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5)見合い

本日、2話同時に投稿いたしました。こちらは2話目になります。




 明くる日。

 あれから何が起こったかは朝の新聞でわかった。

『カイム皇太子殿下、運命の人と出会う?』

 大見出しだ。いいのかこんな記事を載せて、と心配になるほどだ。

『トルスティ帝国第一皇子カイム皇太子殿下は王立学院で開催中の催事をご見学された。そのさい、ドミニク嬢に「あなたはどちらのご令嬢か」とお声をかけた。皇太子殿下はすぐのちに「すまないが人違いをした。君の側にいる人物と間違えた」と否定された』

 へぇ、否定されたんだ、とオリハは意外に思った。

『ドミニク嬢はローエ子爵家から絶縁されるまではローエ子爵令嬢だった』

 と、ドミニクにとっては憤懣ものの情報まで添えていた。

 さらに詳細な記事は王都で発刊されている名の知れたゴシップ誌の号外で報じられた。号外の記事は誌面にも掲載され、セイラが買ってきてくれた。

『カイム皇太子殿下は学院の催事を見学されるためにご来院されました。そこで一人の女性に声を掛けられました。

「あなたはどちらのご令嬢か」と尋ねられた皇太子のご様子は酷く戸惑っておられました。皇太子殿下の問いにその女性(ドミニク嬢)は感極まった表情でただ「カイム様」と答えた。

 ドミニク嬢が動揺され、熱に浮かされた様であったために皇太子殿下の側近が引き離そうとされましたが彼女はそれを拒否。

 殿下が「名前を教えてくれ」と声を掛けると、ドミニク嬢の連れの男性クルト氏が代わりに答えた。

「ドミニクは私の恋人です。皇太子殿下ともあろうお方が、人の恋人にそのように近付かないでいただきたい」

 皇太子殿下はクルト氏の返答に頷き、踵を返すと学院の見学を再開する。皇太子殿下はそれから間もなくオリハ・ノアーク侯爵令嬢に帝国語で挨拶をし、オリハ氏も帝国語で挨拶を返した。

 二人の会話はすぐに途切れることとなった。ドミニク嬢が皇太子殿下を追いかけて来られ「なぜ急に行ってしまわれるのですか」と叫びながら縋り付いたためだ。

 カイム殿下はドミニク嬢を振り返りお答えになられた。

「すまないが人違いをした。君の側にいる人物と間違えた。君は恋人と一緒なのだろう」

 皇太子殿下は再び学院視察を再開し、ドミニク嬢は殿下の護衛に除けられクルト氏とともに間もなく立ち去った。皇太子殿下が間違えた人物は不明である』

 オリハはゴシップ誌を閉じるとソファにもたれた。

 予知夢と違う展開になったのはオリハが運命を変えたからだろう。それにしても、ドミニクは皇太子の側近の対応を拒否しているとは思わなかった。

 予知夢では大人しく従っていたと思う。現実にはドミニクは皇太子を追って縋り付いた。

 オリハは、帝国語で挨拶はできたが、それだけだ。ドミニクに邪魔をされなかったら、もう少し会話があったと思う。

「挨拶、ね」

 オリハが呟くとジルが苦笑した。

「殿下の声が届く範囲には帝国語を解するものがいなかったのでしょう」

「小声でしたものね」

 セイラも苦笑している。

 セイラもジルも帝国語は日常会話程度にはできる。優秀な二人だ。

 殿下の独り言のようなあの台詞が記事にでもなったらもっと我が家は騒ぎに巻き込まれていたかもしれない。

 本当に面倒だ。ドミニクが皇太子妃にならなければいいが。戦争は回避されたのだろうか。

 なんとなく中途半端だ。殿下が帰国してくれればすっきりするだろうけれど。

 殿下のいう「人違い」がはっきりすればいい。ドミニクが彼の一目惚れの相手である可能性がなくなれば安心だ。早く安心したい、とオリハは心中で呟いた。

「人違いの人物はオリハ様ですよね」

 セイラがなんら邪気もなく言い出し、

「そうですね」

 とジルまで追従する。

「やめて、二人とも。私もそうかなとは思ったけど、思いたくないから考えないようにしてたのに」

 オリハが不機嫌に言うとセイラが首を傾げた。

「カイム殿下はお好みではないのですか」

「好み以前の問題。最初に一目惚れして声をかけたのはあのドミニクよ。女の趣味がクルトと一緒ってことよね? 冗談じゃない。そんな男なんか嫌に決まってるわ」

 オリハは不敬も承知でつい声を荒げた。

「あー、それは、確かにそうでしたね」

 ジルが嫌そうな顔で同意する。

「ホントですわ。クルト殿の同類だとしたらかなり嫌ですね」

 セイラもジルと同じ顔で頷いた。

 この二人は似てるのだ。夫婦っぽいが違う。どちらも別の伴侶と仲良くしている。同類嫌悪的なものを感じることもあった。

「ですが、オリハ様をお気に召したのでしたら、おそらく接触があるかと」

 ジルがオリハを案じる。

「我が国と帝国との橋渡し役ができるのならその役に徹するつもりよ。我が家のためにもね」

 帝国はマゼリア王国とはそれなりに交易が盛んだ。親しくしておかなければならない相手だ。戦乱になったら負けるであろう相手でもある。

 オリハの言葉にジルとセイラは揃って複雑な表情を浮かべた。

「彼が帝国語で話し掛けてきたのはどういう思惑だと思う?」

 オリハは湿っぽい雰囲気を変えるために気になっていたことを口に出してみた。

「それは、こちらが帝国語が理解できるか試されたのか、あるいはつい本音で語ってしまったのか、どちらかだと思いましたが」

 ジルが悩む様子で答えた。セイラも隣で頷いている。

「試してくるなんて冷静よね。どちらにしろ、一目惚れとかいう感じではなかったわ」

「帝国の皇太子殿下でらっしゃいますから。それは醜態などはさらせませんでしょう」

「最初に声をかけたのはドミニク嬢だったしね」

 オリハは皮肉な笑みを口の端に浮かべる。

「すぐに拒絶されましたよ?」

「まぁそうだけれど、ね」


 カイム皇太子から先触れが届いたのは明くる日のことだった。

 多忙なはずの皇太子にしては早い反応だった。


□□□


「ご令嬢との婚約をどうかお許しいただきたい」

 大帝国の皇太子が、父キアヌ・ノアークに頭を下げた。仰々しい挨拶を互いに交わしてすぐのことだった。

 オリハは息を呑んだ。てっきり傲慢な皇族かと思えば、彼の態度は本気に見えた。

「皇帝陛下はいったいなんと」

 キアヌは皇太子の懇願には直接答えず、淡々と尋ねた。

「父には、私にもしも視察中でも遊学中でもどこでも、心から惹かれる相手を見つけたのなら反対はしないと言われておりました。通信の魔導具でも確認を入れましたが、問題ないという返答をもらっております」

「なるほど。当家の娘に惹かれた、と」

「惹かれました。私の不躾な声かけにも凜として答えられ、ますます惹かれました。愛らしい姿も、その、私の好みです」

 カイムは少々気まずそうに、あるいは照れくさそうに仄かに頬に赤みを差しながら答えた。

 その様子にキアヌとオリハは呆気にとられた。

「そうです、か。それは、お褒めいただき親として嬉しく思いますが。ですが、娘は一度結婚して離婚している身です。それでも構わないのですか」

「調べさせていただきました。ご令嬢にはなんら過誤はないと確認済みです。不幸なことだったと、そう思っております。私には信じがたいことです。こんな華奢なかたに暴力を振るうなど。離婚して当然でしょう。一日も経たずに離婚されたのは良かったです」

 キアヌは皇太子の返答によって、裁判記録を調べたのだな、とわかった。調べたのならオリハと元夫は白い関係だったことも知っているだろう。記録には国教会の神官の証言が添えられている。

 そういった諸々の上でオリハが選ばれたのなら帝国が認めたと考えて良い。鵜呑みにするのも不安だが、皇太子が述べる以上の情報などこちらに得られるはずもない。

「仰る通りです。短時間の結婚生活で済んだことは不幸中の幸いでした。オリハ、お前もなにか言いなさい」

 最後の文句はオリハに向かってだった。

 オリハは呆気にとられたまま回復していなかったのだが、慌てて居住まいを正す。

「お気遣いいただき、ありがとうございます」

 オリハは慎重に言葉を選んだ。

 父は緊張した様子のオリハに案じる視線を向けたのち言葉を続けた。

「我が国の見合いでしたらここで二人きりで会話でもするように勧めるのですが、帝国ではどうなのですか」

「帝国でもそうです、世界共通のようですね。よろしければオリハ殿と話をさせていただいても?」

 父は再度、オリハの様子を窺うと頷いた。

「ええ、どうぞ。庭の芙蓉の花が見頃です」

 キアヌは自ら庭に案内したのち、二人を置いて屋敷に戻った。

 見事な芙蓉の花園が見える四阿のベンチでカイムとオリハは並んで座った。普通、こういうときは向かい合わせに座るのでは、と思ったがカイムの主導でこうなった。

「オリハ、と呼んでも?」

「かまいません」

「では私のこともカイと呼んでください」

 年上の彼に愛称を勧められてオリハは返答に困った。

 カイムはオリハの五歳年上だ。その年齢まで婚約者のいなかった皇太子には何か事情があるのだろう。

「いきなり殿下を愛称で呼んで誰かに文句を言われませんか」

「言うものですか。どうぞ遠慮なく。オリハの愛称はオリィかな?」

「双子の弟たちがたまに呼びます。たいていはオリハですけど。話に夢中になったときとかにリィが出てきます」

「仲が良いんですね」

「ええ、私よりもずっと大柄なので弟に見えないのが玉に瑕です」

「ハハ。リィという愛称は可愛らしいですね」

「幼いころはよく呼ばれてましたけど」

 オリハがどことなく気まずそうな表情を浮かべ、カイムは、

「今は呼ばないんですか」

 と重ねて尋ねた。

「家族だけのとき限定です。あの、帝国のほうでは違うのかもしれませんがこちらでは可愛らしい愛称は子供のころ限定なんです。うちの家族はからかい半分にたまに呼ぶというだけで」

「ハハ、なるほど。うちの国ではそういう『限定』というのはないですよ。オリィも可愛いですよね」

「ええと、いえ、オリィならぎりぎり大丈夫です」

「リィとの違いはさほどないのでは?」

「そうなんですけど、微妙なんですけど、でもリィは子供用なんです」

 オリハはつい言い張ったが、カイムは楽しそうに微笑んでいる。

「私は帝国人だから呼んでもいいですね」

「えぇ? いえ、でも」

「家族になるのですから。二人きりのとき限定にしますから」

「そ、それは、まぁ、二人きりのときでしたら」

 オリハは断る言葉が見つからず、つい許してしまった。

 カイムがやけに機嫌良さそうに笑っているので少し後悔したが良しとした。




お読みいただきありがとうございました。

明日も、夜20時に投稿いたします。

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馬鹿元夫カップルの物言いは不敬にならないんです? 平民が皇太子に声掛けすんなとか言ったり、質問に答えずのぼせ上がったり、その場で斬り伏せられる案件ジャマイカ?
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