妹達にするような慰め、慈しむキスだ。

「……そして心身共にボロボロになったルクレツィアは、私とディーノを残して神の国へと旅立ってしまった。私は彼女を救うことも、弱音の一つも聞いてやることが出来なかった、ひどい夫だ」

 陛下の声は平坦で、震えてもいない。深い後悔は血を吐くような痛みを伴っている筈なのに、この方はもうずっとそのことを考え続けているから、感情が激しく振れることがないのだろう。

 ただただ、己を責める悔恨だけが降り積もっていく。

「……だから次の王妃には公務をさせず、ただ丈夫であることを望んだんですね」

「ああ……正直、そなたが婚約破棄を突き付けられた現場を見た時には、あまりの衝撃に奮えたほどだ」

「大袈裟ですね」

 くす、と笑うと、陛下も笑ったのが体の振動で分かった。


「これほど強い女性ならば、王妃の座に任せることが出来るのではないか、と希望を持ってしまったのだ」

 やっぱり年単位で王妃の座が空席なのは問題があったのだ。でもルクレツィア様のことがあったから、陛下は新しい妃を娶ることに関して消極的だったのね。

「……そしてそなたが、アマンダにディーノの世話役を依頼し断られた際に代わりに推薦された令嬢だと気付いた」

 なるほど。

 私は、陛下が望んでいる条件にぴったりだったのね。だから世話役として推薦された私を、お飾りの王妃として娶る為に呼んだ。

 頑丈だから。


「自分勝手な王だろう? 軽蔑したか」

「その件に関しては、もう随分前に解決してます。引っ張り出して怒るほうが心が狭いってものですよ」

 ふふ、と私はつい笑ってしまった。この人は、これまでの人生で出来なかったことって本当に少ないんだろうな。

 だから、数少ないその失敗を何度も反芻して、後悔しちゃうんだ。私を娶った経緯なんて、ちゃんと謝って、愛してるって言ってくれた、あの両想いになった時点で私自身が許してるんだから気に病まなくていいのに。

 それに、きっとルクレツィア様も陛下のことを責めたりしないと思うけど……それは私が彼女の人となりを知らないから、断言は出来ない。でも

「私は、あなたを軽蔑したりしません。愛しているから」

 言葉はすんなりと出た。

 そう、これは贔屓なのだ。私はライアン様を愛しているから、彼が失敗しても許す。それが私の愛だから。

 そりゃあ国や他の人に迷惑をかけることならそうも言っていられないだろうけど、私と陛下の二人の間のことだったら、私が許せば他の誰にも文句なんて言わせないわ。

「愛しているから、何も心配しなくていいんですよ」

 私の前でだけは。

 ゆっくりと顔を上げた陛下の青い瞳が、私を見つめる。

「ウィレミナ……そんなそなただからこそ、もう二度と失いたくないのだ」

「……そっか。それで……」

 ルクレツィア様の時のような悲劇を繰り返さない為に、陛下は私に対して過保護になったのね。

「私も……そなたを愛しているから、守りたい。だというのにあんな方法しか取れず、何が優秀な王なものか」

「陛下……」

 寂しがりやで、心配性な私の可愛い旦那様。

 この人が、私を愛してくれている限り私がどれほどだって強くなれる。

「……きっとルクレツィア様もそうだったんだわ」




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