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BLOOD STAIN CHILD Ⅴ  作者: maria
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 その後、昼飯を食べるために、宗に誘われ、政木、伊佐木、リョウ、ミリアの五人で近くの蕎麦屋の暖簾をくぐった。

 「ここはね、アイミも大好きな店だったんだよ。」そう呟く宗は、しかし、焦燥し切っているようにも見えた。

 建物は随分古く、客席の真ん中に聳え立つ柱なんぞは黒ずんでいたが、手入れは行き届いていて、畳からは新しい匂いがした。四人は宗が「アイミが好きだったんだ。」と言っておすすめした鴨せいろを注文した。

 「否、本当は特定の子を贔屓するのは、ダメなんだがね、アイミは特別で……。何せ面会に来る親もなし、一時帰宅する家もなし、養子を欲しくて見学に来る親たちの中でさえ、アイミを欲してくれる人は誰もいなくて……。否、可愛い顔をしているから、調書をくれとまではよく言われるんだ。でも、心臓に病気を抱えていると知った途端、全ての親たちが断ってきたね。仕方がないこととは言え、自分のことのように悲しかったよ……。何も悪いことをした訳でもないのに、家庭の温かさをあの子が知ることはできないのかってね。……だからあの子だけだったんだよ。ずっとずっと施設にいて、高校卒業まで絶対に出る見込みがないのはね。だから時折こうして、こっそり蕎麦屋に連れて来てね。色々な話をしたよ。好きな男の子の話、友達と喧嘩した話……。高校に入ると、蕎麦屋へ行こうと言っても、友達と約束があるだとか言って断られてしまうこともあったけどね。それから、こんな……のじゃなくって、お洒落な店に連れてけって、宗さんのセンスは古臭くて敵わない。本当に奥さんをどうやってゲットできたのか不思議でたまらない、など生意気なことを言ったりしてな。……懐かしいな。」宗はそう言って店内をしみじみと眺め廻した。そして奥のカウンターの席を指差して、「いつもはあそこに座って、足をぶらぶらさせてね、」とあたかもそこにアイミがいるかのように微笑みながら言った。「……ああ、いつだったっけかな。学校で仲良しになった友達に、でも、親がいないってことがなかなか言い出せなくって、代わりに宗さんのことをお父さんってことにして話をしてるって、言ってくれたなあ。でもお母さんのような人はいないから、お母さんは出張に行ってることにしてる、なんて言ってなあ。普通逆じゃないのかなんて、言ったっけ。でも家庭を知らないアイミは、お母さんが出張に出るのが珍しいなんてことも知らなかったんだ。」宗の瞳が滲み出す。

 「アイミちゃん、……パパとママが欲しかったんだ。」ミリアが涙をぽろぽろと落として言った。

 「そりゃあ、そうさ。……やっぱり自分を無条件に愛してくれる人がいるっていうのは、羨ましいものだよ。アイミは口にはしなかったけれども、でも、本当は心臓が悪くても心底愛してくれる両親が、欲しかったんだよ。」

 ミリアは下唇を噛んだ。自分にも母はいなかったし、父は暴力的で恐ろしいだけの存在だったが、自分にはリョウがいた。自分に無限の愛情を注いでくれるリョウが。だからいくら両親が揃っていようが、お金持ちであろうが、他人を羨んだことなぞなかったし、リョウとの生活が世界一の幸福だと信じて疑ったことさえなかった。それはアイミも同じだったのではないかと思った。ただ唯一の違いは、「アイミちゃんは病気のこと、何て言ってたんですか? 辛いとか、悲しいとか、そういうことは?」――命にかかわる病を持っていたことである。それで、アイミは短すぎる生涯を閉じることとなってしまったのである。ミリアは涙声で尋ねた。

 「否、それがね、アイミは決して弱音は吐かなかった。病気で毎週毎週通院してても、大好きなお医者さんに会えるとか、看護師さんに会えるとか、そんなことを言ってにこにこして通っていてね。薬は嫌いだったし、運動ができないことも、つまんないと不貞腐れることもあったけれど、だからと言って決して悲観的にはならなかった。かえってね、私が腰が痛いだのなんだの言ってると、大丈夫、って心配してくれて摩ったりしてくれてね。アイミはとても明るくて優しくて、面倒見のいい、本当にいい子だった。政木君、そうだよな?」

 政木も大きく肯く。

 「アイミは本当に人が好きで。……自分のことは二の次で、人が寂しそうにしていたり悲しそうにしていると、もう自分のことみたいに苦しくなってしまう。そういう子だった。……だから僕は、アイミを笑って送ってあげようと思うんです。アイミ、天国でたくさんの人と暮らしてねって。君を心底愛してくれる神様の元で、もしかしたら天国には早くに亡くなってしまった子供なんかもいるかもしれない。そんな子たちの面倒を見てあげて、幸せに過ごしてねって……。」政木の声は震えていた。

 その時、蕎麦屋の主人が「おまちどう」と、五人の前に湯気の昇り立つ鴨せいろを並べた。

 涙に暮れていた宗は瞼を拭うと、「さあ、いただきましょうか。」とどうにか微笑んだ。「そうだよ、政木君。私が年甲斐もなく泣いていたら、アイミが心配するよ。……宗さんご飯ちゃんと食べた? ちゃんと寝てる? って、あの子は私のちょっとした異変にもすぐ気づいて、そう心配するんだものな。」

 宗はそう言って割り箸を割ると、さっさと蕎麦を啜り始めた。そして一口咀嚼をすると、堪え切れずに声を上げて泣き出した。四人は驚いて宗をじっと見つめた。

 宗は泣きながら、「アイミ、旨いなあ。いつもの、世界一旨い鴨せいろだ。この、出汁が最高なんだよなあ。なあ、アイミ。」といつまでもいつまでも呟き続けた。

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