何故かいつもすっかり忘れている、嵐の襲来
朝食を終え、父は仕事にルークは友人と会う為にそれぞれ出掛けて行った。
他の弟妹達は何だかんだと私と一緒に過ごしたがり、今は皆で子供部屋にいる。
別に私が大層な人気者ということではなく、久しぶりに会ったのではしゃいでいるだけなのだ。いつもこうではないからね。
ランスは私の隣で本を読んでいて、逆隣はヴァイオレットが座っている。向かいのソファにはアイリス。
彼女と私は編み物で色違いのモチーフを編んでいて、ヴァイオレットも子供用の編み棒でチャレンジ中だ。子供が大勢いるので、刺繍針よりは安全かな、と思ったがよく見ておかないと。
ベンジャミンとリコリスはお昼寝中。よく食べてよく眠るのは大事なことね。そりゃあ朝からあれだけ泣き声の大合唱をしたのだから、疲れて当然だわ。
「んー……? アイリス、これで合ってる?」
「ええと……あ、お姉様、また目を飛ばしてますわ」
「うそー! またやりなおし!?」
私がショックを受けると、アイリスはふふ、と軽やかに笑う。
「ですから、もっと簡単なモチーフにしましょうと言ったのに」
アイリスは手芸が得意で、私はかろうじて及第点、というレベル。すいすいと二つ目のモチーフを編む彼女は、もはや私の先生だ。
「だって、アイリスと同じやつ編みたかったんだもの」
「まぁ……」
つい唇を尖らせて私が言うと、妹はミルク色の肌をぽっとピンクに染める。ええー私の妹可愛いー!
「ウィル姉様、ヴィオも出来た!」
「どれどれー? おお、上手じゃない!」
ヴァイオレットが自分の編んだものを見せてくれる。ちょっと力加減が強すぎたみたいだけど、六歳児にしては上出来では? 参ったな、うちには天才しかいないのか……
そんな風に可愛すぎる妹達にデレデレしながら過ごしていると、廊下の方が突然騒がしくなってきた。
どうやら騒ぎの中心は移動していて、どんどんこちらに近づいてくるようだ。
「姉様」
ランスロットがだらけていた姿勢を起こし、私達に警戒を促す。
扉の内側にはエリックもいるし危険はないのは分かっているが、ものすごく嫌な予感がする。
ああ、うん。そうよね。私がここに来たら、何故か連絡が毎回行くのよね。「彼女」に。
そこまで考えたところで、扉が強く正確なリズムでノックされる。
「ウィレミナ、あなた勝手に予定を繰り上げて帰って来たなんてどういうこと!?」
バーンッと登場したのは私の実母、アマンダ・ファウス。
身長こそ私よりやや高いけれど、髪の色や目の色、面差しもよく似ている。私、こんなキツイ表情してませんけどね!
父であるハノーヴァ伯爵とは元々が幼馴染。燃えるような激しい恋に落ちるというよりは、ご近所さんだし幼馴染だし年頃も家柄も釣り合いが取れるから、とごく自然に結婚した。
しかしアマンダが長男アレクシスを出産し、元々勤めていた王城の侍女として産休明けに出仕してしばらくすると、後の国王陛下、我が夫ライアン様がお生まれになった。
彼の乳母に抜擢されたアマンダはそこで、働くことと小さな王子様を育てることにやり甲斐を見つけていく。
のめり込むように働き、ライアン様に仕えて数年。第二子である私が生まれる頃には、アマンダは乳母として完璧だが母親としてはまったく適性がないことが、自分でも周囲にもよく分かっていた。
その後両親はすぐに離婚。アマンダはそのままライアン様の乳母として長く仕え続け、お役を辞してからは働く女性を支援する活動を行い、ついに数年前に初の王立女学校の初代学長に就任した。
正直乳母と母親の適正の違いが、私には分からない。だがこの話の、第二子で当事者としては結構ひどい話だな、と今でも思う。
幸いハノーヴァ伯爵はすぐに後妻を娶り、レイリーネが来てくれたので私は「母の愛情」をよく知っている。
そういえばお兄様はどう考えているのかしら。三歳差だし、一緒に暮らした時間が短いので、こういう話はあまりして来なかったわ。
弟妹達はアマンダの勢いにこそ驚いているが、それだけだ。
何故なら、彼女が私をこうして叱りつけに来るのは嫁ぐ前からの年中行事。
「そっちこそ、約束もしてないのに急に来るなんて礼儀に反するんじゃないの?」
挨拶もなしに言われて、カチンとくる。
私には私の考えがあるのに、自分の考えを押し付けてくるところは相変わらずだ。
公私を完全に分けているのはハノーヴァ伯爵だけではなく、アマンダもここでは王妃ではなくただのウィレミナとして接してくる。それ自体は構わない。今更畏まられても、むずがゆいだけだもの。
しかも今回叱られる内容が王妃として、なのが納得出来ない!




