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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 進行係がステージまで四人を案内し、そこに待機していた大勢のローディーたちが、セッティングの準備をしてくれる。

 「どうも、ありがと。」ミリアは日本語でうら若き青年ローディーに語り掛ける。しかし言葉は何も解してはいないのだろう。青年は何やらドイツ語めいた強いアクセントを用いながら、照れた顔をして何かを言った。

 「ああ、遂にヴァッケンに来ちまったわよう。ずっと夢だったの。あなた、日本って知ってる? 結構ここから遠いわよう。だって、ハンブルクまで12時間もかかるんだから。でも、すっごく楽しみにしてた。だからどうぞよろしくね。」

 「OK、OK。」青年は何故だか自信満々に答えると、手早くセッティングを行っていく。ミリアはセッティングはこのローディーに任せ、物珍し気にステージから客席を眺めた。地平線までが確認できる。信じられない程に広い。ミリアはそれだけで涙が溢れ出しそうだった。リョウが夢見た舞台に今、自分が立っている。今日に至るまでの一日一日を振り返ってみると、満身が震え出しそうであった。

 その時、ローディーが微笑みながらミリアにギターを手渡した。どうやらセッティングが終わったらしい。

 「さんきゅー。さんきゅー。」ミリアはそう言ってストラップを肩に掛けた。

 その時である。リョウのグロウルが響き渡ったのは。無論マイクチェックのためではあるったが、メンバー三人も、ローディーたちも、その勢いに思わず動きを止めてリョウを見た。ミリアは今更ながらリョウが頼もしくて嬉しくて敵わず、リョウに見とれた。

 「おお、おお、俺らのフロントマンは今日も絶好調だな。」アキが後方からミリアに呟く。ミリアは大きく肯いた。

 そしてリハーサルが開始される。アキ、シュン、ミリア、リョウの順で音量、音質をチェックし、ここで明日演じる曲を頭だけ合わせていく。モニターの音量調整を行い、バランスよく全体の音が自分の耳に入るようにする。

 いつもリハに格別の緊張感を漂わせるリョウも、今日は(先程のビールのためか、もうここまで来たとのだという安堵感のためか)随分リラックスしているように思われた。リハは最初に提示された三十分で余裕を持って終了した。

 「お疲れ様でした! 否、前評判通り凄いですね! これは、明日楽しみですよ! さあさ、お乗り下さい。では、ホテルの方に向かいますね。」

 楽器の片づけをし、保管倉庫に預けた後、そう遠藤に声を掛けられ、四人は再びバスに乗った。

 「いやあ、凄かった。リハ中、ステージ脇で見てましたけど、運転手仲間もみんな仕事擲って注目していましたよ。」

 「遠藤さんも、明日、来るの?」

 「そりゃあ、もちろんですよ! 自分はヴァッケンを見るためにこのタクシー会社に潜り込んだぐらいですからね。まあ、自分は学がない代わりにこっちで、」と言って右の二の腕をばしばしと叩いて見せた。「食ってくしかねえってのも、ありましたけどね。」

 「へえ、随分筋金入りのメタラーなのねえ。」ミリアは感心する。

 「こっちに来た五年前から、ヴァッケンだけは皆勤ですよ。」誇らしげに語った。

 「そりゃあ凄ぇなあ。」シュンは腕組みをして唸った。「俺も出る前に一度は観客として行こう行こうと思いつつ、なかなか日本からじゃあ難しいもんだからなあ。暇も金も。……まあ、今回決まったのが、青天の霹靂だったっつうのもあったしなあ。」

 「そうなんですか? 日本からは次出るとしたらLast Rebellionだと専らの噂でしたよ。」

 「またまたー。」シュンが身を乗り出して遠藤の肩を叩く。

 「いやあ、お世辞じゃあないですよ? 我々運転士仲間も大概メタラーですから、毎年ヴァッケンが終わると、打ち上げと称して来年の出場バンドを予想し合うんですよ。Last Rebellionは絶対次来る、とここんところ何年も言い続けていて……。本当に、リョウさんの楽曲はヨーロッパでも評価高いですから。去年、一昨年? ヨーロッパツアーに来られた時ありましたでしょ? 自分は仕事で行けなかったんですけど、やっぱり、実際に行った人間に聞くと、凄い、最高だと口を揃えて言ってましたからね。もう、完全に国境は超えていますよ。それだけの普遍的な魅力があります。」

 「そうでしょう?」と、勢い込んで運転席に頭を突き出したのはミリアである。「リョウの曲は史上最強なの! 北欧メタルにだって負けやしない。だって、だって、リョウってば、頭抱えてうんうん唸りながら、死にそうになりながら、曲作ってんだから。ひょいひょい作ってないのよう。」

 「お前、何言ってんだよ。」リョウは慌ててミリアを引っ張り、席に着かせる。

 「そうなんですねえ、やっぱり。」遠藤は頻りに肯いた。

 「曲にはリョウの命が丸ごと刻まれてんの。苦悩も絶望も全部が全部、昇華されてあの曲になってんのよう。捨て曲なんて悪いけど、ひとっつも、ひとっつも、ないんだから。」

 「そうですよね。それはCD聴いていてもわかりますよ。」

 「お前やめろ。」リョウが慌ててミリアの口を塞いだ。

 「そんじゃそこいらのバンドとは訳が違うのよう。」しかし、ミリアは動じない。もごもごとリョウの掌の中で更に続けた。「ヴァッケンが決まったのだって、遅すぎるぐらい。もちっと早く呼んでくれたっていいのよう。あ、でも、もしかしてミリアが足引っ張ってたのかな。ギター極めて下さいねって、そういうことだったのかもしんないけど、リョウだけだったらヴァッケンの一つや二つ、いつだって出れたんだから。本当だもん。」

 「ああ、今日のホテルって、あれかあ?」リョウがわざとらしい大声を発し、ミリアの言葉を断ち切った。

 「ええ、そうです。この辺りはもともと観光地ではないので、ホテルが他になくて……。済みません、だいぶ会場から離れてしまって。でも、なかなか飯は旨いと評判なんですよ。」

 「おお、おお、しかも、なかなかよさげな雰囲気だな。」そうリョウが言ったのは、強ち話題を変えるためだけとも思われなかった。煉瓦作りの三階建てで、窓からは遠くからもはっきりわかる鉢植えの真っ赤な花が飾られていた。

 「わあ、かっわいいおうち!」

 「今日は私もこちらに泊まりますから、何かあったら言って下さいね。……でも、この通り日本とは違ってコンビニも何もありませんから、ご都合のいいものが揃えられるかは、わかりませんが……。」

 「大丈夫だわよう。」ミリアは意気揚々と答える。「だってうちはみんな、好き嫌いはないもの。みんなビールさえ飲んでればご機嫌なのよう。」

 遠藤は噴き出した。「じゃあ良かった! ビールと肉だけはドイツ中どの店に行っても旨いのが、底なしにありますからね! それは期待していて下さい!」

 「よっしゃー!」既にリハ前に何本もビールを腹に収めている筈のシュンがそう雄叫びを上げたので、三人は一斉に噴き出した。

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