70.水の王
ノスリたちを見送ってから二日目の夜明け前。
ヒッキーがいよいよ最後の仕上げに入るから、私は早起きしてツグミさんと一緒にペガサスなミヤコちゃんの背中に乗って見てた。
あー、どきどきするよ。
ちなみにお母さんたちへの手紙は二日前のお昼前には書きあがって、ミヤコちゃんに届けてもらった。
権兵衛は帰ってこないけど、まあ気まぐれだから気にしない。
ミヤコちゃんがちょっと集中して千里眼的に見てくれて、みんな元気なのは確認済み。
ヒッキーは引きこもったまま夜まで出てこなかったから、ちょっとだけ心配したけど、また夜明け前には地響きで起こされたんだよね。
「アウルが言うにハ、あの山を崩しテ、あっチの湖を埋め立てるんだヨネ。大丈夫カナ?」
「大丈夫よ、きっと。だって土の王様はあの二つの山をあっという間に造り上げたんだもの」
ツグミさんはうっとりした様子で答えてくれた。
どうやらツグミさんはヒッキーにちょっとした好意を抱いているみたい。
ツグミさんのことがよくわからないよ。
まあ、ヒッキーのすごさはこの二日で私もわかってはいるんだよね。
ただこの緊張はまた別のもの。
私の一種の賭け――水の精霊の王様が現れるかってこと。
ノスリたちはまだ帰ってきていないけど、待てないしいいよね。
「じゃあ、ヒッキー。あの山を崩して湖の埋め立てをお願いします」
『ふむ。了解した』
今までずっと無表情だったヒッキーがかすかに笑った気がした。
気のせいかな?
いや、でもやっぱり楽しそうに見える。
今にも鼻歌を歌いそうな感じでお山を崩しているもん。
『土の王はずいぶん楽しそうだな』
「やっぱりミヤコちゃんもそう思う?」
ミヤコちゃんもそう思うなら確実だね。
ヒッキーってば造るより壊すほうが好きなのかな。
破壊神ヒッキー?
なんて考えてたら、巨人ヒッキーは崩したお山の土を湖に移し始めた途端、小さな声で笑い始めた。
「ヒ、ヒッキー?」
『土の王はずいぶん楽しそうじゃのお』
「まあ、土の王様は埋め立て作業のほうが好きなのかしら」
ミヤコちゃんとツグミさんがそれぞれ呟いていたけど、たぶんそんな単純な話じゃないと思う。
ううん、ある意味とっても単純かも。
これは恐ろしいほど予想通り……いや、予想以上かも。
「ミヤコちゃん、きっともうすぐ来るよ」
『うむ。そのようだ』
心構えしておいたほうがいいと思ったけど、ミヤコちゃんはしっかりわかったみたい。
突然、湖の水が大きく跳ね上がり、ヒッキーに向かっていった。
しかも土が混じって濁っていたはずの水は、とても澄んでいて綺麗。
『むむ!?』
山を崩した残土を手にしていたヒッキーは土壁を築いて水を防いだ。
だけど土壁はすぐに泥と化してぼとぼとと崩れていく。
「コルリさん……」
「大丈夫、ツグミさん。私たちニはミヤコちゃんがいてくれるカラ。でもいつでも防御魔法を発動させらレルようにしておこう」
「え、ええ。だけど土の王様を助けなくてもいいの?」
「それハ心配ナイと思う。ただ……」
ここでミヤコちゃんの力に頼るのは申し訳ないけど、今はそれ以外に方法を思いつかない。
また惨事になったら大変だもん。
「ミヤコちゃん、ここの争いが周囲に影響を与えないように守ってくれる?」
『任せるのだ』
ヒッキーが崩した山と埋め立てようとした湖を中心にミヤコちゃんがバリアーを張ってくれる。
権兵衛が現れたときの比じゃないくらい大きくて強力なのは私でもわかった。
「コルリさん、これはいったい何が起こってるの!?」
「水の王様ダヨ! 水の王様が湖を埋め立てるコトに怒ってるんダヨ!」
「大丈夫なの!?」
「ある意味、計画通りナノ!」
権兵衛でも探せなかった水の王様が自分から来てくれたんだもん。
ヒッキーに聞いた話から、きっと湖を埋め立て始めたら怒って現れると思ったんだよね。
正解だったよ。
ところで、ここからどうすればいいんだろう。
うーん。この後のことは考えてなかった。
『おのれ、土の王! 我ら川の流れを変えただけでなく、湖にまでその汚れた塊を投げ込むとは許せぬ!』
あ、水の王様の姿が見えた。
今回も期待を裏切らない美しさだよ。
精霊の王様はみんな美形。これはテッパンみたいだね。
問題は男性か女性か……待てよ? ミヤコちゃんもだけど性別は自由自在かもしれない。
光の加減で水色に見えるけど、たぶん髪の毛の色は銀髪っぽい?
顔はシャープな美人さん。
服装は今までで一番着込んでて、体型はよくわからない。
声も中性的だし、本当に男女の区別がつかないな。
「なんて美しい方なのかしら……。あのように水を自在に操って……。土の王様も大岩で応戦していらっしゃる。素晴らしい攻防戦ね」
「あ、ウン。そうカモね……」
やっぱりツグミさんのことがよくわからない。
とりあえず怯えていないのはよかった。
だってこれ、すごい戦いだよね。
あ、権兵衛が来た。
だけどバリアーに阻まれて、またマンガみたいに貼り付いてる。
『コルリ、どうする? このまま好きに戦わせていては埒があかないぞ』
「だよね。水の王様はミヤコちゃんにも気付いていないみたいに夢中だしね」
『ふむ。では止めよう。コルリ、ツグミも耳を塞ぐのだ』
「わかった。――ツグミさん、ミヤコちゃんが耳ヲ塞いでっテ」
「え、ええ」
私もツグミさんもすぐに両手で耳を塞いだ。
ミヤコちゃんはそのタイミングで何か言ったみたい。
うん。何かなんだよ。
大声ではなくて、声も聞こえなくて、でも何かがきんっとして、耳を塞いでてよかった。
ひょっとしたら超音波みたいなやつかな。
同時にヒッキーははっとして巨人から普通サイズにしゅるしゅると縮んで、水の王様は信じられないようにミヤコちゃんを見てた。
さっきまでは土煙と水しぶきでよくわからなかったけど、水の王様は宙に浮いてる。
正確には雲に乗ってた。
あれが伝説の筋斗雲?




