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Episode074 魔獣狩り(5)



 魔獣の一斉移動については、魔貴公爵家にも情報が届いていた。

 上空を浮遊する数十機の航空映写機ドローンが、魔獣の異常行動を本部テントに送信している。事態の展開を眺めていた公爵当主ジースリクトは、まず来賓客の安全を確保するべく二重の結界冰術を張り巡らせ、連絡の取れうる参加者に各自の自主避難を呼びかけていた。


「ジースリクト様、南の方角から大きな魔獣がっ!!」


ぐな。直に通り過ぎる」


 魔獣が結界に体当たりすることはあっても、結界を破壊して本部に入ってくることはない。そこに壁があると分かるや、沿うように北へ走り去っていく。おかげでテント内では「我々も北へ逃げた方がいいのでは?」と信憑性のない囁き声が飛び交っていた。


「森のヌシではないな。それよりも強い魔獣が、南から進行してくる。──南に何があるか答えよ」


「はい! ひょ、冰結宮殿の壁面にぶつかるてまえ、巨大な渓谷がございます。この渓谷にはかつてから、不可思議な磁場が発生しており、下階層の魔獣が転移してくる現象があります」


「つまり、下階層の魔獣がこの地に降り立ったということか。あの男とシャロンの結婚を反対する輩の、面倒な謀略でなかったのが幸いだな」


「さ、幸い……ですか」


「ああ。ただの魔獣であれば《キメラ》と会敵させろ。よい実験データが取れる」


「なッ!」


 白衣の男は唖然と口を開いた。


「完全な想定外です……今回、確かに南側にて魔獣とキメラの戦闘データを採取するつもりでしたが。そ、それに、もしキメラがエネルギー切れになった場合は……」


「万が一にでもありえないと思うが、そのときはシャロンの力を使え。なに、どれだけ距離が離れていようが、冰力を飛ばす中継基地はすでに完成済みだろう?」


「あの技術はまだ不確立でして……いえ、なんでもありません。当初の予定通り、対魔獣用混合生物兵器キメラの戦闘データを採取。エネルギー切れの場合は被験者シャロンの、スキル『無限増幅炉』にて、航空映写機ドローンを媒体とした遠距離エネルギー調達方法を執行いたします……」


 ──ドローンを媒介した場合、エネルギー調達の成功率は6割。そのうちで失敗した場合、被験者シャロンが何らかの身体的損傷を負う確率は9割超。このため、成功を見込めない場面でのスキル『無限増幅炉』を動力源に使用した、キメラの無期限活動演習を堅く禁じる。


 研究会の長が口を酸っぱくして提言していた言葉を呑み込み、《天の使徒》の男は、ジースリクトに深々と頭を下げた。




 ◇




 森林内にて──


「四皇帝魔獣がこっちに向かって来ていて、しかも魔獣の大群もこっちに来てるんですか?」


 セシリアの顔が分かりやすく引きつっている。


紅桃の棘幼姫(キスミル)の北上によって魔獣の大移動が始まってる。彼女との契約は、大賢者が死んだ時点で無効だ」


「え? でも、ローレンティアさんとかは……」


『私はマスターのことをお慕いしておりましたので、自ら契約の更新をお願いしたんですよ』


「え、いたんですか!?」


 地竜が引いていた荷馬車から、ひょっこり出てくる黒猫。黒猫の姿ながらドローンに見つからないということで、狩りについてくると言ってきたのだ。特に断る理由もなかったので、ベルティスは了承している。


「……う、うぅ」


 うめき声をあげるシャロン。セシリアとユナミルは初対面のはずで、さきほどからベルティスの背中でびくびく震えている。


「ほら、シャロンさん。いつまで隠れてるつもり? 僕の服をずっと掴んでないで、セシリアにお礼を言ったら? 大きな魔獣から助けてもらったんだろう?」


「は、はぃいい……っ!」


 ──目がグルグルしてるし、異常にカチコチだし……あ、まずい気絶しそう。


「こ、ここここのたびは、危険なところを助けていただきっ、誠に感謝の言葉もありましぇん…………はぅうううムリですムリですっ!! ベル様、私にはセシリア(この方)の視界に入る資格もございませんっ!! 今すぐ隠れる場所を!!」


「とりあえず、落ち着いてみようか。ほら、ローレンティアを抱けばいい」


 黒猫を見せた途端、小鹿のように震えていたシャロンがぱぁっと笑顔になる。


「猫様だぁ! 私の癒しはベル様と猫様だけですっ!」


 ──僕は猫と同レベか……。


 黒猫を抱きしめるシャロン。

 白猫ではないが、猫様効果はかなりあるようだ。きつく抱きしめられて苦しそうなローレンティアはさておき、シャロンが少しずつ落ち着きを取り戻していく。


「いまさら気付いたのですが、この猫様がいま、言葉を話されませんでした? それにローレンティアって、もしかして使用人の……」


「彼女は猫に化けられるんだよ」


「そうなのですね!」


 ──もともと魔獣だからね。


『にゃあ(マスター……)』


「いいじゃないか。そのままシャロンに抱っこされてなさい」


『にゃー、にゃにゃあ(マスターのご命令とあらば仕方ありません。大人しくこの姿のままでいます……)』


「猫様ー、猫様ー。かぁいい猫様~」


『にゃぁ……(耐えるのです、耐えるのです耐えるのです耐えるのです。これはマスターのご命令なので耐えるのです……)』


 大人しく抱っこされ続ける黒猫、もといローレンティア。

 シャロンが完全に黒猫様の虜になっているあいだ、こちらも話を続ける。


「僕はもちろんフルーラを追いかける。シャロンさんはローレンティアを抱いて、地竜を使ってこの場から離れてほしい。……大丈夫、いざとなったらローレンティアもいるから」


『にゃー(なるほど、このお方を守るために猫の姿でいろということなのですね。了解です、マスター)』


「続いて、今回の魔獣狩りにおいてイレギュラーな君達二人。セシリア、ユナミル、当然二人は不法侵入で間違いないよね?」


「「はい……」」


 現在、上空を飛んでいる航空映写機ドローンは、狩人達ではなくもっと上空で魔獣の異常行動を撮影している。今は大丈夫だろうが、セシリア達が見つかれば色々と厄介な問題になってしまうだろう。


空の番人(ドローン)に見つからないように冰術をかける。それで、安全な場所に移動するまで僕と一緒にいてほしいんだ」


「お兄ちゃん……」「ま、仕方ありませんわね」


 ローレンティアにシャロンを任せ、移動を開始。

 ベルティス、セシリア、ユナミルの三人はフルーラを追いかけるために。

 しばらくして、少女二人を安全な場所に避難させるより早くフルーラを発見してしまった。


「フルーラ!!」


 




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