Episode小話 あれから5年
あれから、5年。
一児のパパであり、すでに27歳になったベルティスは、窓の外を見つめていた。
「子どもって本当に難しい。そっか、リアを買って育てた時は全然感じなかったけど、普通は赤ん坊から育てるんだよな」
当時、13歳だったセシリアを購入し、剣士として育て始めた。
さして苦労を覚えなかったのは、セシリアがある程度成長していたから。
「リアと同じ感覚で育てればいいと思ったら、これがなかなか上手くいかない。いまは絶賛イヤイヤ期だし……」
屋敷の外では雪が降っていた。
凍えるような寒さのなか、中庭では六人が雪合戦して遊んでいる。
キスミルとラミアナは全力で雪を投げているし、ネネルは瘴気の壁で雪をガードして防戦一方。ローレンティアは微笑まし気に他の三人を見つめ、ときおりキスミルに狙われると華麗に避けている。
六人中四人が四皇帝魔獣であるなか、残り二人はエルフと人間である。
一人はセシリアだ。
年齢的には21歳になり、より大人びた雰囲気になったが、根っこの子どもっぽさは変わっていない。騎士団で姉エルリアと同じ部隊に所属し、めざましい活躍をあげている。……ていうかいま、雪を豪速球で投げなかった?
その豪速球を冰術でガードしてみせたのは、長い金髪を靡かせた小さな女の子。
なにを隠そう、あれが我が娘である。
現在5歳。
5歳にして桁外れの冰力を宿してしまい、父親の背中を見てきたせいで冰術の扱いは慣れたもの。しかも、あの年齢でまったく年上に物怖じしないのだから……。
──本当にあの臆病娘の遺伝子をついでるのかな。
──性格が似てなさすぎる気がするよ。
──だからって僕に似てるわけでもないようだし。
「ああ! アリスったらまたあんな薄着で!!」
やって来たのは、シャロン。
《魔貴公爵家》の家名を捨ててベルティスに嫁入りし、屋敷で暮らしている。あれだけ人を怖がっていたシャロンも、アリスを産んでからというもの、少しだけ逞しくなった。四皇帝魔獣(特にキスミル)を見ても気絶しなくなったのだ。
「もうベル様、見ていないでアリスを止めてください。あの子は確かに体力が有り余ってますが、さすがに風邪をひいてしまいます」
「大丈夫なんじゃないかな。あの子強いし。……あと、パパイヤイヤ期だからちょっと気乗りしなくて……」
「いくら強そうだからってまだ子どもなんですよ? あと、拒絶されても親なんですからしっかりしてくださいませ」
「め、面目ない……」
◇
「本を読み聞かせてあげたらどうですか?」
「本?」
アリスに嫌がられていることをセシリアに相談してみると、そんなことを言われた。
「そうです。わたしも、お兄ちゃんに本を読んでもらったりして、すっごく楽しかった思い出があるんです。だからアリスちゃんにも同じようにしてあげたら、きっと喜ぶんじゃないかなって」
「うーん、本の読み聞かせ自体は何度かやったことがあるんだけど、途中で「ママがいい!」とか言ってシャロンのところへ行っちゃうんだよね」
悲しいかな。それが現実だ。
「じゃあ、ラミーに手伝ってもらいましょう!」
そう言って駆けていくセシリア。
次に部屋に戻って来た時は、ラミアナとアリスを連れて戻って来た。
「ラミー、お願いね」
「まかせて」
親指をあげるラミアナが、その場で狼の姿になる。
「一緒に寝てあげたらどうでしょうか?」
ラミアナの毛並みに包まれろ、ということか。
これなら確かにアリスも逃げ出す事はしないだろう。
「アリス、今日はパパと一緒に寝てくれるかい?」
「うん、分かった」
「いい子だ」
小さなアリスを抱き上げて、金狼の毛並みに寝転がる。
ふわふわで温かい。
アリスはいたく気に入った様子で、はしゃいでいた。
本を読んで聞かせる。
よくある子供向けの絵本で、いつもはシャロンがアリスに読み聞かせをしていた。
アリスは最後まで嫌がる様子もなく、大人しかった。
いつの間にか、アリスはすやすやと眠っていた。
──イヤイヤ期でも、意外と素直な時もあるんだな。
アリスの寝顔を見て、金髪を撫でる。
やわらかくて温かい。
なんだか眠くなってきた。
◇
「ふふ。そんなにうずうずしているのなら、セシリアもマスターの隣で寝たらいかがどうですか?」
「へ!? いや、だってわたしはもう大人ですし、今さらお兄ちゃんの隣で寝るなんて」
穏やかに寝息を立てるベルティスとアリスの様子を見ていたら、いつの間にか隣にやって来ていたローレンティアに、そんなことを言われた。
「顔に羨ましいと書いてありますよ」
「ふ、ふぐうぅ……」
羨ましいに決まっている。
だって、彼の腕枕はもともと自分だけのものだったのだ。
──でもお兄ちゃんはシャロンさんと結婚しちゃったし、いまはアリスちゃんもいるし。
でも。
セシリアにとって、彼はお兄ちゃんであり親なのだ。
大好きな気持ちなら、アリスにも負けていない。
「わ、わ、わたしも隣で寝ます!」
「あらら、素直でよろしい」
◇
「いい写真が撮れましたよ」
「写真ってなんだい」
次の日の朝、ローレンティアは一枚の写真を見せてくれた。
そこには、金色の狼の毛並みに包まれるとベルティスと、そのベルティスの腕に頭を預けているアリス。アリスの隣にはシャロンがいて、シャロンの隣にはなぜかキスミルが眠っている。
ここまでが写真の左側だ。
つづいて写真の右側。
ベルティスの背中にくっつくようにして眠るセシリアと、セシリアの背中に背中を合わせるようにして転がっているネネル。
──え、みんな集まって寝てる……?
──最初は僕とアリスとラミアナだけだったのに。
「ほら昔、マスターとセシリア、ユナミルの三人で眠ったことがあったじゃないですか」
「あったね。確かそのときも、ティアが写真を撮ってくれたよね」
「そうです。その話をシャロンにしたところ、自分もやりたいと言ってここに寝転がりました。そしたら、キスミルもネネルも面白がって寝始めたんですよ」
「君は?」
「わたくしは写真には写っていませんが、このあとこの輪に参加させてもらいました。仲間外れになるのは寂しいじゃないですか。なんであれ、幸せな一枚が撮れましたね」
まじまじと写真を見つめる。
確かに、この写真は悪くない。
「うん、ありがとう」
ベルティスは微笑み、写真を額縁にいれて書斎の机に飾ることにした。
ちなみに、このことをユナミルに話すと「まあ、お兄様ったらあんまりですわ!」と言って怒られた。
後日、ユナミルも一緒になって写真を撮った。
あれから5年。
カクヨムにも転載しようと思って、5年ぶりに本作を読んだ作者です。
完結はしていますが、そういえばベルティスの子どもの話を書いていなかったと思い、少しだけ書きました。これを読んで、寒い季節ですがみなさんが少しでもほんわかな気持ちになればと。




