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Episode073 魔獣狩り(4)



 狩りがついに開始した。

 各組が指定の位置で狩りを開始。

 ふよふよと浮かぶ航空映写機に監視されながら、白狼か白鹿を狩る。

 森のなかで目立つ色をしている白鹿は足が速く、白狼は群れて体が大きいため狩るのが難しい。魔獣の群生地帯では、特定の魔獣を見つけて狩るのも一苦労だ。


「ちなみに狙撃の腕前は?」


「えぇ……と」


 そう言って、シャロンはマスケット銃を構える。ざっと二十メートル先の葉っぱに貫通した。なるほど、銃で狩りをすると言っていたからには、中々の腕前があるようだ。適性職業は銃士ガンナーといったところだろう。


「よし、まずは魔獣を探すところからだな」


 広範囲の探知スキルで、おおまかな魔獣の位置情報を捕捉する。白狼が大きな群れで移動し、白鹿はとんでもなく速いスピードで走る。どちらも探知スキルを使えば、その特徴で捕捉できた。


「中央の大型テントに向かうほうに白狼の群れ、そうじゃないところに白鹿が数匹いた。どっちにする?」


「白鹿でお願いします」


「分かった、じゃあ移動を開始しよう」


 地竜をひいて、そちらの方角へ。

 しばらくしてから霧が出てきた。


「この森……霧なんて出るのか…………」


 シャロンとはぐれないようにしよう。

 そう思って振り返ってみれば、そこにシャロンはいなかった。かわりにいたのは、カカシ。そう、カカシだ。顔にあたる部分は、人をバカにしきったようなニタニタした笑みがこぼれている。栗色のカツラを被っているところなど、何となくシャロンに似ていた。


「ふふふ。《大賢者》様にしては気付くのが遅かったじゃありませんか」


「……フルーラの仕業か?」


「ええ、そうですわよ──お・兄・様♡」


 目の前にいたのは、フルーラの二番弟子であるユナミルの姿。腰に提げていた肉厚の大剣を構えている。戦闘態勢、彼女はヤル気満々といったところで、鼻歌まで歌っている。


 状況を整理してみると、シャロンと地竜が消滅し、ベルティスだけがこの霧の世界に紛れ込んでしまったようだ。おそらく稀代の女賢者と言わせしめたフルーラの妙技、あらかじめ森に仕掛けていた冰術を発動させたのだろう。さすが我が麗しの師匠、本気で今回の縁談を潰しにきたようだ。


「この隔離世界、もっぱら僕がシャロンさんのサポートをできないように設置してあるんだろ。そして君、ユナミルはこの世界が解除されないように僕を見張り、時間稼ぎをする担当」


「大正解ですわ。この狩りに失敗すれば、あのシャロンという女性はお兄様との縁談を諦めざるえなくなる。師匠はお兄様を守れてハッピー、私はセシリアちゃんとお兄様が離れ離れになる結末を断ち切ることができてハッピーですわ」


 フルーラの弟子であるユナミルに、今さらなにを言っても無駄だろう。セシリアがいないところをみると、彼女には伝えていないのだろうか。


「師匠は子ども扱いし過ぎだ。縁談をどうするかくらい、自分で決めるよ」


「お兄様の目がギラギラしてますわね。お手合わせ、とても楽しみですわね」


 ユナミルにはすでに、幾通りもの付与冰術が掛けられている。通常のステータスの優に三倍はあるはずだ。彼女の相手をしながらこの世界の冰術を解読し、外へ出る──!


「本気を出すと殺してしまうかもしれない、なんて思わない方がよろしくてよ」


 ユナミルが突っ込んできた。

 フルーラの付与冰術を舐めてはいけない。こちらの広範囲大型冰術を想定し、大掛かりな防御冰術を仕込んでいるはずだ。ならば直接、彼女の体に負荷をかけるまで。

 

 氷槍を手に召喚。彼女の剣に対応しつつ、その機会をうかがう。

 ふと、背中に違和感を感じた。


 シュンッ──


「光線……?」


「そこらじゅうにフルーラの罠が仕掛けられてますの。うっかり射程内に入ってしまえば、摂氏数千度の光線がお兄様の冷たい氷を溶かしていきますわよ」


「じゃあ入らなければいいんだ」


「そんなでたらめなこと、できるわけ…………なにっ!?」


 こちらとて、高位探知を駆使して射程内に入らないようするだけのこと。

 

「ウソ……この辺りには数千発分の光線があるはずっ! 探知スキルがそんな万能なはずない……っ!」


 それでも、こっちは《賢者》だ。

 これくらいできなければ、いけない。


「君はあらかじめ光線の設置場所を教えられていたか、あるいは見ることができるんだろう? それを頼りに、光線に当たらないよう回避ルートを設置するのが、師匠とすれば当然だ」


「回り込まれて……っ!?」


「その回避ルートを僕がそっくりなぞれば、こうやって君に辿り着けるというわけだよ」


 そうして、手加減なくユナミルの腹を蹴り飛ばす。大丈夫、光線のある方角には飛ばしていない。

 あの蹴りの一発で、フルーラに掛けられていた付与冰術もすべて解除した。

 いまのユナミルには、14歳の少女程度の力とスピードしか残っていない。

 

「お兄様ともう少しいい勝負ができると思いましたのに」


 隔離世界の解除作業に入っていると、ユナミルがこっちにやってきた。むすぅと頬が膨らんでいるところを見ると、本気で悔しがっているみたいだ。奥義を使うことなく終わってしまったのが気に入らない、そんなところだろうか。


「セシリアちゃんになら、優しく頭を撫でてくれるんでしょう? お兄様は、セシリアちゃんにだけは優しいですもんね」


「否定はしないな、セシリアには甘いと思う」


「お兄様の素直さは好きですけれど、私にも、少しは分けてくださってもよろしいのではないかとっ?」


 腕を組みながら「つーん」と。

 おそらく拗ねているポーズなのだろう。あざと可愛いと表現するのだろうか。


「サービスしてほしいって?」


「お兄様の慈悲は皆に等しく分配されるべきだと思いますの」


「じゃあこれが一回目のサービス。成長したね、ユナミル」


 ピンクの髪の毛を撫でる。ふわふわとした、撫でて心地のよい髪質だ。

 ユナミルが恥ずかしそうに眼を逸らしている。


「二回目はフルーラの居場所を教えてくれたらね」


「低いサービス精神ですこと」


 ちょうどそのとき、隔離空間を維持していたフルーラの冰術を解除した。


「もう冰術を解いてしまわれたのね」


 ユナミルには、もう狩りを妨害する意思も力も残っていないだろう。


「フルーラはね、本当は私と一緒にお兄様の妨害をする手はずだったの。そっちのほうがお兄様を足止めできるし、確実でしょ? でもね、フルーラはどっか行っちゃったわ。『桃色の魔獣が……』とか何とか言ってたけど、なんだったのかしらね」


「桃色の魔獣って……そんな魔獣、この森にはいないぞ」


 この森は魔獣の群生地帯だが、そんな目立つ色をした魔獣なんていない。だいたいが黒色で、そのなかでも目立つのが白鹿と白狼だ。


「……とにかくシャロンさんと合流するか」


 ────異変が起こった。

 この森にいる数百匹単位、大小さまざまな魔獣が移動を開始した。激しい地響きを鳴らしながら、まるで何かに怯えるように森林内を疾走する。木々の垣根を超え、他の魔獣を踏み倒しながらも彼らの逃走は終わらない。


「なに……これ、地震……?」


「いや、魔獣たちが一斉に移動している。進路は北……つまりこっちに向かってきてる」


 千里眼と探知スキルを駆使して、ベルティスが原因の究明を探る。

 おそらく、この事態に魔貴公爵家も気付いているはずだ。あの航空映写機が、魔獣たちの移動の様子を本部テントに送信し続けている。すぐに《魔獣狩り》の中止か続行かの決議が取られる。


「フルーラが言っていた桃色の魔獣。……もしも、それに該当する魔獣が僕の予想し得る災厄の魔獣だとすれば非常に性質が悪い」


「災厄の魔獣……?」


「ああ。四皇帝魔獣のなかでもっとも自由気まま、かつ残虐。自分の好奇心のみで殺戮を繰り返す紅桃の棘幼姫(キスミル)。大賢者の没後、皇国の大師団の手によって冰結宮殿下層区域に封印されたと聞いていたが──」


 木が、上に吹っ飛んだ。

 音速具合に遅れてやってきた衝撃波と爆音が、ベルティス達に襲い掛かる。いましがた、数キロ先に見えていた木々がなぎ倒され、土煙をあげたのだ。幹の切断面は滑らかで美しい、まるで巨大な包丁で真っ二つにされたかのよう。

 何者かの斬撃波で間違いあるまい。


「向こうにシャロンさんがいるな。それで……さっきの斬撃波はセシリアか」


「セシリアちゃんにはシャロンさんを任せていたのよ。シャロンさんを眠らせて、狩りが続行できないように」


監視の目(ドローン)があるのにか?」


「魔獣の攻撃に見せかけたらバレないわよ、まぁ……お兄様を足止めできなかったからこの作戦は失敗だけどね」


「いや、このまま《魔獣狩り》自体が中止になれば、君達が願う縁談の無効化もありうるよ」


「……それだけで終わればいいですわね」


 とりあえず、シャロンの近くにはセシリアがいる。

 彼女を安全な場所に避難させるために、まずは合流しよう。






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