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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 食事を終え、風呂に入り、ベッドに潜り込んだものの、ミリアは微睡みもせずにいつまでもアイミの笑顔を思い浮かべていた。葬儀は実は幻か何かで、実はアイミは生きていて、これからも手紙をくれたりライブに来てくれるのではないかと、そういう期待を擲つことができなかった。

 「アイミちゃん……。」小さく呼んでみる。すると一緒に布団の中に入った白が、ミリアの指先をざらつく舌で舐めた。ミリアはそっと白を抱き締める。とても温かくそして柔らかかった。

 「アイミちゃん、……ジュンヤ・パパ……、園城さん。」

 ミリアは大切な人たちの名を呟く。そしてほんの少しだけ、睫毛を濡らした。布団の中で白が体をくねらせて、ミリアの腹にぴったりとくっ付けて来た。その温かみを感じながら、ミリアは寂しくも温かい夢の世界へと入って行った。


 翌朝、リョウは赤い目をしながらミリアよりも早く台所に降り立ち、簡単な朝食を作った。ベーコンエッグにパンとコーヒー。パンとベーコンは冷凍保存していたそれで、卵も使い切った今、本格的に冷蔵庫は空になった。それらを二人分テーブルに並べると、リョウはほとんど事務的とも言える手付きで、口に運んだ。

 ――母親からの手紙。それが間もなく到来するのである。顔も知らぬ人が自分を思い、書いた手紙。それはリョウを有難がらせるよりは焦燥させ、また、期待させるよりは困惑させた。何せ、昨日見たあの一枚の写真で初めて、その存在を知ったのである。へその緒も、それが母親との絆を確認させるというよりは、自分もまた本当に人から生まれたのだという感慨を深めるだけであった。その人が書いた、手紙――。それによって、彼女が写真の中から出て来て、自分の前に人間として浮かび上がろうとしている。リョウはほとんど眠ることさえできなかった自分の精神的脆さに呆れて、大きな溜息を吐いた。

 「溜め息吐くと、幸せが逃げちゃう。」ミリアがそう言って近づいて来た。

 「何だお前、起きてたんか。」

 ミリアは大きく肯くと、手紙のことが喉元まで出かかったが、いけないいけないと慌てて呑み込み、「美味しそうなハムエッグ。素敵。」と言って、テーブルに着いた。「でも、もうこれで冷蔵庫何もなくなっちゃうね。ミリア、変装して買ってこようか。昔パーティー用に買った髭メガネあったわよう。」

 「否、でも、……」リョウは台所の窓からちらと外を見た。「今日は誰もいねえみてえだぞ。社長の脅しにビビったか、それとももっとも面白ぇネタができたか……。」

 「じゃあ、髭メガネなしで、普通に行ってくるわよう!」ミリアは意気揚々と叫んだ。これで家を出る口実ができた。リョウがゆっくりと一人で手紙を読むことができる。

 でも、リョウは今日、手紙を読み、あとはどうするつもりなのだろう。ミリアはスプーンを持った手を止めた。音楽を続けようと考え直してくれるだろうか。でも母親は当然のことながら、リョウが音楽家になっていることなんぞ知りやしない。もし平凡な勤め人として、安定した生涯を送ってくださいなどと書いてあったら、リョウはそれに従ってしまうのだろうか。ミリアはそう考えると、手紙の到着を邪魔立ていたいような気もして来るのである。でもそんなことをしてしまったらリョウが余計に困惑するし、そもそもリョウだって手紙一通で人生を変えたりはすまい、とも思う。いつだって自分で自分の人生を切り開いてきた。未来も過去も全て自分で選び取るし、選び取って来たのだ。

 しかしどうしてシュンやアキからは連絡が来ないのだろう。聖地店長の有馬でもいい、まさか、リョウのことを忘れてしまったのか? そんなことはあるまい。誰か、音楽関係の人間がリョウを音楽活動に誘ってはくれないか、ミリアはそう痛切に祈りながら、乱暴な手つきでトーストにマンゴージャムを塗りたくった。

 「お前、それ好きだよな。」リョウはテーブルに肘をつきながら呟いた。

 そんなことはどうでもいいのである。しかし、「沖縄行った時、美味しかったから。」ミリアは努めて楽し気に言い、齧りついた。「三つも買って来た。」

 「今日さ、シュンとアキが来るっつうんだよ。」

 「え、そうなの!」ミリアは思わず立ち上がった。

 「なんか、ジャムりてえみてえで。ジャムりてえっつっても、そのお前の口についたジャムじゃねえぞ。」

 「そんなの! そんなの、わかってるわよう!」ミリアは慌ててティッシュを三枚も四枚も取り出すと、慌てて口元を拭いた。「何でそんな大事なこと、教えてくんないのよう! 何時に来んの? 何の曲やんの? ミリアも一緒にやろうかな!」ミリアは躍り出したいような気分である。

 「そうだな。まあ、何でもいいけど……。」リョウはそう言って台所に立ち、コーヒーを淹れ始めた。ミリアは慌ててトーストを頬張り、ハムエッグを頬張り、あっという間に朝食を平らげた。

 その時であった。インターフォンが鳴ったのは。

 どちらだろう。ミリアがそう思った瞬間、シュンの「おーい、生きてるか? 生きてたら開けてくれー。」という声が聞こえて来た。ミリアは慌てて玄関に飛び出して行く。

 「生きてるに決まってるじゃないのよう!」扉を開けると、ミリアは精一杯眉間にしわを寄せ、恐ろし気な顔を作って言った。

 「そうか。あんまり会わねえから心配して来てやったぞ。ほら。」と言ってシュンはリビングに入ると、ミリアにケーキの箱を乱暴に手渡した。

 「お前ら、朝早ぇな。老人かよ。」リョウが座ったまま呆れたように言った。

 「お前だって老人じゃねえか。ほら、飯まで食いやがって。」シュンがテーブルの上に置きっぱなしになっていたミリアの朝食の皿を眺め下ろす。

 「そうだよ、昔は何もなきゃあグースカ昼ぐれえまで平気で寝れたもんだが、最近はんなこととてもできやしねえ。お天道様が出てきてんのに寝腐ってるなんて、罰当たりつうもんだ。……ま、年だな。」

 「まあ、ちっと暇だからスタジオ入ろうぜ。」シュンは楽し気に顎でしゃくって奥のスタジオを示した。見ればシュンはベースを肩に提げているし、アキもスティックの入ったケースとシンバルケースとを手にしている。

 「お前らは別に、外でやってきたっていいって、社長から聞いてねえのかよ。」

 「んなこと言ってた気がすっけどよお、」シュンが不満げに鼻を鳴らした。「俺はお前以外の凡人の曲を弾きたくってベースやってんじゃねえし。」

 リョウは顔を顰めた。無理やりに顰めて、みせた。

 「俺がよお、寝ても覚めてもベースを弾き狂ってんのは、お前の音楽の世界を再現するためだぜ。何が悲しくって他の野郎の曲弾かなきゃあなんねえんだよ。」

 「一蓮托生。」アキもぼそりと呟いた。「お前が表出ねえっつうんなら、俺らだって出ねえよ。何年一緒に音楽やってっと思ってんだよ。」

 ミリアは何だか嬉しくて堪らない。ケーキの箱を頭上に掲げ、バレリーナのように脚を上げてくるりと身を翻すと、台所に立ち、コーヒーなんぞを淹れ始めた。

 「あ、ミリア、後でいいぜ。とりあえずジャムろうな。話はそれからだ。」リョウはシュンにほとんど連行されるが如く、背を抱えられながら奥のスタジオへと歩いて行った。

 その瞬間である。再びインターフォンが鳴ったのは。

 はっとなってミリアはリョウの顔を見た。リョウの顔はミリアのそれよりも強張り、そして幾分蒼褪めていた。

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