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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 昨年は大雨で客は泥まみれになったと聞いているが、今年はドイツにしては珍しい真っ青な空が雲一つなく延々とどこまでも続いている。リョウはステージ脇で伸びをして、空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 そしてふと、運命というものを胸中に浮かび上がらせる。自分がこの世に生を受けた理由。その、最大の目的。ここに立つことを、母親は予期していたのだろうかと、そんなことを考えた。自らの命と引き換えに自分を産んだというのは、予期、どころではなくそう信じ切っていたからこそ成せた技であるようにも思える。少なくとも自分の命を賭すことのできる価値、というものは親になったことのないリョウにはまだわからなかったが、自分がそういう風に生を得たということに鑑みるに、ここに立つのは必然であるような気がした。遠い遠い昔、自分がそう願い、これに向かって生を紡いで生きた。母がそれを可能にしてくれた。生を与え、そして命を擲ってこの世に誕生させてくれた。何の見返りもなく、自分がこの世から滑落するのも顧みで、人生を与えてくれた。

 そしてミリアを誰よりも愛した――ジュンヤにも、それに似た思いはあったのだろうと思う。もしミリアがヴァッケンのステージに立つなどと知ったら、ただではいられなかったであろう。あと、たった五年、生きていてくれさえいたら……。そうしたら、いち早く伝えたかった、と思う。それで歓喜させてやりたかったと思う。ミリアを抱き締めさせ、二人で大騒ぎさせてやりたかったと思う。

 そして園城。ここに来ることを誰よりも夢見ていた人。生涯に一度だけでも、こんな青空の下、朝から晩までメタルばかりを浴びせるように聴かせてやりたかった。自分の世界に導き入れてやりたかった。そしてビールを呷りながら、一緒に馬鹿騒ぎをしたかった。

 我知らずリョウの双眸は淡く滲んでいた。自分がここに立つことを、心から喜んでくれる人がいる、自分の夢が叶う瞬間を、何よりも心待ちにしてくれた人がいる、それだけでリョウは至極満ち足りた気持ちになった。そしてこれが「幸福」なのだと思いなし、リョウはその感情に身を横たえ、その疼くような心地よさを味わった。


 やがていくつかのバンドの演奏が終了し、太陽がステージの真上に上り詰めた頃、いよいよLast Rebellionの出番がやってきた。ステージ脇で気難しい顔をしていた大柄のタイムキーパーが、四人に向かって大きく肯く。それを合図にローディーたちが一斉に準備に奔走し出す。

 ホールツアー時に作成した、巨大バックドロップがヴァッケンの青空の下に掲げられた。黒字に赤々と射抜かれた、Last Rebellionの文字が。――前方の客席から歓声が上がった。

 青空の下、何と映えるのであろう。何と美しいのであろう。リョウの目にしっかと新たな光景が刻まれて行く。

 「ねえ、あすこ! 見て! 精鋭たち!」ミリアが飛び跳ねて叫んだ。三人はステージ脇から首を伸ばしてステージ前を臨む。そこにはいつもライブに来てくれる精鋭の三人と、それ以外にも日本人らしき姿が何人か見られた。

 「おいおいおい! マジで来てくれたんか? こんな所まで! あいつら、頭と仕事大丈夫なんか?」とはいえどうしようもない笑みがシュンの顔に溢れてくる。

 ミリアは顔を覆った。「もう、……もう、いっつもありがとう。本当にありがとう。」

 リョウはミリアを右手で抱き寄せ、「そういうのはてめえの音で表現すんだよ。わかったか?」

 ミリアは激しく何度も肯く。「……でも、でも、アイミちゃんの時だって、精鋭たちがいっぱいいっぱい手助けしてくれた。精鋭たちが、精鋭たちが……。ありがたいのよう。」ミリアは遂に涙を溢れさせた。

 「お前、泣くんじゃねえ。これから最高のステージやるっつうのによお。ほら、お前が泣いてたらあいつらだって心配しちまうじゃねえか。あいつらにこれから報いるんだろう? 泣いてる場合じゃねえぞ! お前のギターを心待ちにして、ここまでやって来たんじゃあねえか。」

 ミリアは両の拳で激しく瞼を拭うと、深々と息を吐き、それから眼光鋭くステージを睨んだ。そうだ。感傷に流されている場合ではない。今から自分は他の何物でもない、この身一つで、七万人の観客を満足させねばならぬのだ。ミリアの瞳に明らかな闘志の炎が燃え滾った。


 楽器がリョウ、ミリア、シュンにそれぞれ手渡され、全ての準備が整う。バックドロップは誇らしげにステージを見下ろしている。

 「行くぞ。」リョウは三人の顔をそれぞれ覗き込んだ。「お前ら、……ここまで俺に付いてきてくれて、ありがとう。」

 三人は意想外の言葉に思わず息を呑んだ。

 「俺の夢を現実にしてくれて、……ありがとう。」リョウは柔らかく微笑んでいた。「お前らじゃなければ、俺はここに立つことはできなかった。」

 アキは無言でリョウの手を取り、ぐいと掴むとにっと笑ってそのままステージへと飛び出して行った。今までにない怒涛のような歓声がステージに押し寄せた。次いでシュンがリョウの肩を拳で小突いて同じように出て行く。そしてミリアが、リョウを射抜くように見つめて一つ肯き、ステージへ駆けていく。歓声が一層大きくなった。リョウはステージ上の三人を目を細めながら見つめ、それから一歩一歩悠々と夢のステージへと歩み出して行った。

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