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更なる高みを目指し、邁進中

 

「私、これを期にディーノ様ともう一歩関係を進めたいんです。彼の心に、近づきたいんです」

「…………家族として?」

 何故か陛下は微妙な表情を浮かべたが、興奮している今の私には拾う余裕がない。

 今は! ディーノ様の! 話です!!

「はい!!」

「……それは、父親としても夫としても喜ぶべきことだな」

 私の元気一杯の返事を聞いて表情を面白そうなものに変えた陛下は、私の手を取るとその甲をノックするように柔く親指の腹で叩く。


 計画というものは細部まで作り込むよりも、大枠を決めておいて後は各個人の裁量に任せるもの、と私は捕らえている。勿論準備は入念に、でも相手の動きによって柔軟に対応していく必要があるが。

 つまり、優秀なディーノ様相手ならばこそ、目的だけはハッキリと、あとはその時の出たとこ勝負よ!


「二日早く実家に帰りますが、滞在日数は変更しません。だから、アイリスの誕生日のお祝いをしてからこちらに戻ってきます」

「それで伯爵家の方は構わないのか?」

「構いませんよ、王妃が来るというより娘が一人戻ってきた、という感覚で特別なお持て成しなんて受けませんし」

 部屋も客室ではなく、結婚前に使っていた部屋をそのまま使ってますしね。

 私が伯爵邸にいく日が少しずれたところで誰も気にしてはくれないだろう。……皆、少しは私のこと気にするべきでは? 私、王妃なんですけど!


 私が自分の考えの所為でちょっとムッとしていると、隣に座っている陛下に抱き寄せられた。

 僅かな衣擦れの音と共に固い体の感触と、ほのかに香る香水。ライアン様の掌が私に触れる時は、いつも一等大切な宝物に触れるかのように、優しく恭しい。

 いつも思うのだ。

 そんな風に優しく触れなくても、私は壊れません。私はあなたに選ばれた、頑丈な女なんですよ、と。

 勿論優しく触れられることは嬉しい。でもそれ以上に、何か壊してしまうことを恐れるあまりに遠慮されているかのような気持ちになるのだ。

 そしてこれはきっと、気のせいなんかじゃない。


「陛下……」

 声を掛けると、抱擁が解かれて彼の額が私の肩にこすりつけられる。

 獣の親愛行動のようなそれは、耳に慣れない甘い言葉を告げられるよりももっと愛しさを実感させてくれた。

「伯爵家が娘が戻ってきた、と感じていても、私はそなたを手放すつもりはない。そなたの不在を寂しく思う者がここにいることを忘れないでくれ、我が妻よ」

「……たった三日の宿下がりで大袈裟ですね」

 つい強がって私がそう言うと、陛下はくすりと笑って私の掌にキスを落とす。

「ディーノ同様、私もそなたの家はここだと思っている。……実家に嫉妬する狭量な夫だ」

「私だって、出戻りするつもりなんてありません。陛下も、ディーノ様も、実家の面々も、ルクレツィア様も私の家族ですよ。家族は、増えるものなんです」

 私がそう言うと、陛下はきょとんとした表情を浮かべた後、苦く笑った。

「ルクレツィアも家族か。そなたは心が強く、そして広い」

「え? いえ、広くはないですよ! 亡くなった方だし、大好きなディーノ様のお母様だからそう思っていますが、私個人と陛下の元奥様としてはライバルだと思ってますからね?」

 ぴっ、と指をたててそう宣言すると、陛下はまた目を丸くする。

「ルクレツィアがライバル?」

「あ、何です、その顔。私じゃ端から勝負にならないとでも?」

「いや、そういう意味ではない。言っただろう? そなたが誰かに劣っているところなどあるものか」

 また抱き寄せられて、安心させるように優しく背中を撫でられる。


 大丈夫。私は腹を括ったんです。

 ルクレツィア様にもし私が勝っている点があるとすれば、まだ伸びる可能性があるというただ一点のみ。ええ、自分で言ってて非常に虚しいですが、これは大事な点です。

 ルクレツィア様は、残念ながらもうお亡くなりになっています。つまり彼女の時は止まったまま、対して私は生きている。

 亡くなった方に勝てないというのはよく聞く話で、私も認めるところですが私が唯一勝機を見出せる点がそこしかないのならば、もはやそこから攻めるより他に手段はない。

 今は微々たる一歩でも、止まったままのルクレツィア様の高みに向けて毎日毎日少しずつ進み続けていれば、いずれ追いつく日も来るというもの。

 来るんですよ! 私が長生きすれば! いつかきっと!!

 そう信じなきゃ、こんな完璧夫の完璧妻の後釜なんでやってられないのよ!

 雨垂れも落ち続ければ、いずれ石を穿つもの。長期計画に路線変更した私には、もはや勝利の道しか見えません。ええ、すごーーーく遠くにですが。


 私がニコッと微笑むと陛下も微笑み返してくれる。

 初めて会った時には信じられない進歩だ。陛下だってこうなのだから、私だっていつか申し分のない、頼れる王妃になれる日がきます。来るんですよ!!

 その日まで、私は頑張り続けるのだ。愛する家族の為に。


「では、私は実家に帰らせていただきますね!」

 元気いっぱいに宣言すると、陛下は少し困ったように笑ってくれた。

「あ、あと一つだけお願いがあるんです」

「聞こう」


 またまた即答とは、本当に私に甘い旦那様ですね!


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