こうして私は、私になった
「……本当に何しに来たのよ、あの人」
アマンダが応接室を出て行ってから、私は口にも出してしまった。
すると、自分の分のお茶を飲んでいたレイリーネが微笑む。
「アマンダ様なりに、ウィルのこと心配してるんだとは思うわよ」
「……そうかなって思う時もあるけど、あんな言い方じゃあ素直に聞けないわ」
私もお茶のカップを手に取る。アマンダと接していたのは短い時間だった筈なのに、いつの間にか喉がカラカラだった為すぐに飲み干してしまった。
実母のことは嫌っている、というよりも苦手なのだ。言葉の一つ一つに反論したくなってしまうし、正論を言われても反発したくなってしまう。
そして何より、そんな大人げない自分に自己嫌悪が募るのだ。他の人に対してならば、もっと上手く立ち回れるのに。
「あらぁ、別に素直に聞く必要ないじゃない。アマンダ様も好きに言いに来ているだけなんだから、あなたも好きにすればいいのよ」
レイリーネはあっさりと言って、ごくごくとお茶を飲むんだ。
「あの方が全く関係のないご婦人だったら、あなたは気にせず忠告を無視するでしょう?」
「……そりゃあね。意見を聞く必要ないもの」
私が頷くと、レイリーネも同じようにうんうん頷く。
「だからあなたが今そんな風に感じているのは、相手がアマンダ様だから。でもアマンダ様に言われたからと言って、あなたが必ずしも気にする必要はないの」
レイリーネの言葉に対して、私は首を傾げる。
「それはアマンダが、他人だから、ということ?」
「違うわ。誰に何を言われようと、あなたが気にするかどうかはあなたが決めればいいの」
「……相手が誰でも?」
レイリーネにも? 父にも? 陛下にも?
視線だけで訊ねると、彼女はカップをソーサーに戻してから頷く。
「あなたは愛情深くて優しい子に育ったわ。それは私の誇りよ。だけど、アマンダ様とのことはあなたの中でまだ整理が出来ていないこと。」
「……うん」
「その気持ちを大切にしていいのよ。傷ついて泣いていた、おちびのウィルのことを無視しなくていいし、今の王妃として頑張っているウィルの心も大切にすればいいの」
義母の手は、いつも温かい。抱き寄せられるとホッとする。
「今、無理矢理結論を出さなくていいの。あなたがあなたのままで、ゆっくり答えを出せばいいのよ」
「……結局自分で考えろってことよね」
私が可愛くないことを言うと、えい、とレイリーネは私の鼻をつまんだ。
「そうよ。自分で決めていいのよ、ウィル」
晴れやかに笑うレイリーネは父とは年の離れた後妻で、実家は貧乏な男爵家だった。
彼女は元々侍女としてハノーヴァ伯爵家で働いていて、生まれたばかりの私の世話役だったのだ。アマンダが屋敷を出て行って、わけが分からず泣いてばかりいた私の傍にいてくれたお姉さん。そんな彼女の姿を見て、父はレイリーネを後妻に迎えることを決めたのだという。
父は持参金は受け取らず実家の男爵家への金銭援助をしてレイリーネを娶ったが、今聞けば、それは若い娘を金で買ったとも見える。当時レイリーネがそのことをどう思ったのかは知らないし、私には聞く資格はないだろう。きっと、周囲に嫌なこともたくさん言われてきた筈だ。
そのことで尊敬する大好きな義母の人生を、幼い私が歪めてしまったのではないか、と悩んだ時期もあった。
でも、この件について私は、今は悩んでいない。
「……自分で決める」
私がぽつりと呟くと、レイリーネは笑みを深める。
「そう。アマンダ様がそうしたように、そして私が常にそうしているように」
父との結婚は最初こそレイリーネが心から望んでいたことではなく、実家の為、私の為だったのだと彼女は素直に教えてくれた。
レイリーネは、自分で決めて、愛してもいないハノーヴァ伯爵に嫁いだのだ。父は断ってもいいと言ったが、そこは自分で決めたと彼女は断言した。
でも結婚してすぐに、父と義母は互いに心を通い合わせるようになったのだという。レイリーネがアイリスをすぐに身籠ったのもそのおかげで、その後五人の子に恵まれたのも二人が愛し合った結果なのだ。
“むしろイアン様と私を結び付けてくれたウィルは、私の天使よ”
レイリーネはそう言って、幼い私の涙も大人になって悔やむ私の心も全部救ってくれたのだ。
「……ありがとう、レイ。私は私で……考えてみる」
「それがいいわ、今すぐ答えが出なくてもいいのよ」
私は、とても恵まれている、と思うのはこういう時だ。
いつも、レイリーネの大きな愛情に包み込まれている。支えられて、温められているのだと実感する。
「レイ、大好きよ」
そう言うと、義母はお茶目に笑って肩を竦めた。
「あらあら、妃殿下の寵愛をいただいてしまったら、陛下にヤキモチ焼かれてしまうかしら」




