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姉を巡る攻防

 

 そして翌朝。

 赤ん坊のリコリスの泣き声に、二歳のベンジャミンが反応し合唱のように呼応して泣き出した。

「……帰ってきたって感じするわ」

「にぎやかですねぇ」


 特別広いわけでもない屋敷中響き渡る泣き声に、自然と起床を促され私はフッと溜息をついた。

 使用人達は当然既に働き始めていて、ミラベルも私の支度をしてくれる。今まで実家にいた時は水を運んでもらう程度で着替えや朝の支度なんかは自分でこなしていたので、今だにメイドの世話になるのは不思議な感覚だ。

 王城でならばそういうもの、として受け入れているのに、場所が幼い頃から育った部屋だからかしら。

 身支度を整えると、真っ直ぐに朝食室へと向かう。

「皆おはよう」

 それぞれのスケジュールに合わせて食事を摂るので、夕食時ほど皆揃ってというわけではないけれど、それでもそこにはほとんどの家族が揃っていた。

 健康は適度な運動とバランスの取れた食事、というレイリーネの方針で、我が家の料理人の腕は素晴らしい。

 栄養バランスも彩りも良く、何とも食欲をそそる香りの皿の数々がすぐに私の前に並ぶ。

「ウィル姉様、今日はどこかに出掛けるんですか?」

 朝の挨拶を皆に告げて席に落ち着くと、さっそくルークに話しかけられた。

「いえ、今日は屋敷でのんびりしようかなって。あなたは?」

「僕は友人に誘われているので、出掛けます。じゃあ、姉様の好きなお店のお菓子を帰りに買ってきますよ」


 今は社交シーズンが始まったばかりの時期。

 ルークも休暇中だが、普段は王立学院に通っていて王都で寮生活だ。社交シーズンが終わればレイリーネや他の弟妹達は領地へと帰るが、去年のシーズンの終わり頃に私が婚約破棄され、ほどなくして陛下と結婚したことで、家族として最も噂の被害に遭ったのは彼だった。

 王城務めの父や兄は社交をほとんどしないし、大人なので躱す術だって身に着けている。だが、ルークはまだ成人していない、やわらかな心の、子供だ。

 私はずっと、ルークには申し訳ない気持ちを抱き続けていた。

「……ごめんね、ルーク」

「何がです? 姉様はいつも通り、僕達を叱りつけてくれなくちゃ調子が出ませんね」

 ルークは穏やかに笑うだけ。若いのに、何て立派な紳士なの。

「……ありがとう」

「じゃあ明日はジンジャーだけじゃなく、クルミ入りのクッキーも焼いてください。僕はあっちの方が好きなんです」


「あら、ルーク。ジンジャークッキーは私へのプレゼントなのよ、リクエストなんてずるいわ」

 アイリスがすかさず口を挟む。二人は一つ違いだからなのか、互いにややライバル視している傾向があるのだ。

 私に対しては二人とも出来過ぎているぐらいの妹と弟なので、こういう光景に出会う度に不思議ではあるのだが。

「じゃあ次の僕の誕生日の分ってことにするよ」

「プレゼントを先にもらうなんていけないことよ、我慢したら?」

 あらあら。

「アイリスは誕生日がちょうど社交シーズンだから姉様と会えるかもしれないけど、僕は寮生活なんだよ? 誕生日当日が休日じゃなければ会うことだって出来ない」

「それを言うならベンだって領地にいる頃に誕生日を迎えるんだから、当日お姉様に会うことは出来ないわ。あなただけズルをするというの?」

 あらあらあら。

 美味しいオムレツを食べながら、私はラリーのように視線を右往左往させる。やめて! 私の為に争わないで! なんて割って入ったら両名に叱られてしまうだろう。ううん、チーズの入ったオムレツ美味しい。


 そこに、朝食室の扉を自ら開けて入ってきたのはルークの一つ年下の弟、ランスロットだ。

「おはよう、皆。ウィル姉様! 昨日は会えなくて残念だったんだ、おかえりなさい!」

 ランスの濃い金の髪は癖っ毛で、まだあちこち跳ねている。彼が駆け寄ってきたので、私は慌てて席を立って出迎えた。

 思った通り、ヴァイオレット同様突進される。妹と違うのは加減をしてくれたことと、後ろにひっくり返るよりも力強く引き寄せられたことだ。

「ランス! ただいま、あなたもまた背が伸びたの?」

「へへー分かる? ルーク兄様より伸びる率速いんだよ」

 ランスロットの頭を撫でて、寝癖を直してやりながら私は瞳を瞬いた。うう、皆どんどん私の背を抜かしていくのね。

「俺、今日は姉様の隣ね!」

 唖然としているアイリスとルークを余所に、年の離れたヴァイオレットが生まれるまでは末っ子だった甘えん坊のランスロットは、私の隣の席に座る。

「ランス!!」

 アイリスとルークの声が重なり、遠くの席でベンジャミンに食事を食べさせてあげていたレイリーネの、楽しそうな笑い声が私の耳に届いた。

 やめて! 私の為に争わないで!! てか。


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