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【完結】失われた都市ジャンタール ―出口のない街―  作者: ウツロ
五章 揃い始めたパズルの欠片
111/148

111話 神殿の攻略を開始する

 日付が変わって昼過ぎ、いよいよ神殿の攻略へ向かうこととなった。

 さすがにみな疲れがたまっていたようで、この時間までグッスリ眠っていた。


「君は大丈夫か?」

「ええ、慣れてるから」


 その間、わたしはアシューテと交代で見張りをしていた。

 ここは安全だというフェルパの言葉をうのみにしなかったためだ。

 だからアシューテだけに声をかけた。

 

 おかげで睡眠時間が足りてない。

 アシューテには申し訳ないことをした。

 疲れているだろうにと、少し心配になる。


 ……まあ、ワナを抜けるのに彼女の手を借りることはないだろう。

 気をつけねばならないのは私の方だがな。


 水場で顔を洗うと、扉の前へ。

 西の扉だ。ワナが多数存在し、攻略がいっこうに進まないとされる場所。

 私の五感すべてをつかって抜けねばならない。


 扉を開くとガリリと石が砕ける音がした。

 老朽化か? いや、地面に落ちた石のカケラが扉と床にすりつぶされて聞こえてきた音のようだ。

 実際、扉は驚くほど水平を保っている。

 神殿自体ずいぶん古い建物のようだが、倒壊するのはまだまだ先のようだ。

 

 前方を見すえる。

 扉の先は通路になっており、地面も壁も天井も石で組んだつくりであった。

 材質は石灰岩だろうか? 黄色みがかった白色で、松明の光をやさしく反射している。


「大将」

「ああ、わかってる」


 フトコロより石を取り出すと、ポンと目の前に投げた。

 外で拾った石だ。風化して手にさらさらとした砂が残る。

 ガゴン。石が床に触れた瞬間、その床がパックリ割れるのだった。


 床一面に開いた大穴だ。とても飛び越えられるような距離じゃない。

 下をのぞくと、先の尖った金属の棒がいくつも立っている。

 落ちたら串刺しだな。

 扉を開いた瞬間落とし穴とは、なかなか意地が悪い。


 しばらく待つと床は自動的に閉じていった。

 そろそろか。完全に閉じ切ったところで、一歩踏み出してみた。

 床は割れない。

 ヤリの石突でコツコツと叩いてみても、やはり同じ。


 急がねばな。

 ひとり通路に飛びだすと、素早く駆ける。

 目指すは壁に設置されたレバーだ。

 あれを引くと床が一定時間固定されるのだ。


 このワナのことは、事前にフェルパに聞いていた。

 開いた床が閉じて、そこから二呼吸、その間は再び床が開くことはない。

 また、レバーを引いて十の呼吸の間も床は開かぬままである。


 ガコン。

 レバーを引いた。

 手で合図すると、みなおそるおそるこちらに歩いてくる。

 あんまりゆっくりしている時間はないぞ。十の呼吸は長いようで短い。


「まさか、大将みずから行くたぁな」


 きっちり渡りきったところでフェルパが言った。


「なぜだ? 私ならたとえ床が開いても、開ききる前に脱出できる」


 瞬時に後方へ飛ぶ。

 それができるのが私だ。

 できぬ者にやらせたところで、ムダに命を失うだけではないか。


「いや、俺はてっきりゴブリンを召喚するもんだと……」


 ああ、そういうことか。


「フェルパ、残念だがここではゴブリンを召喚できない。土がないからな」


 ゴブリンは土中から生まれる。つまり土がなければゴブリンは召喚できないってことだ。


「ええ! マジかよ!!」


 これまでになく落ち込むフェルパ。

 手で顔を覆い、上を見上げてしまった。

 まあ、わたしのゴブリン召喚が生きてくるなんて大口叩いていたからな。

 その召喚が使えないとなると、こうもなろう。

 とはいえ、土の存在を考えなかったのはわたしも同じだ。

 それに砂漠の砂でも召喚できたんだ。いざとなったらなんとでもなるさ。


「大丈夫だ、考えはある」


 わたしの予想通りなら、うまくいく。

 フェルパに聞いたこの先の分岐点、そこまで行けばな。


「土、持っていったらダメなの?」


 ここでアッシュの質問だ。

 たしかに、その疑問も当然か。


「持っていくとなるとけっこうな量になる。少なくともゴブリンの大きさ以上の土が必要だ。それが人数分。運搬用の動物に積んでいかねばならなくなる」

「あ~」


 ロバとラプトルクローラーは広間でお留守番だ。

 さすがにワナだらけのところへ連れていきたくはない。

 泉もあるし食料も置いてきたから、彼らもお利口にしているだろう。

 まあ、神殿の外でゴブリンを召喚しておいて一緒に行くという選択肢もあるんだがな。

 先は長い。

 できればワナを確認してから召喚したい。触媒の歯だって無限にあるわけではないのだ。


「さ、進むか」


 つぎに待ちかまえていたのは矢のワナだった。

 足を踏みだすと壁に開いた穴から矢が飛んでくる。

 

 盾を持っていれば問題ない。と言いたいところだが、左右の壁だけでなく天井にも穴があった。とうぜん、床にもだ。

 さすがに四方向からの矢は盾だけでは防げない。


 ふ~む、この程度、わたしなら問題なく抜けられるが。

 しかし、それも想定通りに矢が飛んでくればの話だ。

 タイミングをずらされる可能性がある。

 避けた先を想定して矢を放つなんてことも考えられるのが、この迷宮のいやらしいところだ。


 ――試すか。


 外套マントを前方に放り投げた。

 すると壁から出た矢は、そのマントを空中で打ち抜いた。


 重さに反応したわけではない。

 なにか別の方法で侵入者をとらえていると考えられる。

 となると、チト危険が大きいな。

 やはり、こちらの動きを予測して矢を放ってくる可能性がある。


 ん~、どうしたもんか。石でも突っ込んで穴を塞いじまうか?

 だが、穴は無数にある。それでは時間がかかりすぎる。

 板を貼っちまうか?

 いや、なんとなくだが、それはむしろ危険な行為に思えてくる。


「フェルパ、ここをどう抜けた?」

「いや、普通に盾を二枚持って駆け抜けただけだが」


 負傷者はでたものの、死者はださずに抜けられたとフェルパは言う。

 しかし、それが逆に引っかかるな。

 どうもわたしは迷宮に目をつけられているらしいからな。


 行くか。

 トンと身一つで踏み出した。

 飛んできた矢は三本のみ。体をひねってなんなくかわすと、もう一歩足を踏みだす。

 こんどは四本。これもなんなくかわすと、また一歩と進んでいく。

 なるほど。同じ穴から何度も矢は出ないようだ。

 じっくりと見極めて進むとしよう。

 駆け抜けるのは逆に危険だ。

 運を天に任せるほど追いつめられちゃいない。


 さらに一歩、二歩進む。 

 矢は上やら下やらからも飛んでくる。

 だが、出どころが分かっている以上、避けるのもそう難しいものではない。


「すげ~な、アイツ。あんなもん、よくかわせるな」

「アニキ、もうちょっとだよ!」


 着実にかわすことしばらく。

 穴の開いた壁はあと少しになっていた。

 あそこでこのワナは終わり。あとひと飛びすれば、抜けられる距離だ。


 が、その瞬間!

 一筋の光が目の前を横切った。

 それは右の穴から、わたしの鼻をかすめるように通過すると、左の穴へ消えていった。


 なに!

 矢以外のものも出るのか。

 しかも、なんたる速さ。まるでイナズマだ。

 目でとらえたのはおそらく残像。

 危なかった。駆けていれば、確実に体を貫かれていた。


 カチリ。

 さらにその時、なにかの音がした。


 マズイ! 背中をゾワリとした感覚が走る。

 すぐさま前方に飛んだ。

 穴の位置は分かっている。その直線上に体がいかないように気をつけねば。


 後方で何かが光った。

 それは通路全体を明るく照らし、背を向けたわたしにもよく感じ取れた。

 光の線だ。

 おそらくすべての穴から光が出たのだ。


「アニキ!!」

「大丈夫だ」


 ゴロゴロと床に転がり、それから体を起こした。

 自身の体を確認してみたところ、肘のあたりが少しえぐれて焦げ跡がついているだけだった。

 危なかったな。

 前方へ飛ばなければ、丸焦げか穴だらけになっていた。

 あの光は、おそらくヨロイも貫通するだろう。たいしたワナだよ。


 肘の焦げ跡はすぐに塞がっていった。

 流体金属のヨロイは欠けた部分をみずから修復していくのだ。


 ガコン。

 壁に設置されたレバーを引く。

 これでみなも無事に渡れるはず。


 すぐにみながわたしのもとへやってきた。

 もっとも来るのが早く、そしてもっとも血相を変えていたのはリンだ。

 どこかケガがないかと、わたしの周りをグルグルまわっていた。


「フェルパ! どういうことよ!」

「え? いや、俺にもなにがなんだか……」


 リンがフェルパに詰め寄っていた。

 聞いていた話と違うと、えらく怒っている。


「よせ、リン。フェルパのせいではない」


 わたしが迷宮に嫌われているせいだ。

 フェルパのときはこうならなかっただけのこと。


 あるいは、時間をかけすぎたからかもしれない。

 穴をふさぐといった行為を禁止すべく、一定時間対象物がワナの上に滞在すると、べつの罠が作動する。そんなところだろう。

 いずれにしても、フェルパを責めてもどうにもなるまい。

 もともと、ゴブリンを召喚するように提案していたのは彼だ。

 土がなかったとはいえ、召喚なしであるていど進むと決めたのは他ならぬわたしなのだから。

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殺人鬼がパンデミックの謎にせまる物語です 殺人鬼アダムと狂人都市
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