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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 それからはヴァッケンに向けた怒涛のリハーサルの日々が始まっていった。選曲から始まり、曲の繋がりを決め、都内にあるメタルに特化した音作りに定評のあるスタジオに毎日のように入り、音を合わせる。十二分に気合の入り過ぎた結果、リョウの罵声が屡々飛んだ。

 「お前、今音ずれただろ! ごまかそうったって、そうはいかねえかんな!」

 「……ごめんなさい。」ミリアはしょんぼりと肩を窄める。

 「そうは言ったってよお。」シュンが巨大なベースアンプの前に置かれたパイプ椅子にどっかと座り、ミネラルウオーターのボトルを開けた。「まーた深夜四時間コースだぜ。女の子にゃあどう考えたってきついだろうがよお。」

 「……大丈夫。」ミリアはしかし疲弊の滲んだ顔で微笑んだ。

 「でも、マジで顔色悪くねえか。」アキがドラムセットの中から顔を覗かせる。「ミリア、とりあえず水飲め、水。ここ、あっちぃかんな。脱水症状起こしたら終いだぞ。」

 ミリアは促されるままミネラルウオーターを飲んだ。

 「何だお前、体調悪いんか。」リョウはそれに気付かなかったことを自責するような口調で言った。

 ミリアは驚いたように首を振る。「いい。いいわよう。……断然、いい。」

 「そうか。……じゃあ、もう一回頭から、やれんな。」

 「マジか。」ミリアよりシュンが茫然としたように呟いた。

 そして再びヴァッケン仕様に組み直された曲が頭から始められる。

 リョウはスタジオ全面に貼り出された鏡越しに向かって吠え立てると同時に、ミリアの様子をちらと眺め見た。たしかにいつもより笑みもなく、リフにも力がない。それに少し、顔色も悪いようだった。

 そう言えば昨日はミリアがずっと楽しみにしていた、料理本の撮影がようやく始まっただとかで帰りも遅かったのである。学業も終え、ここ最近は徹夜なんぞをすることもなくなって安心していたが、もしかすると料理本の撮影やら準備やらで色々疲れているのかもしれない。――だとすればゆっくり睡眠を取らせて旨いものでも食わせれば、また元気になるだろう。そうだ、近々出前のお礼がてらに千龍に連れてってみるのもいいかもしれない。リョウはそう結論を下し、更にその声量に力を籠めた。


 リハが毎晩のように続く中、ミリアは明らかに体の異変を感じていた。やたら、疲れやすい。そして、時に眩暈さえする。生理不順もあった。

 ある朝、その日は撮影もリハも何も予定がなかったために、起き上がるのが億劫で、ミリアはいつまでもベッドの中で横になっていたが、そこにリョウがやってきた。

 「お前、……体調悪いんか。」そう、あまりに深刻そうに訊かれ、「悪い、って程じゃあないけど……。」ミリアは口を濁す。

 「病院行けよ。」

 「そんなに悪いっていうんじゃないのよう。……ただ、疲れただけ。」

 「お前ぇ、人のことになるとすぐ病院行けっつう割りには、てめえのことだと全然行かねえな。」

 ミリアは渋々起き上がった。「……ただ、ちょっと、くたびれたから、だらだらしてただけだわよう。」

 「……飯、食えるか。」

 「うん。」

 リビングに降りていくと、リョウが作ったサラダとハムエッグ、それからコーンスープがあった。

 「こんなに、作ってくれたの。」

 更にレンジの鳴る音がして、リョウはそそくさとトーストを持って来る。

 「粥とかのがいいんなら、今から作るけどよお。そんなんでもねえっつうんなら、とりあえずなんか食えよ。お前が倒れたらヴァッケンもなくなんだからな。」

 「わかってる。」ミリアは正直、食欲は無かったが、無理矢理コーンスープを一口、飲んだ。その瞬間、ミリアは猛烈な吐き気を覚えた。トイレに走ろうとした瞬間、何も入っていない吐しゃ物が口から溢れた。

 慌てたのはリョウである。咄嗟に右手で背を摩って、左手でティッシュを床にばらまいた。それでもなかなか嗚咽の収まらないミリアをどうにか楽にさせようと、必死に背を摩り続けた。何も入っていないほとんど胃液ばかりの嘔吐が終わり、一通りミリアの吐き気が納まり落ち着きを見せると、「今から、医者、連れてってやっから。」有無を言わせずリョウは言った。

 「……大丈夫。」ミリアはティッシュで床を拭きながら、自嘲的な笑みを浮かべた。

 咄嗟にリョウは睨んだ。「全然大丈夫じゃねえだろうが!」

 「大丈夫。……本当に。吐いたら楽んなった。」

 ミリアは座り込むと、肩で大きく呼吸を繰り返す。力無くティッシュで口元を拭いた。

 リョウは心配そうにミリアの顔を間近に見た。顔色は悪い。無理を言って起こさなければよかった。痛烈な後悔に襲われた。

 ミリアはリョウが何かを言い出そうとしたその矢先、先手を打つように、「だって、リョウ、今日レッスンじゃん。個別レッスンもあるし、それに、専門学校でのレッスンもあったでしょうよう。」と微笑んだ。

 「んなのどうだっていいよ。今からキャンセル入れる。んで医者、連れてってやるから。」

 「大丈夫。本当に。」ミリアは立ち上がらんとするリョウの腕を摑んだ。「一人で病院行けるから。」

 「またその途中で気持ち悪くなったり、吐いちまったらどうすんだよ。」

 「だからさ、だから、リョウのバイクの後ろに乗ってってウエってなっちゃったら大変だもの。リョウのバイク、ドコドコ揺れるし。だったら、ビニール袋持って、タクシーで行ったのが落ち着いて行ける。だから、大丈夫なの。リョウはお仕事行ってきて。」

 リョウはそこまで言われると反論のしようもなく、遂には渋々承諾した。「ちゃんと、診て貰えよ。海外公演が控えてんだっつって、検査ちゃんとやって貰えよ。今日はお前はリハ休みだ。医者から帰ってきたら即行、あったかくして寝てろ。俺もリハ前に一回帰ってくっから。」

 「うん。」ミリアは曖昧に肯いた。

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