70~79
カクヨム版の70~79をまとめたものになります。
70 メンバー集結、そして遺跡へ
俺は三人の冒険者に視線を向けた。
リーダーらしい戦士風の偉丈夫。
小柄で敏捷そうな軽装鎧の男。
そしてローブを着た魔術師風の女。
「彼らはAランクパーティの『鉄の牙』。私がギルドに依頼して派遣してもらった遺跡探索のエキスパートだ」
と、ヴィオラが紹介する。
「向かって右からリーダーの戦士アルド、盗賊のジィド、そして支援魔術師のサーラだ」
三人は俺に向かって一礼した。
エキスパートということは、冒険者の中でも遺跡探索の能力が特に高い人たちなんだろう。
三人とも落ち着いた雰囲気を漂わせ、今回の探索に対してもリラックスしているように思える。
そのリラックスは彼らの自信と実績によるものなんだろう。
「これで今回のパーティメンバーが全員そろったわけか」
俺にヴィオラ、ウェンディ、冒険者であり探索者のグラディス、そしてベテラン冒険者パーティの『鉄の牙』の三人組。
総勢七名で、いよいよ最難度の古代遺跡を攻略する――。
「これが古代遺跡か」
うっそうと茂る森の中に、巨大な石造りの門がそびえ立っていた。
ツタが絡まったその外観は長い年月の経過を感じさせる。
両脇には魔獣の像が鎮座し、今にも襲い掛かってきそうな迫力を持っていた。
いや、ここはファンタジー世界だし、実際に侵入者に対して魔獣となって襲い掛かるトラップの可能性もある。
「どう、すごいでしょ?」
グラディスが俺に寄り添いながらたずねた。
あいかわらず距離が近い。
しかも、ふうっと耳元に息を吹きかけてきて、ついゾクッとしてしまう。
「この遺跡はね、伝説によれば超古代の魔王軍との戦いの中、人類が魔族について研究するために作った施設だと言われているの」
「魔族の研究――」
「魔界の扉についての研究成果も眠っているかもしれないわね」
グラディスは目をキラキラさせて言った。
「他にも当時の高性能魔道具だったり、レアな罠とか希少種のモンスターが待ち受けているかもしれない。ワクワクするでしょ?」
前者は分かるけど、後者は……あんまりワクワクしないなぁ。
俺は思わず苦笑した。
「ま、気を引き締めていかないとね。ベテランにとっても遺跡っていうのは毎回未知の領域なの。あたしの知識だって、必ず役に立つわけじゃない。臨機応変な立ち回りと瞬間の判断力が必須よ」
と、ふいに真面目な顔になるグラディス。
その赤い髪が風に揺れる。
真剣な表情の横顔は、さっきまでも小悪魔的な表情とは違い、凛々しくて美しかった。
..71 門を開く
「グラディスの言うとおりだ。これから私たちを待ち受けているのは未知の危難。それも最大難度の、な」
ヴィオラが言った。
「ディオン、覚悟はいいか?」
「当然だろ」
「ふふ、お前に対しては聞くまでもないか。ウェンディはどうだ?」
「う、うん、大丈夫だよ、ヴィオラちゃん」
答えたウェンディは、しかし顔がこわばり、緊張気味の表情だった。
「そして――お前たちも。遺跡探索のエキスパートだというその技能を存分に発揮してもらいたい」
「もちろんです、殿下!」
三人は口をそろえて言った。
その声には自信がみなぎっている。
さすがに場数を踏んでいるだけのことはあるようだ。
俺は遺跡の門を見て、【鑑定】を発動させた。
普段は人間を【鑑定】することがほとんどだが、こうやって物体に対してもいちおう効果を発揮する。
とはいえ、結構大雑把な表示だったりするし、俺の【鑑定】の本質はやっぱり『人間の能力や素質を見抜く』ことなんだろう。
【古代の封印石門:堅牢度B(劣化・中)】
【罠反応:不明】
うーん、罠のあるなしを判定できればいいんだけど、無理か。
堅牢度が劣化っていうのは、たぶん門自体がぼろくなって、簡単に開いたり、崩れたりするってことだろうか?
「門がけっこうボロくなってるみたいだな。いちおう崩落に注意した方がよさそうだ」
俺はみんなに言った。
「お任せを、殿下。そういったことは私が処理いたします」
進み出たのはジィドだ。
彼のクラスは盗賊――といっても、この冒険者業界における盗賊というのは、半ば技能職の名称となっており、必ずしも犯罪者の盗賊を指しているわけではない。
まあ、中には本職の盗賊も混じっていたりするが。
ジィドを【鑑定】してみると、罠解除A+の能力を持っていた。
これは信頼して任せてもよさそうだ。
ジィドは油断のない足取りで石の門に近づくと、手際よく周辺を調べ始めた。
無駄のない滑らかな作業は、まさにプロの仕事という雰囲気だった。
「――異常ありません。崩落の危険性もないと見ていいでしょう。門の向こうに毒や呪詛が存在する可能性も極めて薄いかと」
ジィドはしばらく調べた後、俺たちのところに戻ってきて報告した。
「よし、門を開けて進もう」
ヴィオラが言った。
「では、もう一度私が」
ジィドが進み、さらにアルドも前に出た。
「毒や呪詛がないとは限りませんから」
「私も行きます。万が一に備えて、殿下たちは下がっていてください」
俺は反射的に彼らに加わろうとしたが、アルドがそれを目で制した。
『危険は自分たちが引き受ける』『これは俺たちの仕事だ』といわんばかりの矜持にあふれた目つきだ。
なら、彼らの矜持に敬意を表して、俺はあえてここに留まることにしよう。
ぎぎぎぃ……。
アルドとジィドが石門を開き、内部への道が現れた。
ジィドの見立て通り、毒や呪詛などが内部から吹き付けてくるような罠はないようだった。
「よくやってくれた、二人とも。礼を言うぞ」
と、ヴィオラ。
俺も彼らに一礼する。
「では、内部へ進もう」
..72 探索開始
俺たちは遺跡内部に足を踏み入れた。
洞窟に特有のひんやりした空気が肌を刺す。
「思ったよりだいぶ明るいな……」
もっと暗い場所を予想していたし、そのためにサーラが照明用の光魔法の準備をしていたのだが……。
壁全体が淡い光魔法を放つ仕組みになっているらしく、広大な通路は明かりに照らされ、柔らかな雰囲気に満ちていた。
「綺麗……」
俺の隣でウェンディがつぶやく。
通路のあちこちに多種多様な植物が生い茂り、ところどころには美しい花が咲いていた。
壁際には川に見立てた用水路があり、石造りの小さな橋や建物まで設置されていて、さながら庭園のようだ。
「不気味ね」
ウェンディとは真逆の感想を漏らしたのがグラディスだった。
「最大難度のダンジョンにこんな平和そうな庭園が築かれている――探索者を油断させるための罠でしょうね」
「あからさまだな」
ヴィオラはふんと鼻を鳴らした。
「確かに美しい庭園ではある。が、そんなもので心に隙を作る私たちではない。行こう」
凛とした調子で全員に指示を出す。
俺たちはうなずき、進み出した。
しばらく行くと、
「ん?」
と、ウェンディが足を止めた。
「どうした?」
「いえ、上手く言葉にできないんですけど……何か妙な感覚が」
「妙な感覚? 敵モンスターや罠の類か?」
「敵……でしょうか? そういうわけでも――」
「私が見てきましょう」
と、ジィドが進み出た。
通路をまっすぐ進み、曲がり角の先まで行き、それから戻ってくる。
「……敵です。備えてください」
「ふん、なら私の出番だな」
ヴィオラが嬉しそうに剣を抜いた。
「腕が鳴るぞ」
「私も」
と、アルドが大剣を構えた。
「では、私が補助をします」
と、サーラ。
もちろん、俺も剣を抜き、敵襲に備える。
次の瞬間、
ぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
悲鳴とも雄たけびともつかない声と共に、緑色のモンスターが曲がり角の向こうから現れた。
数は十二、三体だろうか。
いずれも植物にいびつな手足が生えたような姿をしている。
上部には茎の表面が変形した顔のようなレリーフがある。
植物を禍々しく擬人化したようなデザインのモンスター……【マンドラゴラ】である。
「――! 上にも!」
俺はハッと天井を仰いだ。
そこには一面のツタが這っているのだが、それがいっせいに生き物のようにうねり、俺たちに向かってきたのだ。
こいつ――【妖魔蔓】か!
「俺が【マンドラゴラ】を引き付ける。ヴィオラとアルドはツタモンスターを頼む。サーラは援護を」
「分かった! 無茶はするなよ!」
「承知しました!」
俺が前に出て、ヴィオラとアルドはそれぞれツタを迎撃する体勢になる。
サーラは俺たちをいつでもフォローできるように錫杖を構えている。
そして、乱戦が始まった。
「おおおおっ……!」
俺は【マンドラゴラ】の斬りつけつつ、複数体に囲まれないように動き回る。
相手は、一対一ならまず負けない程度の強さだ。
だけど集団で囲まれれば、話は別。
だから俺はヒットアンドアウェイに徹し、決して深入りはしない。
踏み込み過ぎず、ただし、他のメンバーに近づけさせないように牽制を入れて――。
切り札である【人心掌握】を使った自己暗示の身体強化はまだ使っていない。
まだこの先に何があるか分からない以上、あれは使えない。
使った後に、俺が動けなくなる可能性が高いからな……。
..73 窮地を切り開くのは主人公の役目
「ちいっ、数が多い――」
「殿下、背中は私が!」
ヴィオラとアルドが剣を振るい、【妖魔蔦】を斬りつけているが、何しろ次から次へと押し寄せるので防戦一方のようだ。
俺は俺で【マンドラゴラ】を一人で引きつけているため、フォローに回る余裕はない。
「私がみなさんの能力を上昇させます!」
サーラの補助魔法が飛んできた。
よし、これで身体能力と反応速度がアップした――。
……のはいいけど、多勢に無勢の状況は変わらない。
先ほどより多少改善したものの、あいかわらず俺たちは防戦一方だった。
「このっ!」
グラディスにも加勢してもらい、【妖魔蔦】の処理に回ってもらう。
が、焼け石に水という感じだった。
どうも蔦の数がどんどん増えていっているようだ。
「このままじゃ――」
さすがに俺も焦りをにじませ、うめいた。
どうする――。
これではジリ貧だ。
考えろ、次の手を。
「――っと、そうだ。ウェンディ、君の【植物魔法】はどうだ?」
俺はウェンディに呼びかけた。
彼女の魔法がどこまで成長しているか分からないが、ここは賭けてみるのもアリだろう。
「うううう……」
「ウェンディ?」
「こ、怖い――」
なんと彼女はその場に尻もちをついて震えていた。
さっきから反応がないと思ったら、そういうことか。
「――落ち着くんだ、ウェンディ」
俺は彼女に語り掛けた。
【人心掌握】でブーストをかけた言葉によって、彼女の心を鎮める。
「うううう……」
が、効果はない。
いや、効果自体はあるかもしれないが、彼女の恐怖は俺の【人心掌握】を上回っているんだろう。
「――ウェンディ」
俺は【マンドラゴラ】に対して大きく剣を振って牽制し、その隙に彼女の側に駆け寄った。
その手を握り、手の甲に口づけをする。
「あ……」
「ウェンディ――」
手の甲にキスをしたまま、彼女の名を呼んだ。
接触した状態での【人心掌握】だ。
試したことはないけど、もしかしたらこれで――。
..74 触れ合う心と言葉
「大丈夫だ。君の【植物魔法】なら必ずこの局面を乗り切れる。自分を信じろ――」
俺は彼女の手の甲に唇を押し付けながら、そう囁く。
「あ……あ……」
ウェンディの顔は真っ赤だった。
俺は彼女の手を離して、頭を下げた。
「ごめん、急にこんな真似して……」
「い、いえ、いいんです……その、ちょっと恥ずかしかったけど、でも……嬉しい」
ウェンディは熱っぽい吐息をもらす。
「ディオン様……」
俺を見つめる瞳も、やはり熱がこもっているように見えた。
「――もう大丈夫。私、やれそうな気がしてきました」
おお、これは。
さっきの『接触型』の【人心掌握】が効いたんだろうか。
いつものそれよりも、かなり効きがよさそうだ。
……まあ、キスしないと使えないのが大きな欠点だけど。
さっきは非常事態だったし、手にキスをしたけど、本来なら怒られても仕方がない行為だ。
幸い、ウェンディはかなりディオンに――というか、俺にデレている様子だったから、思い切ってキスをしたのだが。
なるべくなら、こういうことはするべきじゃない。
みんなの命がかかった非常事態だから、やむなく――だ。
「悪かった、ウェンディ」
俺はもう一度彼女に謝った。
「えっ?」
「いや、手にキスなんてして……本当は嫌だったんじゃ」
「嫌じゃありません。嬉しい、ってさっき言ったでしょう」
ウェンディは、はにかんだ笑みを浮かべた。
「に、二度も言わせないで下さいよ、もう」
「あ……ごめん」
「ふふ」
ウェンディは嬉しそうに笑い、周囲を見回した。
どうやら完全にリラックスしている様子だ。
「あたしの声を聞いて。みんな、この大地の恵み……豊穣の女神のしもべなの。だから攻撃はやめて、友だちになりましょう」
と、呼びかける。
ただの呼びかけじゃない。
こいつは【言霊】が乗った【植物魔法】だ。
考えてみれば、俺の【人心掌握】と似ているな――。
ほどなくして、【マンドラゴラ】も【妖魔蔦】も動きを止めた。
【マンドラゴラ】は、きゅうう、と可愛く鳴いて頭を垂れ、【妖魔蔦】は何本かがウェンディにまとわりつく。
彼女の呼びかけ通り、友だちになったってことだろうか。
「ウェンディ、それは――」
「ふふ、さっき言いかけたでしょ。この子たちは敵じゃないって」
ウェンディが明るく笑う。
邪気のない笑顔は可憐で美しくて――。
俺は思わず見とれていた。
..75 道案内
すでに【マンドラゴラ】も【妖魔蔦】も敵ではなくなっていた。
完全にウェンディに懐いている様子だ。
これが彼女の植物魔法の真価――。
ゲームでも似たような場面を見たことがあるけど、それはかなり終盤になってからだ。
最初のころは、こんな【テイム】じみたことはできず、モンスターとは戦うしかなかった。
けれど、この世界ではまるで違う。
時間の流れや出来事から考えて、この世界の時間軸はまだゲーム序盤のはず。
にもかかわらず、ウェンディは既にゲーム終盤クラスの【植物魔法】を身に付けている――。
「ディオン様のおかげです」
「ウェンディ……」
「あなたがあたしに勇気と自信をくれました。だから上手く魔法を使えたんです」
微笑むウェンディ。
やはり――可憐だ。
「ありがとうございます」
「いや、俺は後押しをしただけだ。これはあくまでも君の力だよ」
俺は微笑を返した。
「みんなを助けてくれ――俺の方こそ礼を言わせてくれ」
「えへへ」
ウェンディは照れたように俺を見て、はにかんだ。
「えー、おほん」
と、ヴィオラがわざとらしい咳払いをする。
「そういう恋人同士のような雰囲気はいったん後回しにしてもらえるか?」
「こ、ここここここ恋人同士っ!?」
ウェンディが裏返った声で叫んだ。
「おいおい、俺と彼女は別に――」
「……ふんっ」
あ、あれ?
「ヴィオラ、なんか怒ってないか?」
と、
「この子たちに遺跡内を案内してもらうというのはどうでしょう?」
ウェンディが提案した。
「案内? そいつらに?」
ヴィオラが眉を寄せる。
「そんなことが可能なのか?」
「うん、大丈夫だと思う」
「けど、言葉を交わせるわけでもないし、正確に案内できるのか?」
今度は俺がたずねる。
「言葉は――なんとなく、この子たちの意思は感じ取れるんです。だから、『どの道を進めばいいか』とか『この先に危険がある』とか、それくらいならやり取りできます」
と、ウェンディ。
「なるほど……」
彼女の【植物魔法】の力は強大だ。
ゲーム終盤になれば、その力はまさに聖女と称えられるほどになる。
そして、今のウェンディはまさにその領域に迫ろうとしているんじゃないだろうか。
それなら――任せてみる価値はある。
「俺はいいと思う」
と、賛成票を投じておいた。
「……いいだろう、私も賛成だ。お前たちはどうだ?」
ヴィオラが冒険者三人にたずねる。
「私たちはヴィオラ殿下に従います」
と、彼らが言った。
「明らかに無謀なことをしているなら諫めますが……ウェンディさんの力は、我々も目の当たりにしました」
「やってみる価値はありそうです」
「同意見です」
満場一致のようだった。
..76 俺たちは順調に進む
「【マンドラゴラ】さんたち、この先の道の案内をお願いね。もし危険なものがあったら、事前にあたしに教えて?」
ウェンディが【マンドラゴラ】たちに語り掛けた。
きゅうううん。
可愛らしい鳴き声とともに奴ら――いや、これからは『彼ら』と呼称しよう――がうなずいた。
てくてくと歩いていく【マンドラゴラ】。
それに続くウェンディ。
さらにそれを追う俺たち。
「ウェンディ、何が起こるか分からないし、俺が側にいるよ」
と、俺は彼女の隣に並んだ。
「えっ、あ、ど、どうも……」
なぜかウェンディは顔を赤らめている。
「それにしてもすごいな……単なるモンスターだと思っていた【マンドラゴラ】たちも、こうして見ると可愛く見えてくるよ」
「ええ、分かり合えれば、きっと――」
ウェンディが微笑む。
……うん、剣での牽制だけで、彼らを斬り倒さなくてよかった。
俺は今さらながらに安堵した。
「へえ、興味深いわね。君の【植物魔法】ってそんなこともできるんだ?」
と、グラディスが反対側からウェンディに話しかけてきた。
「【植物魔法】自体はレアとはいえ、何人かの使い手にあったことがあるわ。でも植物系モンスターをテイムしてしまうなんて初めて見た」
「えへへ、あたしもまだ上手く使いこなせていない部分が多くて――」
ウェンディは照れた様子を見せる。
「まだまだ試行錯誤です。今回も、なんとなくできるような気がして試したら……上手くいった感じで」
「頼もしいよ、本当に」
俺はウェンディに言った。
「現代の聖女様だな」
「じゃあ、君は聖女の騎士ね。手にキスでもしてあげたら?」
グラディスが冗談めかして俺たちに言った。
この口ぶりだと、俺が本当にウェンディの手にキスをしたことは気づいてないんだろう。
それにしても、手にキス――か。
さっきの接触型【人心掌握】を思い出し、さすがに照れた。
隣ではウェンディが。、
「あわわわわわ……キス……キスぅ……」
と、俺の十倍くらい照れた様子だった。
俺たちは順調に進んだ。
【マンドラゴラ】たちの道案内は、思った以上に有効だ。
おかげで道に迷うこともなく、罠や敵モンスターは事前に察知して教えてくれるから、それを避けたルートを進むことができる。
当初は最大難度のダンジョンということで身構えていた俺だけど、実際にはトラブルらしいトラブルは最初の戦闘だけ。
後はひたすら道を進むだけ、という様相だった。
「……! 魔物だ!」
ヴィオラが突然前に出て、剣を抜いた。
だが、前方に怪しい影は見当たらない。
「魔物? どこにいるんだ?」
「何を言っている! そこにいるだろう!」
言って、ヴィオラは剣を手に走り出した。
だけど、やっぱりそこには何もいない。
どういうことだ――?
怪訝に思った俺は、すぐにハッとなった。
「まさか、幻覚の罠――?」
..77 幻覚の罠
「魔物め、私の剣を受けよ!」
ヴィオラは剣を手に、あらぬ方向――何もない空間に向かって斬りつけ続けていた。
その目は明らかに焦点が合っていない。
「やっぱり、幻覚を見ているのか……!?」
彼女は剣を振り回しており、うかつに近づけない。
「ヴィオラ、やめろ。落ち着くんだ!」
声をかけたものの、彼女は止まらなかった。
「ディオン、他のみんなも剣を抜け! 全員で食い止めるぞ!」
「ヴィオラ、やめろ!」
俺は【人心掌握】のスキルを込め、再度彼女に叫んだ。
「っ……!」
さすがに今度は動きが緩くなる。
ウェンディはここまで【マンドラゴラ】に罠があれば教えるように指示していたが、幻覚の罠に関しては【マンドラゴラ】にも感知できなかったのか、事前に察知することができなかったんだろう。
ここは俺たちの力で罠を解除するしかない。
「この付近に幻覚を見せる罠があるかもしれない。解除できるか?」
俺はみんなに呼びかける。
「ならば、私が――」
ジィドが周囲を探索し始めた。
「あたしも」
と、グラディスも同じく周囲を調べ始める。
「ヴィオラ、大丈夫か?」
「あ、ああ……急に頭がボーッとなって……魔物が現れたので戦っていたんだが」
ヴィオラは顔をしかめている。
「私は、幻覚を見せられていたのか?」
「そうだ」
「……お前のおかげで助かったよ。礼を言う」
「何事もなくてよかったよ」
俺はにっこり笑った。
【人心掌握】は幻覚を撃ち破ることにも有効なんだな。
と、
「見つけたわよ」
グラディスが言った。
彼女は壁際を指し示している。
そこには淡く光る不気味な紋様が描かれていた。
「一種の魔法装置になっているみたいね。とりあえず、紋様の一部を削っておくわ」
と、グラディス。
ヴヴヴヴヴ……。
鈍い音がして紋様から光が消えた。
たぶん幻覚の罠も消えたんだろう。
と、
「今の対応は見事だった。やはり私よりお前の方がリーダーにふさわしいようだ。王女の私としては未熟を恥じ入るところだが……」
ヴィオラが言った。
「そんなことはない。ヴィオラは立派な王女だよ」
俺は微笑んだ。
「今回はたまたま君が幻覚にかかったから、俺がフォローしたまでだ。逆に俺が幻覚にかかっていた可能性もあった」
「それでも……お前にリーダーの資質があることは事実だ」
ヴィオラも微笑みを返す。
「ここからはお前がみんなを引っ張っていってほしい」
..78 遺跡最深部へ
「この先、どう進むべきだと思う? お前の意見を聞きたい」
ヴィオラがたずねた。
以前なら、まず自分の意見を言ってから、みんなにたずねただろう。
それを真っ先に俺に意見を求めるというのは、それだけ俺を信頼してくれているのか。
「そうだな……」
俺は周囲を見回し、言った。
「ここまでは【マンドラゴラ】の先導のおかげで順調だった。けれど、彼らでも感知できない『幻覚の罠』なんてものが出てきた。この先も【マンドラゴラ】には分からない罠や、あるいはモンスターの襲撃なんかもあるかもしれない」
「すみません……」
ウェンディが申し訳なさそうな顔をする。
「いや、君はよくやってくれている。ここまで順調に来られたのは君のおかげだよ」
俺は彼女の手を取り、その目を見つめた。
「ありがとう。あらためて感謝する」
「っ……! い、いえ、そんな……光栄です、ディオン様――」
ウェンディの顔は真っ赤だった。
「……口説きに入ってないか、ディオン?」
ヴィオラが俺をジト目で見た。
「口説き? 何言ってるんだ?」
俺は首をかしげる。
ヴィオラ流の冗談なんだろうか。
まあ、それはさておき。
「俺が言いたいのは、今まで以上に警戒が必要だということだ。そのために――まず【マンドラゴラ】の先導と罠探知はそのまま続行。それに加えて『鉄の爪』やグラディスの力も借りたい」
「了解よ。あたしたちも手分けして罠の探知やモンスターの警戒に当たりましょ」
と、グラディスが『鉄の爪』のメンバーに呼びかける。
「君たち四人は、遺跡探索には一日の長がある。頼らせてもらうよ」
俺は【人心掌握】をかけて彼女たちに呼びかけた。
四人を落ち着かせ、自信を持たせるため。
そして、あわよくば暗示効果のようなもので、彼女たちの能力がより十全に発揮できないかな、といったところだ。
まあ、後者は上手くいけばラッキー程度のもの。
あくまでも『落ち着かせること』『自信を持たせること』がメインの目的だ――。
その後、俺たちはふたたび順調に進んだ。
【マンドラゴラ】に加え、グラディスと『鉄の爪』――二重三重のチェックが功を奏し、その後は罠やモンスターに不意を突かれることはなかった。
そうして遺跡に入ってから、二時間弱。
俺たちはついに最深部へとたどり着いた――。
..79 壁画と魔道具
そこは、信じられないほど広大な空間だった。
ドーム状の高い天井が、はるか頭上に見える。
床も壁も、ここまでの通路とは材質がまったく違っていた。まるで黒曜石のような、黒く輝く材質でできている。
そして、その壁一面に巨大な壁画が描かれていた。
「……なんだ、これは……」
思わずつぶやく。
壁画は、禍々しくも荘厳な雰囲気を漂わせていた。
巨大な樹木が描かれ、その周りには異形の怪物たちがうごめいている。
そして、天と地を繋ぐかのようにそびえ立つ、巨大な『扉』の姿もあった。
「すごい……古代文明の壁画よ! これほど精緻で保存状態も良好なものは初めて見たわ……!」
グラディスが、遺跡探検家としての興奮を隠せない様子で壁画に駆け寄った。
「この文字は……古代魔導語? それに、このシンボルは……」
彼女は壁画に描かれた文字や図形を指差しながら、熱心に解読を試み始めたようだ。
俺も壁画を見つめる。
ゲームで得た知識と、目の前の壁画の絵柄を照らし合わせ、思考を巡らせた。
この巨大な樹木は、おそらく【魔創樹セフィロト】だろう。ゲームの中でも重要な存在として描かれていた樹木だ。
そして、あの巨大な扉は――。
「魔界の……扉か?」
おそらく、そうだろう。
壁画に描かれているのは、魔界へと通じる扉だ。
「ん? ここに何か仕掛けがあるわね……」
グラディスが壁画の一部に触れる。
がしゃんっ。
いきなり壁の一部がスライドし、引き出しのように飛び出した。
その中にはいくつかの魔道具が安置されている。
一つは、まるでコンパスのような形状をしていた。
「うーん……もしかして、これって探知用の魔道具?」
グラディスがうなる。
探知用――。
もしかして、魔界の扉を探知できるのか?
あるいは――。
さらに召喚用らしき魔道具もあった。
扉のレリーフが刻まれていて、もしかしたら魔界の扉を召喚するものなのかもしれない。
つまりは――これら一式が魔界との通路を開くための魔道具セット、ということか?
壁画をもう一度見つめる。
セフィロトらしき樹木の周囲には何人もの人々が描かれている。
よく見れば、その手には今出てきた魔道具と同じようなものを持っている者たちがいた。
「魔界の扉を召喚し、最適な場所を探知して設置した、ってことか……?」
俺はそう推測する。
そして、彼らは。
「セフィロトの力を利用し、それを軍事力として使用した集団――」
ゲーム本編のことを思い出しながら、つぶやく。
そう、セフィロトと、それが生み出すメタシードを軍事力として使用した者たちはゲームに登場する。
その名はディオン・ローゼルバイト。
まさに悪役貴族だ。





