Episode024 負けず嫌い
……どうやら、聖剣闘技会でも大きな動きがあったようだ。
第一試合、第二試合ともに銀髪のエルフ少女が圧勝。《冰魔の剣姫》を彷彿とさせる流麗な動きで相手を瞬殺したという。
これはセシリアに留まった話ではない。
他ブロックで試合をするユナミルも順調、いや快調すぎるほどだ。こちらも《冰魔の剣姫》に負けず劣らず大きな剣で相手の動きを封殺し、瞬く間に試合に勝利。
13歳の新星二人組が華々しく公式戦デビューを飾り、会場の熱気は序盤から最高潮に達している。ついで、イスペルト商会の果汁ジュースや発泡酒が売れに売れて絶好調だそうだ。
おそらく、ユナミルの姿を終始見つめているあの女性が母親に間違いないだろう。ユナミルと似た美しい淑女だが、全体的に痩せこけていてやや痛々しい。
ユナミルを見つめるあの期待に満ちた目だけは、目の大きさと比例して迫力がある。
ここまでは左目の『千里眼』を利用したベルティスの考察である──
「──いや、この場面なら聞いても違和感を与えないか」
剣姫のファンというありきたりな設定を使用したからには、それを大いに活用せねばならないだろう。ならばさっそくと思って、前を歩くエルリアに声をかける。エルリアは振り返った。
「エルリアさんはどうして闘技会を辞退したんですか? あなたが出るのを、結構楽しみにしてたんですけど」
聖剣闘技会を辞退した理由。
素直に教えてもらえるとはこちらも思っていない。ただ表情を見たいのだ。
「理由は……そうだな、個人的な理由だ。ただ勘違いしてほしくないのは、剣を振ることがイヤになったわけでも、体調が悪いわけでもないということだ」
「ごめんなさい。……そうですよね、エルリアさんは貴族に雇われてる人なのに、ボクみたいな一般庶民がこんな大切なこと聞いちゃダメですよね」
「いいや、こちらこそすまない」
見えた。
申し訳なさそうな顔をしている。自分の出場を楽しみにしているファンを失望させて、申し訳ないという顔だ。
ファンを失望させてでも、出場を辞退することと引き換えにフルーラから何かを得た、あるいは得ようとしている。まだまだヒントの域を出ない回答だ。彼女はフルーラから何を得ようとしているのだろう? 疑問は深まるが、同時に興奮も覚える。
この謎に迫る快感というのものに、自分はどうも弱いらしい。
「──ここなら広いから、伸び伸びと試合ができるだろう」
エルリアがそう言った場所は、人気のない更地だった。
剣を振るうにはちょうどいいだろう。
「さきほども言った通り、騎士公爵家から賜った聖剣を将来有望な冰力使いに使用するのは忍びない。申し訳ないが、サブの剣を使用させてもらう」
「二つ持ってるんですね」
「聖剣は攻撃力が高すぎて、すぐ相手の剣を折ってしまう。私にとってもその人物にとってもイヤな出来事だから、できるだけそれは避けたい。……それにこちらのほうが、剣そのもののキャパシティではなく、私本来の剣術で戦うことができるからな」
──いい考え方だ。
剣の価値よりも自分本来の純粋な力で相手と勝負したいという考えは、こちらにも通ずる部分がある。……彼女に興味が湧いた。
「ボクは好きですよ、エルリアさんの考え方」
「ありがとう。……あと、あなたのそのしゃべり方はやめてもらいたい。たぶんあなたのほうが年上だ」
「なんでそう思う? ボクは同い年だと思ってますけど」
「さあな、剣士の勘だよ」
──このエルフ……。
「……嫌いじゃないね……」
エルリアが先じて剣を抜き放つ。
ひとたび剣姫が持てば、鉄剣すら黄金に輝いてみえる。彼女の立ち姿が洗練されてこそ見える幻覚だろう。
「……解放──」
続いて動いたのは白髪少女。腕を交差させ、冰術の心象解放式を唱える。
「核は万年冰力層。重量は千と六百五十、硬度は三万とんで四十五、攻撃力を十二倍に規定する。右手に銀の矛、左手に黒き矛、あまたの喉を切り裂く牙として顕現せよ」
双剣。
銀の矛とよばれた剣は透明感のある刀身をもち、黒の矛と呼ばれた剣は暗黒の闇に染まっている。
自分の冰力で作り出した武器なので手に馴染む。この姿で戦うには、剣一本より二本のほうが優位性を保ちやすい。だからベルは双剣を扱う。
「珍しいな。自分の冰力を物象化させて戦うスタイル……礼讃型か……初めて見るし見事なものだが、あなたの冰力がもたないぞ」
重さ、大きさ、切れ味、硬度、装飾に至るまで自前の冰力。スキル『武装』効果がけた違いに跳ね上がるのがメリットだが、浪費する冰力量が難癖で扱う者はごく少数。
「こっちのほうが冰術が使いやすいんだ」
「相手がエルフ族だから合わせてくれてるのか? 私に長期戦はムリだから一気に攻めてくる、だから自分も一気に攻めてやろうという計らいか?」
「……ま、一理あるかもね」
「舐められたものだな」
その瞬間、エルリアが一瞬にして距離を詰めた。恐ろしい敏捷性。『身体強化』無発動でこのスピードとは恐れ入る。
──まぁ。
「……なっ!?」
──相手がベルティスでなければの話だが。
「さっきの斬り込みを反応したのか? 訂正、あなたが剣士に向いてないなんて言ってすまなかった。鍛えればもっと強くなる」
「そりゃどうも」
とはいっても、エルリアの敏捷性を甘く見ていたのはベルのほうだ。
恐ろしく速い。
冰力を抑えながら彼女に対応するのは、難しいだろう。
──いや、もともとこの勝負はなんのためにやっている?
そう、ただの時間稼ぎだ。冰魔の剣姫と距離を縮めるため、フルーラの居場所を突き止めるため、コトの真実を突き止めるためだ。この勝負自体に何ら意味はない。適当に流して終わらせればいい。対応なんてしなくても、どこかでこちらが負ければいいのだ。
「───あぁ、これは不快だ。考えただけでも胸糞悪くなる」
残念ながら、大昔から負けず嫌いだった人間に、いまさら適当に流して負けるなんて考えは意味をなさない。最高のステータスを持ったエルフ族相手に、こちらが適当に負けるなんて、ひどく気分が悪い。
この勝負、まだ続けたい。
「────ッ!?」
エルリアが瞠目し、何かを察知して大きく後ろへ跳ぶ。
そこへ、加速し始めたベルの刃が吸い込まれる。
刃同士は噛み合うことなく、硬い金属音を響かせて次の攻防へとシフトチェンジ。
エルリアは小さく呻いた。
「強い…………ッ!」
一進一退の攻防が始まってどれだけ経っただろうか。
ようやく事態が収拾したのは、巨大冰術を繰り出そうと双剣をベルが掲げた瞬間だった。
「──セシリアがユナミルとぶつかった」
聖剣闘技会、本戦の第一試合。
ベルの左目が映し出したのは、セシリアとの対戦相手が発表された掲示板。セシリアがユナミルを見つめ、ユナミルがセシリアから顔を背けた瞬間でもある。
「……セシリア……?」
声は、冰魔の剣姫からだった。
剣がだらりとさがり、体から覇気が無くなっている。
「あなたは妹を知っているのか?」




