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14)エピローグⅠ(潰れた野望)

本日は2話同時に投稿いたしました。こちらは1話目です。




 皇太子妃暗殺未遂事件の捜査は過去に例がないほどの大がかりな態勢で行われ貴族であっても容赦なく自白剤が使われた。

 その結果、犯人が割り出された。

 リレイシャ妃の実家ルガリエ家と南部地域の代表であるグラニス侯爵が関わっていたことがわかった。

 ルガリエ家は元侯爵家であり、リレイシャ妃の詐称問題で准男爵家に落とされていた。名家二つが主犯だった事実は帝国を震撼させた。ルガリエ家に関しては「元名家」であるが。

 リレイシャ妃は幾度も関与が確かめられたが、彼女は実家の悪事は知らなかった。クレイル第二皇子が庇ったこともありリレイシャは咎められないことが決まった。

 それでも、皇宮の中で彼女の居心地はさらに悪くなった。実家はお取り潰しが決まったからだ。准男爵にまで落とされていた夫妻は処刑された。嫡男は関わっていなかったため平民に落とされただけで済んだ。

 グラニス侯爵が主犯で、ルガリエ家はそれを手伝った。ルガリエ家の当主はもはや死に体だったが、まだ配下の者が皇宮内にいたため彼らを使って手を貸した。

 グラニス侯爵夫妻と子息は極刑だ。グラニス家の令嬢は修道院に入った。代表は南部の領主、ザイル伯爵家に代わる。

 皇太子妃暗殺未遂事件の動機は「異国の出である皇太子妃の力が強くなりすぎるのを防ぐため」だった。

 馬鹿な動機だ。オリハがこの帝国で力など持つわけがない。嘘としか思えないが、もはや死にゆく者たちの動機などさして重要ではない。戦争肯定派の動機など、犯人らがなにを言っても明らかだ。

 グラニス侯爵は二十年前の側室暗殺事件の主犯であることもわかった。以前の事件が上手くいったために今回も成功するだろうと甘く考えて企てた。

 二十年前の側室暗殺事件では当時の正妃も共犯だった。二十年が過ぎてわかった。

 正妃は修道院で自殺し、遺書には自分も共犯だったことを打ち明けてあった。グラニス侯爵が捕まったことで、自分の悪事も露見することを怖れ自死した。


「マリカがやった可能性が高かったことは知っていた」

 皇帝は冷めた目でそう呟く。マリカは元正妃の名だ。

 実家は潰され修道院に入ったマリカは、修道院の作業所で刑務作業をして晩年を過ごしていた。

 第二妃と第三妃は災難だったが、もしも第二妃と第三妃が自白剤を素直に飲んでいれば疑いは晴れ、マリカは自白剤を飲むことになっていた。それなのに第二妃と第三妃は拒絶した。

 亡くなった側室を第二妃と第三妃は憎んでいた。ゆえに協力を惜しんだ。そう考えられている。

 のちに二人とも悔やんでいた、という話も漏れ聞こえていたが遅すぎた。実家が潰されてから悔やんでも手遅れだ。その頃にはグラニス侯爵たちは証拠を隠滅していただろう。

「私の当時の捜査指揮が手ぬるかったためにグラニスどもを調子に乗せた。怖い想いをさせて済まなかったな」

 皇帝はオリハの髪を撫でながら詫びた。

「陛下に落ち度など僅かもありません。驚きましたが怖くはありませんでした。お気遣いありがとうございます、お父様」

 オリハは皇帝をどうお慰めしようかと必死に考えたがなにも思い付きはしなかった。こういうとき、社交下手だと困る。

 今と当時とは状況がずいぶん違っていた。今回はオリハが直接、狙われたが二十年前は治癒師が殺された。そのために皇族殺しとすることが難しかった。亡くなった子は皇族だったとしても間接的な殺害だ。その上、産んだのは妃ではなく側室だった。証拠も少なかった。そういった全てが捜査の邪魔をしていた。

「母の仇を討てたことは良かった」

 カイムが父の手元からオリハを抱き寄せながら言う。

「もう少し娘を堪能させてくれても良いだろう」

 皇帝が微笑ましげにぼやく。

「もう駄目です」

 カイムはオリハを抱きしめて髪に顔を埋めた。


 事件は落着し、オリハは二人目の皇子を無事に出産した。

 ユスティと名付けられた。


 その頃。

 第二皇子クレイルは僻地の帝国領に旅立った。

 リレイシャと一緒だ。

 早めに臣籍降下をした形だが、それにしても、与えられたのは条件の悪い貧しい伯爵領と伯爵位のみ。

 カイムは「父はクレイルをずっと追いやりたかった」とオリハに教えた。

 クレイルがリレイシャを選んだときから、クレイルは皇帝の信頼を失っていた。リレイシャの実家は戦争肯定派だったからだ。そのうえ、クレイルはリレイシャに骨抜きにされていた。

 彼女や彼女の実家に毅然として対応できたのならまだしも、クレイルは皇帝の信頼に応えられなかった。

 クレイルは二年、三年と子が出来ないままに側室も娶らなかった。

 リレイシャは番ではなかった。クレイルの皇族としての資質も欠けていたということだ。

 リレイシャの魔力が偽だと判明してからも彼女を咎めることもなかった。

 ルガリエ家の皇太子妃暗殺未遂事件が発覚したのち、「妻は実家の悪事に荷担していなかった」とクレイルは言い張ったが、単に実家のルガリエ家とリレイシャは連絡が取り合えなかっただけだ。

 クレイルは僻地に追いやられる前に断種の薬を密かに飲まされていた。

「それでも彼女と共に幸せだというのなら、もうそれでいいのだろう」

 カイムはまるで自分に言い聞かせるように呟いて微笑んだ。辛そうな笑みだった。二人は仲の良い兄弟だったというのに。オリハは思わず夫を抱きしめた。


 クレイルの臣籍降下の騒ぎに紛れるように、ジュライアはひっそりと僻地にある厳しい修道院に送られた。

 ジュライアは宰相家の長女だった。

 偽薬を飲んだ貴族は残らず公になり立場を無くしたが、宰相はむしろ同情されていた。

 オリハは「有能なかただから?」と推測はできたのだが、カイムは「国の混乱を懸命に抑えていた方だからな」と申し訳なさそうだ。宰相は屋敷に帰る余裕などなかっただろうという。

 奥方は体の弱い方で、気も弱いほうで、ジュライアのほうが強かった。オリハにはその様子が容易く想像できる。家臣たちもジュライアの言うなりだったとか。ジュライアは学園でも「裏組織の頭のように君臨していた」などという話まで聞くと「私、そんな人に睨まれてたの」と、ぞっとした。

 厳しい修道院で大人しくしていてほしい。


 事件の関係者の処遇が済んだのち、オリハはベニータの墓前にいた。

 胸にはユスティを抱いていた。傍らにはカイムも付いている。護衛は相変わらず一個小隊が控えていた。

「ベニータ。楽しみに待っていた二人目の子よ。ユスティと名付けたの」

「楽しみにしてくれていたのか」

「そう。皇子が二人も生まれたら帝国は安心だから、と」

「良い侍女だったな」

「優しい私の侍女だったわ」

 オリハは国を出るとき、幼いころから付いてくれていた侍女と侍従が無事であるようにと置いてきたことを思い出した。

 けれど、この帝国で失いたくない人が多くできた。ベニータもだった。でも守ることはできなかった。

「オリハを幸せにすると誓ったのに、悲しませてしまったな」

 カイムが目を伏せる。

「幸せよ。旦那様に似た可愛い子も産まれたもの」

「私も幸せだ。国を護り、このような悲惨が起きないよう尽力することを誓おう」

 カイムの誓いの言葉にオリハは胸が詰まる想いだった。

 きっと戦争は起きない。

 弟のスバルはジュイド公国の希少鉱石の代替品をとうに作ってしまった。もう王国は公国とは縁を切っている。

 公国のほうが慌てている。ボロ儲けしていたのだから。知ったことでは無い。潰れてしまえ。

 グラニス侯爵は戦争賛成派の急先鋒だったとオリハは聞いた。暗殺未遂事件で消えたルガリエ家も軍事産業に関わっていた。ジュイド公国の公爵がグラニス侯爵の傀儡だったこともわかった。

 もしもクレイル第二皇子がルガリエ家の傀儡のままだったら、リレイシャ妃の影響力が強いままだったら、カイムの妃が愚かなドミニクだったら、確実に戦争は起きていただろう。そう確信できる状況だった。

 二つの家が消えたのはオリハが意図したことではなかったが、戦争の火種が消えたのだ。

 優しく抱き寄せる夫の温もりに包まれながらオリハは大きな運命の流れが変わっていく様を胸に思い描いていた。



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