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6)変わりゆく運命

今日は、一話のみの投稿です。







 思ったよりも楽しい一時に、オリハは密かに驚いていた。もっときつい感じの人かと思っていた。それでも不安や疑惑が拭い切れたわけではないけれど、最悪を想定していたためにそれよりはましかもしれないと期待したくなる。

 でも、クルトも見合い初日は感じが良かったのだ。だから一目惚れしてしまった。心変わりした彼に罵られ続けた婚約だった。

 そんな物思いに意識が持って行かれ、気付くとカイムに見詰められていた。

「なにか気がかりがあったら言ってくれないか。せっかく侯爵が二人きりにしてくれたのだ」

 厳密な二人きりではないが、話が聞こえる範囲には護衛も侍従もいなかった。

「あ、それは」

 オリハはしばし躊躇したのち言葉を探す。気がかりは確かにあった。正直に言えば幾つもある。けれど、言えないことばかりだ。その中で、今言えることはなにかと思考を巡らせた。

「あの、カイ様は、ドミニク嬢に一目惚れされたんですよね、本当は彼女みたいな華やかな女性が好みではなかったのですか」

 オリハがそっとカイムの表情を見守ると、彼は呆気にとられた顔をしている。オリハがそんなことを言い出すとは思いも寄らなかったという顔だ。これが演技なら上手すぎる。

「あの女が好みだなんて、毛筋ほども思ったことはないが」

 いきなりかなり強い口調で言われ、今度はオリハが呆気にとられた。

「え、で、でも」

「確かに、最初に声をかけたのは彼女だったが」

 とカイムは眉間に皺を寄せ僅かに口ごもると淡々と話し始めた。

「我が国は女性の魔力持ちが非常に少ない。有名な話なので知っているとは思うが。百五十年ほど前の皇帝の妃が、女性の魔導師を迫害したのが原因と言われている」

「あ、はい。そういう伝説があるとは聞いております」

「いや、伝説ではないんだ、実話だ。本当にあったことだ」

 カイムは苦い顔でそう前置きを述べ、話を続けた。

「魔力の高い者はなかなか子が出来ない。伴侶との間に魔力の差があると余計に子が出来にくい。皇族は元々、魔力が高かった。建国時に活躍した魔導師が皇帝や貴族となったのだから、どこの国もそうだろう。その結果、皇帝の妃は魔導師の女性が選ばれる」

 淡々とした言葉に、オリハは頷く。

 持っている魔力に差があると子が出来にくいのは事実だった。

 魔力量が同じくらいで相性も良ければ、速やかに子が出来るものだ。

「だが、魔導師の家系が、家の力が強いとも限らない。魔力の高い者が、金儲けが上手いとも限らない」

 カイムが苦い顔をし、オリハは再度、「そうですね」と頷く。

「百五十年前の皇后がそうだった。魔力は高くないくせに、家の力で皇后となった。だから、皇子を産めなかった。産めるわけがない。皇帝との魔力の差があまりに大きかったのだから。皇帝は皇后など好きではなく、魅力を感じなかった。むしろ嫌っていた」

 容赦ないカイムの話に、オリハは頷こうとして流石に躊躇した。

「皇帝は魔導師の女性を側室として迎え入れ寵愛した。子も産まれた。もう一人の側室も魔導師の女性から選んだ。二人を大事に愛し、皇子は四人も産まれ皇后など見向きもしなかった。皇后が暗躍し側室二人を毒殺すると、皇帝はまた魔導師の家系から側室を選んだ。側室殺しは皇后がやったことは明らかだったため、念入りに捜査をしたが皇后は上手くやった。証拠がない」

 オリハは言葉が出ない。

 震えそうな手を握り込む。

「三人目の側室が毒殺されたのち、皇后は呪い殺された。殺された側室の家族がやったのだろうと思われるが、皇帝が捜査をしなかったためにわからない。皇后の実家は何度も文句を言ってきたが、皇帝は無視した。けれど、その頃から魔力の高い女の赤ん坊が生まれなくなった」

「あ、あの、原因は」

「呪いであろうと。国に対する呪いだ」

「でも、魔導師の家は、復讐をやり遂げたのに」

「そうだな。まったくその通り。けれど、先に三人もの側室が無残に殺されている。皇帝は彼女らを守れなかった」

 カイムは昏い目で呟いた。

「それは、そうですけれど」

「だから我が国は、魔力を持った女性を大事にするようにしているのだがな。法整備もしている。だが、呪いは解けないらしい。相変わらず魔力持ちの女性は少ない」

「そんな」

 惨いことだ。皇子たちの三人もの母を死なせた国への報いなのだろう。

「皇族は相性の良い伴侶を見つけるのが非常に難しい。百五十年前の皇后は実に忌々しい。過去に戻れたら八つ裂きにしてやりたい」

 カイムは本音で語っているような気がした。

「今は、でも法整備もされてるみたいですし」

 オリハは宥めるようにそう言った。

「もちろんそれは当然だよ。とても大切にされてる。されすぎてるかもな。我が儘な魔力持ちの女性が多くて少々困ってるくらいだ」

 と、カイムは本当に困った表情を浮かべる。

「我が儘、ですか。でも、子供はどの子も大事に育てるべきかと思うんですけど」

「それはもちろんそうだが」

「私も家族に大事にされて育ちました、自分で言うのもなんですけど。私も我が儘になってますかね」

 オリハが冗談を言って首を傾げると、カイムは眉を八の字にして笑った。困り顔の笑顔だ。

「オリハは、本当に可愛いね」

「え? あの、馬鹿に、されてます?」

 オリハとしては、下手な冗談で場を和ませようとしたつもりだった。失敗だったようだが、嫌味を言われるとは思わなかった。

 カイムは慌てて首を振った。

「してない、してないからね。うちの国でいう我が儘は、おそらくオリハの想像を超えているから。そのうちわかるよ。もしも帝国に来てくれたら」

「あ、あの、はい」

 オリハはそう頷いてから、ふと顔をあげた。

「あの、で? ドミニク嬢に一目惚れしたという話は」

「んん? いや、今の話でわかってもらえたかと思ったのだが。つまり、相性の良い女性はとても貴重なんだ」

「それが、ドミニク嬢ですよね」

「多少は良さそうな気がした。とはいえ、私がドミニク嬢に惚れたとかはまったくない。我が国はそんなわけで、そもそも皇族の妃となる条件を満たすほどに魔力の高い女性が少ない。その中からさらに相性の良い女性というと、もう本当にいない」

「ええと、その、相性が良いというのは。つまり?」

「その、説明は難しいのだが、心が寄り添えると感じる相手とでも言おうか。そんな風に感じる相手でないと、あらゆる意味で上手くいかないと言われていてね」

「なるほど」

 オリハは、ふと夢の話を思い出した。

 龍人伝説だ。龍人は番を選ぶ。そのとき、容姿や家柄などは全く関係がないという。

「僅かでも相性が良いように感じた相手は初めてだった。それだけだ。私自身が、自分の伴侶を求めて止まなかったために彼女に声を掛けずにはいられなかった。好みとかそういうものではない」

「ええと、そうなんですね」

「わかってもらえてるかな。顔立ちやなにかが好みとかでもない。会話もほぼなかったし。私が声をかけても彼女は答えてもくれなかったしな」

「ゴシップ誌の記事ではそうみたいでしたね」

「あの記事はよく書けていた。その通りの経緯だったからね。あのクルトという男が恋人だと言うのだから、もうそれ以上は求める気も毛頭なかった。きっと彼女程度に相性の良い相手はいるだろうと思って終わりだ、幸いオリィにも出会えたし」

 カイムが微笑む。

 甘い笑みは恋愛に不慣れなオリハには刺激が強すぎた。オリハは頬が熱くなるのを感じた。

 惚れっぽいのは止めるつもりだったのに。それに、まだ彼が戦争を仕掛けて来た疑惑があるというのに。

 戦争はオリハが彼に嫁ぐことで阻止したい。皇妃になる自信などないが、もしも婚姻という運びとなったら浮気などは論外だ。元より浮気などする気はないし、疑われることもないように気を付けるつもりだ。誤解でもされたら目も当てられない。

 オリハは戦争になれば幽閉されるだろう。自分に人質の価値があるとは思えないが、間諜になるのを防ぐために敵国の妃は監禁されるものだ。

 戦乱を防げないと見極めたら父たちに注意するよう伝えたい。もちろん、戦争になどならないのが理想だけれど。

「どうか私の妃になってくれ」

 皇太子に手を握られ、オリハはこくりと唾を飲む。

 選択を誤ってはならない。

 自らに言い聞かせ、オリハは頷いた。

「は、い、お受け、します」

 どうしても緊張で言葉がつっかえてしまったが、カイム皇太子は安堵した様子で微笑んでくれた。


□□□


 カイムはオリハにどことなく壁を感じていた。

 まだ信頼するに足りないと思われているのだろう。出会ったばかりなのだ、そう思われるのも無理はない。オリハはカイムとの相性をあまり感じていないのだろうか。その可能性を考えるだけで、胸が引き連れるように寂しく感じる。

 二人きりで話すことができたのちは、オリハは表情が柔らかくなったと思う。それでも取り除けない壁があった。

 あのドミニクという女のことは信じて貰えただろうか。

 ゴシップ誌に書かれた「皇太子は戸惑っていた」というのは真実だ。戸惑っていたというより「迷い」だ。相性は良い、と思った。思ったけれど、強く惹かれるほどではなかった。

 だから迷った。彼女が何者かもわからないうちに声をかけてしまったが、もしも調べて問題が見つかればそれらを乗り越えて彼女を手に入れようとまでは考えていなかった。

 オリハと出会えるとわかっていれば声などかけなかった。

「焦っていたからな。私にはもう後がない。妃が必要なのだ」

 娶れる妃がいないという欠陥は皇太子の座が揺らぎかねない。

 適当な相手を選んで誤魔化すことも考えたが、それにしてもその適当な妃を選ぶのも躊躇された。

 信用できる者がいなかった。あるいは、あまりに我欲が強い者ばかりで選べなかった。性悪を国の中枢に引き入れれば国が揺らぎかねない。むしろカイムの評判を落とす。

 そういう者ばかりを宛がわれていたというのもあった。

 これまでは相性が良いと感じる候補もいなかった。皇族は魔力が高いために相手選びが厳しい。魅力を感じない相手は、相性が悪いことがわかっている。相性が悪いと子が生まれない。婚姻しても意味がない。

 そんな相手を愛せる自信もなかった。

「オリィなら」

 オリハなら愛しいと思える。もうこんなにも惹かれているのだから。

 それにしても、我が国は魔力の高い女性が少ないための弊害が酷い。帝国の跡継ぎ問題をすべてオリハに話したらきっと呆れるだろう。あの短時間では話すことも限られていた。

 カイムは一人、苦笑した。





お読みいただきありがとうございました。

明日も夜20時に投稿いたします。

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