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海外で高い評価を得ているデスメタルバンドLast Rebellionのライブにて暴動が起き、客が圧死――。そう、翌日には幾つものメディアが報じることとなった。
--デスメタルは最も危険な音楽ジャンルであり、今までも多くの事件や事故を起こしていると、どこから引いてきたのだか、バンドメンバー間で殺人事件を起こした、教会に放火をした、と、その過激さを争うように報道し合った。
リョウは病院から昼過ぎに帰宅をしたが何をするでもなく、ただぼうっとソファに座り込んでいた。毎日呼吸をするように触れていたギターも、主を喪って壁に寂しく凭れている。ミリアも無言のままその隣で同じくソファに凭れていた。
リョウの電話が鳴った。リョウは疲弊しきったようにのろのろとそれに出た。社長からであった。
「彼女の死因が判明した。やはり、持病の心臓発作だということだ。外傷はほとんどない。……そして明後日通夜、その翌日に葬儀を執り行うことになった。済まないが私はどうしても外せない仕事があって、行けそうにないんだ。」
「わかりました。」
「じゃあ、ミリアと二人で宜しく頼む。……両日、行って貰えるか。」
「もちろんです。」
「……良かった。ではこちらで宿を取っておく。そして、……そうだな、明朝八時に自宅へと車を向かわせる。もしマスコミなんかが外にいても、対応しなくていい。どうせ何を弁明しようが、人殺し扱いされるのは明らかだからな。ちなみに、今日嘘八百を書き立てたマスコミにはすぐに抗議文を送ってやった。彼女の死因を明記した診断書付きでな。だからやがて沈静化するだろう。そっちの方は心配しなくていい。それで、運転手には、伊佐木を行かせる。あいつならもしマスコミがしつこく何か言ってくるようであっても、巧く巻いてくれるはずだ。今までもモデルのパパラッチなんぞはさんざ巻いてきたしな。安心してくれ。運転技術も確かだしな。しかし……、現状として世間は、彼女の死を持病の心臓発作によるものなどとは見てはくれない。一通り騒ぎ立てた後、ちゃんと謝罪をするメディアが果たしてどのぐらいあるか……。正直、なあなあにされてしまう可能性も高い。だから、世間ではデスメタルのライブで暴動が起きて、人が死んだと、そう、認識するだろう。だから……、暫くライブはできない。」
「わかってる。」リョウは言下に呟いた。「俺はもう、ステージに上がる気はねえ。」
ミリアは顔を覆った。
「……それは、」社長も思わず口ごもった。「……後で話し合おう。とりあえず暫くはライブはやれない。そこだけ了承しておいてくれ。シュンとアキにもその旨、こちらから連絡しておく。まあ、君と彼等とは立場も違うから、彼等なら十分に配慮をすれば、別バンドでのヘルプ程度であれば活動は問題なくできると思うが。」
「是非そうして下さい。あいつらからバンドを取ったら、……何も残らねえから。」
「わかっている。……では、明日よろしく頼むな。」
電話を切るや否や、それまで黙していたミリアが「ステージ、上がらないなんて嘘よね?」と請うような眼差しで言った。「だって、精鋭たち……」言い終わらぬ内に、リョウは「俺のライブで起きた騒動で、客が命を引き取った。現実は、そうだ。」ときっぱりと言い放った。「それより明日は早いからな、礼服準備して、……それから、白もまた預けにいかねえとな。」リョウはそう言って立ち上がった。
ミリアは下唇を噛み締め、足元ばかりをじっと見ながら、「リョウの、……リョウの、入ってた施設行くの?」と問うた。ただ、リョウをここに繋ぎ止めておきたかった。もう、それ以外の何を聞いても残酷な答えしか返って来ないような気がして、とりあえずそう発したのである。
「そうだな。……あんま覚えてもねえが。……んなことより、葬儀だ。彼女にできる限りの謝罪をして、あの世に送り出すんだ。それだけだ。思い出の場所を見て回るっつう訳じゃねえからな。」
ミリアは哀し気に瞼を伏せた。
翌朝、伊佐木は裏の玄関に車を停め、そこに早朝から固まっていた五、六人のマスコミ関係者を蹴散らすようにしてどかし、荷物と共に二人をさっさと車内に押し込むと即座に出発した。
彼らはリョウとミリアの姿を認めるなり、騒ぎ立てた。
「あなた方のライブで人が亡くなったことに対し、どうお考えでしょうか。」
「世間に対して謝罪の言葉はないのでしょうか。」
「今後も危険なライブ活動を行っていく気なのでしょうか。」
リョウとミリアは命じられたように、その時には普段着であった。うかつに礼服などを着込み、今から葬儀に出るのだと露呈してしまえば、報道が余計に加熱する。葬儀にさえ騒ぎに来る可能性もある。伊佐木がそう判断して、車内で着替えさせることとしたのである。車はツアーで乗っていたのとちょうど同じようなバンで、窓はしっかとスモークが張られていた。ミリアは素早く出発した車内で、切なげな目をして、しっかと懐に抱いてきた白の入ったキャリーバッグを覗き込んだ。
「朝食は召し上がりました?」伊佐木は相変わらず懇切な心配りを忘れなかった。
「うん。……ミリアは大丈夫。でもリョウが……、」ミリアは心配そうに隣のリョウを見上げた。コーヒー一杯を飲んだきり、パンにもサラダにも手を付けていなかったのである。
「サンドウィッチと飲み物を用意してきましたから、食べて下さいね。」伊佐木はそう言って、都内有名店のロゴの入った袋を二人に寄越した。「ここの、美味しいですよ。」
リョウは懇意を無駄にしたくないだけのために、大人しくそれを受け取った。
「伊佐木さんが、ずっと俺らに付いてくれんのか。」
「そうです。社長から香典も預かっていますからね。お通夜、葬儀と二日間臨席させて頂きます。」きっぱりと言った。
「済まないな。」
「何を言います。」伊佐木は朗らかに笑んだ。「これが自分の仕事ですから。仕事奪われたら、家族共に路頭に迷ってしまいます。」
リョウは何やら考え込む。バンドを辞めたとして、自分はどうやって糊口をしのいでいけばいいのか。ミリアをどうやって食べさせていけばいいのか。かつて若い頃は種々のバイトに精を出したものだが、――今となってはそれも難しいであろう。自分にはどうしたって音楽しかない。だとすれば、スタジオミュージシャンや、ギター講師としてであれば、人目に付くようなこともなく、働くことができるかもしれない。リョウはそんなことを思い成していた。
「じゃあ、まず白ちゃんのホテルに行きますね。」
キャリーバッグの中から、ミリア同様切なげな泣き声が聞こえ出した。
「……白ちゃん、いい子にしててね。今度は、すぐに戻ってくるからね。」




