温度差で風邪を引きそうです!
思えば、愛するつもりはない、と言われていた頃から、陛下は私の意見をきちんと聞いてくれる人だった。
一般的な夫婦として愛し合うことはないだろうが、家族としてはきちんと遇するという意味だったのだろう。贈り物は勿論、なるべく時間を作って私と話そうとしてくれていた。
この夕食の時間だってそうだ。
なのにそんなライアン様が今、この話を切り上げたがっている。明確な説明もなしに。
「……ウィレミナは、どうして妃教育を受けたいんだ?今もマナーを勉強したりしてるじゃないか、あれで十分じゃないのか」
ディーノ様がぽつりと言葉を落とし、静かに凪いだ空間に波紋を作ってくれる。
少しホッとして、いつの間にかテーブルの上で握りしめていた手を解く。喧嘩をしたわけではないのだ、ちゃんと説明しなきゃ。
「……私、ちゃんと王妃として務めを果たしたいんです。ライアン様やディーノ様に迷惑をかけることなく恥をかかせることなく、お役にたちたいんです」
「ウィレミナのことを迷惑だなんて、誰も思っていない」
ディーノ様は怒ったように眉を寄せて言う。本当に優しい子だ。
「ディーノの言う通りだ、我々はそなたを恥とは決して思わない」
陛下も、絞り出すようにしてそう言ってくれた。
何が彼をここまで苛立たせてしまっているのか分からない。勿論、原因は私だけど、その内容が分からないのだ。
「でも私の知識と教養は、せいぜい高位貴族の娘のそれです。今後何があるか分からないのに……」
「何か起こる前に、私が対処しよう。そなたが気にする必要はない」
それって、絶対違う。
私は小さな子供でも、庇護の必要なか弱い者でもないのだ。あなたが、他ならぬあなたが頑丈だから、と私を選んだんじゃないですか!
「陛下。大切にすることと、無知で置くことは意味が違いますわ」
またぎゅっと手を握り込んで、私はなるべく落ち着いた声を出すように心がけた。本当は大きな声で叫びだしたい。
「……無論、大切にしたいのだ。分かってくれ、ウィレミナ」
握りしめた手の上から、陛下の大きな掌が重なる。
彼のひんやりとした体温は私が熱くなってしまっていることと、その逆に陛下は冷静でいるということをまざまざと伝えてくるので、余計に腹が立つ。
私ならもっと出来ます、と言い放ってしまいたい。でも、実際まだ何者でもない私に、大見栄をきる権利も資格もないのだ。
陛下から見れば、私は庇護すべき弱い存在なのかもしれない。それがどうしようもなく、悔しかった。
「実際のところ、公務に急に参加するのは尚早だろう」
「……はい」
親指の腹で優しく手の甲を撫でられると、悔しいけれど落ち着く。
宥められようとしている、言い包められてしまう。でも、本来の目的が陛下の役にたちたい、だったのに我儘を言って困らせているのではないか? と疑問が擡げてくると、考えが上手く纏まらない。
ぐるぐると色んな思考が頭を巡り、悔しくて情けなくて涙が出そうだ。だが、意地でも泣いたりしない。自分から言い出して、泣いてしまうなんて許されない。
ぐっと唇を噛みしめると、ずっと心配そうに私達を見ていたディーノ様がまた空気を換えてくれる。
「お父様。勉強は、たくさんしておいていらない、ということはないと思います」
ふっくらとしたカーブを描く、愛らしいほっぺの天使。
彼にこんな風に悲しそうな顔をさせてしまって、本当に申し訳ない。我を通すにしても、やり方が別にあった筈だ。
大いに反省し今回の話はなかったことにしてもらおう、と踏ん切りをつけた私が顔を上げると、陛下も同じように感じているのが見て分かった。
二人して、大人げなく口論をして子供を不安にさせている。どれほど敏かろうとディーノ様こそ、私達が庇護すべきまだ幼い子供なのに。
「……ディーノ、悪かった。私とウィレミナは、互いに思い合いこそすれ争うつもりはない」
思い合う!
そんな場合じゃないのに、恥ずかし気もなく告げられた言葉に思わず赤面してしまう。ああ。ディーノ様の視線が痛い。許してください、これでもうら若き乙女なんです。
好きな人にこんなこと言われて、平気な顔してられるわけがないじゃないですか!
顔を真っ赤にして黙ってしまった私の代わりに、陛下が言葉を続ける。
「ウィレミナ。公務に出るかはおいておくとして、妃教育自体は許可する。いずれそなたの助けになるのならば、止める理由は私にはない」
「……はい! ありがとうございます」
全然私を公務に出す気はないらしい陛下の、それでもかなり妥協してくれた提案に一も二もなく飛びつく。
まずは自分の能力を磨くところから始めないと、説得に材料が足りなさすぎるんだもの。
至極単純に表情を明るくした私に、ディーノ様はホッとした様子をみせる。ごめんなさい、後でちゃんと謝りますね。ナイスアシストでした!
ライアン様も目元を和ませ、重ねたままだった私の手を持ち上げる。
「?」
「やはりウィレミナは、笑っている方がいいな」
そう言って、許しを乞うかのように陛下の薄い唇が私の手の甲に落ち、私はまた顔を真っ赤にしたのだった。




