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11)偽りの魔力

本日は、2話同時に投稿いたしました。こちらは2話目です。




 久しぶりに謁見の間に呼ばれた。

 親子だというのに「父とはあまり会う機会はない」とカイムは言っていた。どちらも多忙だからというのもあるが、事情があるのだろう。オリハは第二皇子絡みだろうと思っていた。

 第二皇子クレイルがルガリエ侯爵家の傀儡になっているからだ。

 ルガリエ侯爵家は戦争肯定派だった。

 皇帝はクレイルに会いたくないのだろう。けれど、カイムにだけ会うのも軋轢を生む。ゆえに、どちらにも会わない。

「子ができたと聞いた。体をくれぐれも大事にしてくれ」

 皇帝クレオスから笑顔が向けられ、オリハは頬を熱くした。優しい声だった。喜ばれているのがわかる。

「お気遣い、痛み入ります」

「どれだけ気遣っても足りないくらいだ。周りの者が幾ら大事に思っても子が生まれるということは神の采配があってこそだろう。元気な子が生まれることを祈っている」

「ありがとうございます」

「父上、オリハがこれを。私の妃が織ったものです」

 カイムが厚紙の箱を掲げた。貴布のマフラーが入っている。

 皇帝に差し上げると良い、と勧めたのはカイムだ。このマフラーを選んだのも彼だった。

 オリハは皇帝陛下に差し上げるなど、自分では言い出すことができなかった。領地の貴布を誇りに思っていても、自分が織ったものを喜ばれるかがわからない。

 皇帝陛下は屈強な男性だ。お好きなものがわからない。オリハが好かれている自信もまったくない。

 そんなことをつらつらと話すと、カイムは朗らかな笑みを見せた。

「オリハは好まれているし、オリハの手作りの贈り物だと言って嫌がられることは絶対にないからね」

 信じがたいが、夫の勧めを蔑ろにする気もなくオリハは言う通りにした。

 カイムが箱の蓋を開けた。

 貴布の織物は乾燥気味にするために厚紙の箱に入れている。領地では保管はそのようにしていた。紙製だが豪奢な箱だ。箱に薄紙を敷いて柔らかく畳んだマフラーが入っていた。

 オリハは気まずく俯きそうになった。

 なにしろカイムが選んだのは鮮やかなピンクオレンジのマフラーだ。滅多にないほど綺麗な色なので女性には喜ばれるだろう。けれど、相手は皇帝だ。

 皇帝は薄紅色を混ぜたようなオレンジのマフラーを見て目を見開いた。周りの御側付きや護衛たちも息を呑んだ。

 目が覚めるような色だ。貴布は美しい布だが、煌びやかすぎる布ではない。それでいてなぜこんなにも美しいのか。誰の目も惹かれる艶めかしい輝きを持つ。

 手触りが良い、極上級に良い。柔らかく軽く、羽毛を思わせる。こんなに柔らかいのに丈夫だ。植物型の魔獣の素材だからではあるが、この手触りの虜となるともう手放せない。この柔らかさがいつまでも続くのだから不思議だ。見た目だけではない、奇跡の布だとオリハは思う。

「素晴らしいな」

 陛下の目は布に釘付けだった。皇帝はオリハたちに歩み寄り、さらに布に顔を寄せる。

 カイムの持つ箱に入った布を陛下は優しい手つきで触れ、

「ほぉ、これは、滑らかだな。驚いた」

 と微笑んだ。

「この澄んだ色はどうやって出すのだ」

 陛下に顔を覗き込まれるように尋ねられ、オリハは「コツがあるのです。秘密のコツです」と答えた。

「秘密なのか」

 とさらに顔を寄せられる。

 オリハは上せるように頬が火照った。

「秘密ですが、魔力を注ぎながら織ります」

 とオリハはついうっかり陛下の耳元に囁いてしまった。

 すぐ隣のカイムには辛うじて聞こえたらしく苦笑している。

「秘密は守ろう。この色はオリハの作った色なのだな」

「あの、糸と魔力の相性などがあり、人の力のあずかり知らぬものがございまして。どうしても二つとない色になってしまうのです」

 オリハはこの色が気に入った様子の皇帝に、止むなく真実を告げる。

「これはもう、ない色なのか」

 気のせいか、陛下の声が落胆している。

「そ、その代わり色は未来永劫もちます。色あせなどはいたしませんので」

「そうなのか」

「はい。我が家には数百年前の貴布が幾枚も保管されていますが、色鮮やかなままです。色はあせない、と記録にもありますので、そういうものなのでしょう」

「それは凄いな、良かった」

 皇帝は嬉しそうに微笑んだ。

 のちにカイムから、マフラーのピンクオレンジは、陛下が寵愛した今は亡き側室の瞳の色だと聞いた。美しい色だがなかなか宝石などにはない色だ。

 帝の子を命かけて産もうとして儚くなった愛しい番の瞳そのままの色。カイムにとっては実母の瞳の色だった。

 オリハはそれから七か月後、元気な男児を出産した。


「赤ん坊って、可愛い」

 オリハが抱きしめると、フロランはきゃっきゃと可愛い声で笑う。甘いミルクの匂いがする。柔らかくて温かくて、赤ん坊は幸せと甘いものでできている。

 第一子はフロランと名付けられ、オリハはフィと呼んでいる。

 頬ずりをして、母乳を与える。子守歌を歌うと笑ったり眠そうにしたりする。

 まだ赤ん坊なので教育に頭を悩ませることもない。ただ可愛く愛でるだけで毎日が過ぎていく。

 そんなある日、意外な話をカイムから聞いた。

「ジュライア・サンソンをどこかの後妻にやるという話しだな」

「後妻、ですか。宰相の愛娘ではなかったのですか」

「愛娘だから放置していたんだろうが、国母に狼藉を働きそうだから排除するのだろう」

「まだ諦めていなかったんですか」

「皇帝の子を産むのは自分だという妄想に取り憑かれているんだ」

「無理ですよね、魔力の低いかたには」

「ん? ジュライアはかなり高い魔力があるはずだが」

「え? ジュライア・サンソン嬢は、高魔力持ち?」

 オリハは思わず膝に寝そべるフロランから顔を上げた。

「ああ、そのはずだが」

「で、でも。私は違うと思っていました」

「え? オリィは、誰が魔力持ちかわかるのかい」

 カイムが戸惑う表情を浮かべた。

「いえ、わかるというほどでは。ただ、高い魔力の人は力が溢れる感じがありますよね。それを少ーし感じ取れるだけですので。鑑定の魔導具を使えばよろしいのでは?」

 オリハは首を傾げた。

「いや、だが、そうなんだが。なんら理由もなく鑑定しろと命じるわけにもいかない」

 とカイムは言い訳をし、気難しい顔でオリハに尋ねた。

「たとえば、今日会った文官の中に高い魔力の者はいたかい」

「マケニ様とマレナ嬢」

「正解だ、す、すごいな、本当にわかるんだ」

 カイムが目を剥く。

「すごくはないです、わかるというほどのものではないんですから。高い魔力のかたが無防備でいるときに、ほんのり『そうかな』と思うくらいのものです。ですから、ジュライアさんからそういうものが全くなかったので意外だったというだけです」

「いや、それでも」

「そもそも結婚するという話がでた時点で鑑定をしないんですか?」

「誤魔化す薬があるんだ」

 カイムが忌々しげな顔をする。

「薬で、ですか?」

 オリハは思わず眉間に皺を寄せた。

「魔導具による誤魔化しならすぐに確認して取り上げるなりできる。だが、薬を飲まれていたらわからんだろう」

「薬は鑑定で見抜けないんですね。抜き打ちテストとかでも?」

「抜き打ちテストができればいいが。だが、なかなかそういう状況を作るのは相手によっては難しいだろう。鑑定するといえば、誤魔化す気があればすぐにその薬を飲めばいいしな」

「難しい問題がありそうですね」

 オリハは帝国なりの事情があるのだと理解し始めた。

 カイムは眉根を寄せ、オリハに向き直った。

「本当に高い魔力持ちなのか疑わしい者たちがいるんだ。そういう者たちはなかなか跡継ぎの子を産めない。あるいは、子を産んでも浮気した子であることがわかったり」

「托卵ですか。マゼリア王国でしたら重罪です」

「我が国でも重罪だ。必ず処刑となる。だが、魔力の誤魔化しだけなら詐欺罪程度だ。誤魔化しを見分けられればいいんだが。魔導具を使うのではなく高魔力に見せかける薬を使われては、どうすればいいものか」

「でも、貴族が詐欺をしたとなれば」

「ああ、赤っ恥だな。それでも減らないのが頭痛の種なのだがね。我が国には高魔力の女性が少ない話は知っているだろう。それで、高魔力の女性はちやほやされて良い家に嫁げる。国としても、高い魔力の女性は大事に育てられて欲しいので優遇しているんだ。成績が足りなくても帝国学園に通えたり」

「えぇ? まさか」

「本当だ。魔力の高い女性なら治癒師の治療も無料で受けられる」

「はぁ」

「高い魔力を持っていると魔力過多症とかになりやすいだろう。女性は体力がないのできついらしいし。オリィもそうだったよね?」

「そ、そうですけど」

 色々とやりすぎでは? と思われてならない。とはいえ、嫁に来たとはいえ余所の国のことだ。帝国なりの事情があるのだから、とオリハは無理矢理納得しておく。

「国としては、それだけ高魔力の女性を大事にしているという意思表示の意味もあるんだが。それでなおのこと高魔力の女性はちやほやされてね。魔力を底上げしようとする者が後を絶たない」

 オリハは「弊害が大きすぎない?」と心中では思うが、やはり言い難かった。

「その『誤魔化しの薬』は、マゼリア王国でしたら、魔力を一時的に失った魔導師に緊急的に魔力を注ぐ魔導薬というのがあるんですが」

「そういったものは、我が国の治療薬にもあるが。本当に緊急時に使う一時的なものなので、鑑定を誤魔化すことはできないな。体調が回復すると速やかに効果が消えるんだ。だが今現在、問題となっているのはもう少し効果を持続させるものだ」

「我が国の魔導薬も効果がしばらくは消えませんので、条件的には問題となっている薬に似てますよ」

「それは、もしや、今回の薬と似たものか」

 カイムは思わず身を乗り出した。

「かもしれません。でも、それは副作用がきついので、滅多なことでは使いません。本当に緊急用です。それでその魔導薬は、ヤガラという虫型魔獣の体液を使うんですが、ちょっと危険な体液と言いますか。中毒になりやすいので、国家資格を持っている薬師しかあつかえないんです」

「ふむ」

「その魔導薬がそこらで使われないように、判定薬というのもあります。危険な副作用にも関わらず、魔力を底上げしたいと考える者がいるものですから。たとえば、試験や試合の前とかに」

「ああ、なるほど。そういう使い道があるのか」

「そうなんです。禁止されているのに手を出す者がいるんです。それで、一時期は国の問題となり、その薬液を摂取したものがわかる判定薬が作られたんです。魔力上げの薬を飲んだ者がわかる薬です」

「どうやってわかるんだい?」

 カイムは期待するあまり息も荒くオリハに詰め寄った。

 オリハは仰け反りそうになりながらも、必死に記憶を辿る。

「ええと、ですね、その薬の原料となるヤガラなんですが、独特の異臭と言いますか。薬品臭いような妙な匂いがするそうなんです」

「へぇ」

「で、その判定薬を飲んで嗅ぐと、その匂いが強く感じられて、つまり、薬液を飲んでいる者の匂いに敏感になる薬なんです」

「匂いでわかる、と?」

「そうです。でも、判定薬を飲むには、臭覚がきちんとしているとか、少し条件があって」

「臭覚がきちんとしてるっていうのは?」

「普通程度には臭覚がある人と言いますか」

「正常な臭覚があればいいのか」

「そうです、そうです、普通に匂いが嗅げる人。あとは、判定をする人は魔力持ちであったほうがよりはっきりわかるそうです」

「なるほど」

「家庭教師のかたにそう教わりました。でも、今回の薬に使えるかはわかりませんが」

「うーむ、微妙な気もするが万が一、似た性質があるのなら、その判定薬が効を奏するかもしれないんだね。いや、でも」

 とカイムは更に顔をしかめる。

「その薬を飲んでから日が過ぎていたらわからなくないか? おそらく、子作りをするときや、何かに魔力を流す機会があるときは飲むだろうと思うのだが」

 子作りするときとは、ずばり、閨のときだろう。

「ヤガラを成分に使っているものでしたら。服用を止めても少なくとも一か月、多量に服用した場合は二か月くらいは匂うという話でした」

「一か月から二か月か。それはいいな。うん、使える」

 カイムは嬉しそうだ。

「でも、独身で魔力上げの薬を飲んでいる人は、判定薬が効かないですね」

 オリハは抜け穴に気付いた。

「いや、そう大きな抜け穴にはならないな。成人して皇宮に出入りする者は、魔力の本人確認を受けなければならない。魔力上げの薬を飲んだ者は魔力の質が少々変化することがわかっている。つまり、皇宮に出入りする度に薬を飲むことになるだろう。魔力確認ができなかったら、そこで魔力の誤魔化しをした過去がばれるしな」

「ああ、なるほど。いえ、でも、そうしたら、ジュライアさんが高魔力持ちではないと私が感じてしまったのは、薬なしでということですね。もちろん、宰相のご令嬢がそんな薬を飲むわけがありませんけれど」

「ジュライア・サンソンが偽の高魔力かはわからないが、どちらにしろ、それで嫌疑がなくなるかは微妙だな。なぜなら、皇宮の魔力確認を受けるだけなら、高い魔力になるほど薬を飲まなくていいからね。副作用がきつい薬らしいから、そこまで高める必要がないのなら、少量の薬で済ませるだろう」

「そう、ですか。でも、やっぱり宰相閣下のご令嬢ですしね」

 オリハは彼女についてはもう考えることを放棄した。

 好かない人間のことなど考えたくない。

「彼女は、偽うんぬん以前に、皇宮に出入りする必要のない人間だ。宰相室の使い走りをしていることになっているが、仕事などしていないのだからな」

「え?」

 オリハは再度、好かない人間の話題に引き戻された。

「彼女と皇宮内で会っただろう。使い走りのくせに、侍従を幾人も引き連れて皇族の住居近くをうろついていた。なんら必要もないのにな。あんなことを宰相ともあろうものが許すのだから『娘の教育を失敗している』と囁かれる」

「普通に考えて失敗していると思いますね」

「そうなんだよ。いや、話がずれてしまったな。とにかく、判定薬は、疑惑の人物が皇宮に出入りしたときや既婚者相手にはけっこう効くはずだ」

「偽の魔力で高魔力の振りをしても、子供はできないですよね」

「そうだな、実際、子はできていないようだからな。どういう仕組みかわからないが」

 それで子がなせるのなら、むしろ画期的な薬だ。

「我が国で問題のあった薬の話ですが。無理矢理に底上げした魔力は不自然ですから、子作りのための魔力には向かないという話でした。それでも、その偽魔力持ちの方たちは薬を飲むのかしら?」

「性交時には、相手が魔力を持っているかわかりやすい、という俗説があるみたいだ。つまり、魔力の相性がわかるという」

「そ、そんな俗説が。あの、とりあえず、判定薬を試しに送ってもらいましょうか。実家にも国家資格を持った薬師がおりますので手に入れられます。帝国で使用したいと理由を伝えれば宰相閣下が特別に輸出を許可してくれると思うんです」

「お願いする。こっそり頼みたい」

「父に相談します」

 オリハは「役に立てばいいけど」と期待半分の気持ちで実家に手紙を書いた。

 それがまさか、帝国に大混乱を巻き起こすとは思わなかった。



お読みいただきありがとうございました。

明日も、夜20時に投稿する予定です。

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