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結婚したら、一度は言いたいセリフがあります

 

 バンッ! と激しい音をたてて開いた扉から私が部屋に飛び込むと、珍しく先に部屋にいた陛下は驚いた顔をしていた。

 綺麗な青い瞳が丸くなっている様は、何だか可愛いですね!

「陛下! 申し上げます!!」

「聞こう」


「実家に帰らせていただきます!!!」

 一度言ってみたかったんです、これ。


 *


 すぐ下の妹、アイリスの誕生日が近い為、そのお祝いに近々私は実家に数日滞在する予定になっていた。

 裕福な貴族令嬢なら、親が豪勢な夜会を開いてお祝いしてくれるのかもしれないが、ブリング家はそんな贅沢を出来る程裕福ではないし、仮にそんなことをしていたら八人もいるので一年を通してしょっちゅう祝いの会を設ける必要が出てきてしまう。

 と、いうわけで子供達の誕生祝いが家族でささやかに、しかし心のこもった食事会を行うのが常だった。勿論これは、義母のレイリーネの提案。

 王妃として幾ばくかのお小遣いを支給されているので、今年は装飾品など贈ることが出来るかな、と考えていたのだが、賢く控えめなアイリスのリクエストは「お姉様の作ったジンジャークッキーが食べたい」とのこと。

 陛下に、拳大の宝石を強請った私が恥ずかしくなるじゃないのっ


 そんなわけで本番のクッキー作りは実家に帰ってから屋敷の厨房で作るとしても、久しぶりなので失敗がないように勘を取り戻しておきたかった。

 ファニーに相談すると、昼食と夕食の間の料理人達が休憩している時間に厨房の一角を借りてくれた。王族の食事を作る比較的小さな厨房とはいえ、ぴかぴかに磨かれた調理器具に材料は何でも使っていいと言われて恐縮してしまう。

 とはいえ練習はしておきたかったので、有難く使わせてもらうことにした。


 オーブンを使う時だけは料理人の手を借りるつもりだが、あとは特別なことは何もないオーソドックスなクッキー生地の作成だ。

 せっかくなので、ディーノ様や陛下とのお茶の時にお茶菓子としてお出ししよう、と決める。王城の料理人の作るプロの味には勿論劣るだろうけれど、私の実家の味を彼らに食べてもらいたかった。

 元は義母のレイリーネの実家のレシピで、兄のアレクシスがジンジャーが好きだったので私がアレンジしたもの。

 厨房にある材料で作れるので、お菓子を切らしてしまった時などにひたすら作っていたらブリング家で定番化し、一番私と一緒にいたアイリスなどは恋しく感じてくれるまでになった、というのだから、素直に嬉しい。よしよし、お姉ちゃんが美味しいの作ってあげるからね!


 なんて、私がうきうきと調理台で生地を捏ねていると、ディーノ様が彼の護衛達と共にやってきた。何です物々しい。

「ディーノ様」

「ウィレミナがお菓子を作っていると聞いたので、見学してもいいか?」

「勿論、どうぞ。あ、型抜きやってみますか?」

 私がそう言うと周囲の護衛やお付きの人達がザワッと騒がしくなった。何、王子に型抜きさせたらダメとかいう法律でもあるの? 何事も経験だと思うんだけど……

 私が驚いていると、ディーノ様はまじまじと型抜きを見つめ、首を横に振った。

「今日は見るだけにする。次の時にさせて欲しい」

「了解です」

 ようは門外漢なので初回は見学に徹するらしい。実験とかじゃないんだから、難しく考えなくてもいいと思うんだけど、ディーノ様にはディーノ様の手順があるのよね。

「さて、型はどれにしようかな」

 私は調理台に粉を振り、そこに麺棒で生地を広げていく。王城の厨房にある型抜きって貴婦人の形をしていたり、天使や花、星などなどバリエーションが豊富だ。

 実家ではシンプルな丸型が定番だったな~子供達に人気の作業で型抜き自体が足らず、小さなカップとかもっと幼い子は自分で勝手に形を作ったりと、自由だった。その後はオーブンが全て解決してくれるからね、生焼けでさえなければ何も問題ない。少し焦げてもご愛嬌。

 そうやってワイワイと賑やかな子供の声を聞いて暮らしていくのだと思っていたら、今や私は王妃様。人生って分からない。


 複雑な形のものにして焼く過程で割れてしまっても可哀相なので、ここでも私はシンプルな星の形の型抜きを使うことにした。

 ぽんぽんと生地を型に抜いていくと、ディーノ様は興味深そうに目を輝かせた。

「なるほど、誘われた意味がよく分かる」

「楽しそうでしょう?」

「うん」

 彼が素直に頷いたので、もう一度やる?と誘おうかとも思ったが、ディーノ様は真面目なのでどれほどやりたくても、一度断った前言を撤回はしないだろう。

 そういう頑固なところが眩しくもあり、これから少しずつほぐれていけばいいなぁ、と思うところでもある。陛下なんて人前じゃなければ結構邪道ですからね。

 などと王子様の教育方針に思いを馳せつつ、罪作りなのでもう一度誘うことは諦める。代わりに、また近々お菓子作りの機会を設けよう。


「でもどうして突然お菓子を作り始めたんだ?」

 天板に型抜きしたクッキー地を並べ、料理人にオーブンの調子を見てもらっている間、ディーノ様がそういえば、と疑問を口にした。

「妹のリクエストなんです。本番は当日焼くつもりなんですが、久しぶりなので練習しておきたくて」

「いもうと」

 ディーノ様は新種の花の名前でも聞いたかのような、奇妙な表情を浮かべる。ん? なんで?

「ほら、私二日後実家に行くって言ってたじゃないですか」

「ああ、数日向こうに滞在すると…………」

「そうですそうです、その日がすぐ下の妹の誕生日なんですよ。プレゼント、このクッキーがいいって言われちゃって」

 菓子職人でもないのにプレゼントに求められるなんて嬉しいけど、これを言っちゃうとこれからクッキーを食べるディーノ様の心のハードル上がっちゃうかしら?

 本当に、思い出の味ってだけで大したものじゃないんですよー! 私なんか長年食べ過ぎて、若干苦手なぐらいだし。ジャムの乗ったクッキーの方が好きですね!


「……」

 その辺りを説明すると、ディーノ様が黙ってしまった。どうしたの?

 私が彼の顔を覗き込もうとすると、後ろから料理人の声がかかった。

「妃殿下、焼き始めてもよろしいですか?」

「あ、ええ、お願い」

 火傷してはいけないから、とこの先は料理人に任せる。初めて使うオーブンの焼き加減は、私には分からないしね。

 でも焼きたてをディーノ様に食べてもらいたいので、焼き上がるまでの短い時間を厨房の隅で待つ。

 ディーノ様はまだ微妙なお顔。微妙なお顔も可愛いけど、いつもの笑顔が見たいなぁ。何が引っ掛かってるの?

「ディーノ様? 何か……?」



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