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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 果たして遠藤の言う通りであった。ホテルというよりは一般家庭の一室のような部屋に荷物を解き、食堂に行くと、既にテーブルには黒パンとビール瓶が人数分の倍も用意されており、席に着くなり、言葉も通じないのにやたら愛想のいい中年女性が、次々にステーキだの、ポテトだの、スープだのを運び出したのである。すぐにテーブルの上は皿で埋め尽くされた。

 四人に請われて遠藤も同じテーブルに着く。

 「明日の成功を祝して、乾杯!」と五人はグラスを合わせた。

 「お前、ビールいいの?」ビールを固辞し、ジンジャーエールを所望したミリアを不満げにシュンが見下ろした。

 「酔いが残っちゃったら、明日に差し支えるもの。」

 「そんな残らねえだろう。一杯や二杯でさ。」

 「シュンは飲んだらいいわよう。ミリアはいいの。」きっぱりと拒絶する。

 しかしミリアは、ソースのたっぷり掛けられたさいころステーキのようなものには果敢に手を伸ばした。

 「んまあ、おいっしいのよう! ドイツのお料理って、食べたことなかったけど。すんごくおいしい。」

 「たしかにヨーロッパツアーじゃあ、ドイツは来なかったかんなあ。あん時はイギリスに、スイス、オーストリアか。」

 黒パンは固くて最初戸惑ったが、それでも噛み続けていると甘味が出て来る。それからすぐ目の前で獲れたというジャガイモを使ったソテーは、ソースが美味で、ミリアはレシピを尋ね、お代わりさえ所望した。そこにドイツワインも供される。リョウはそれをやたら気に入って日本に買って帰りたいと、遠藤を介して女性に伝えた。OK、と女性はにっこりと笑って出立の日までに三本ほど包んで持たせることを約束してくれた。その代わりに、あなたたちの写真とサインを頂戴ね、ここに飾るから、と女性はLast Rebellionのことを果たしてどこまでを知っているのだか、そう、微笑んで言った。

 「でもよお、普通、平穏に過ごしている所に得体の知れねえメタラーどもが全世界から大集結して来たら、びびるよな。」シュンが幾分赤い顔をして言った。「N区がある日突然世界一のパンクフェス招聘したら、悪いが、俺は家に帰れねえ。」

 「ここの人はよっぽど懐が広いんだろうよ。」リョウも同意して言った。「世間じゃあメタルなんつったら、反社会的な危ねえ野郎が好む音楽ぐれえに思われてるもんな。俺らも我らが故郷日本ででさえ人殺しバンドとか言われてよお、なのにこんな、縁もゆかりもねえ人々があったかく受け入れてくれんだから、ありがてえもんだよな。」

 「ありがと。」ミリアは再び野菜のグリルを携えて来た女性にそっと囁くように言った。それは十二分に伝わったのであろう。女性はにこりと微笑んでミリアの頬を軽く摩った。

 「ツアーやると、その土地のいいところがいっぱい見えて来るのね。ミリア、今まで行ったどこも大好きよ。ライブでトラブルがあっても、ちっとも厭な思い出はない。」

 「こんな社会からは爪はじきにされている連中に優しくできるって、どう考えたって人間出来てるっつうことだろ。いやいや、俺らは精鋭たち並に実はこういう人たちに支えられてんのかもなあ。」リョウはそう言って美しい紅色をしたワインを呷った。

 話題は自ずと、今までのツアー先での出来事を次々に思い起こすものとなった。そして気付けば、それだけ世界各国でライブを行って来たことに、四人は四人とも強い誇りを感じたのである。

 「こんだけ、場数踏んできたんだ。」リョウは飲み干したワインの瓶を大切そうに撫でながら言った。「明日失敗する、理由がねえだろ。」

 「そりゃそうだ。」シュンも即座に同調してみせる。「俺らはもう二十年以上もやってきてんだ。一回だって手抜きなんざしたためしがねえ。全部を全部、全身全霊かけてやってきたんだ。んでようやくやって来た世界一の舞台でヘマ起こすような真似、する訳がねえ。」

 「目を瞑るとな、」日頃無口なアキまでも赤い顔をして語り始める。「こう、今日のリハの風景がまざまざと蘇るんだよ。んで、明日はあそこを人が埋め尽くして、俺らの曲を聴いてくれんだなって思うと、生きてきてよかったって、俺は単純にそれだけを痛切に、思うんだよ。」

 「ミリアも。」

 四人はじっくり時間を掛けて語り合い、そして当初は多すぎると思われた料理も全て腹の中へ納め切ると、日にちの変わる前に各々の部屋へ戻って行った。


 シャワーを浴びてベッドに潜り込むと、ミリアは隣のリョウをちらと見た。

 「リョウ、……何考えてんの。」

 リョウは暗闇の中でぱちりと目を開けると、「……何だろな。」と答えた。

 「色々?」

 「ああ。」

 「ミリアも色々考えてた。」

 再び沈黙が訪れる。

 「今までの全部に感謝してえ気分だ。」リョウは眠たげに答えた。

 「全部? ……悪いことも?」

 「もちろん。……クソ親父の所から逃げ出して、施設入って、そこでギターと出会って、……それからバンド始めて、あいつらが俺に付いてきてくれて、そんで、お前がある日突然俺んちに来て……。全部。」酔っているのか、リョウはいつになく言葉に真情を滲ませていた。

 「ママがリョウのことを産む、って決めてくれたこともだね。」

 リョウは黙した。

 「リョウは、……ママのことで、自分を責めてない?」

 リョウは暫く考え込んだ。「……十年前だったら、責めたかもな。」低く呟いた。「このタイミングだからこそ、受け入れられた気がする。」

 「このタイミング?」

 「ヴァッケンの話が来て。……俺が世界の舞台に立てる人間に、なれた、タイミング……。」

 「ママは全部わかってたんだよ。」ミリアの言葉は確信を帯びていた。「リョウが、ここで、世界中の人に自分の音を聴かせる使命があるってわかってたから、自分のことよりも、リョウを産まなきゃ、この世に誕生させなきゃ、って思ったんだよ。」

 リョウは暫くそのまま黙していた。ミリアはわざとリョウを見なかった。そしてそのまま目を閉じた。

 いつしか引き摺られるように、二人は夢の中へと誘われていく。そこでは大勢の客が自分たちを見上げ、歓声を上げていた。自分たちの全ての音に意義を見出し、そして絶望に打ち克つエネルギーを培っているのであった。

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