五ノ月中旬
リェーンに浴槽と素材袋を頼んだり、庭にハンモックつけたり、パーティのランクアップ試験は距離的な問題で長期休みにしか受けられないことが判明したりと色々あって週末。
今のところユーリー様が婚約者のままなので、プレゼントを渡すためにお呼び出し。いつ変更されるかどうかわからないけど。
実はあれから二人で会うのは初めてだ。まぁサオンとユーリー様の使用人はいるけど、それは数にいれないというか何というか……。倶楽部にはアカネもいたし。
学園近くのカフェで待ち合わせして、すぐにプレゼントを渡す。余計なことを口走ってしまう前に手早く済ませて帰りたい。
「……ありがとう」
相変わらずの無表情。いやいいんだけどね。
「君は……」
おや珍しい。
ユーリー様は普段からあまり話さない。ダーツ以外では私が無理矢理話させてる感があるのに、今日は自発的に口を開いた。まぁ無理もないか。
「アルスケッチ・ファーマーのことが好きなのか」
「は?」
予想外過ぎて一瞬固まってしまった。
あ、だめだ、じわじわ来る。我慢出来なくなって大笑い。
またアデュライト家の~って言われてしまうような場面だな。お母様もセバスチャンもいないから言われないけど。
「あー……笑った笑った。ありえなさすぎる。いやいやそんな事実は一切ありませんから」
婚約者変更の話かと思ったら、何でそんな話になったのか。
「はぁ……まぁ、ご覧の通り、私はユーリー様に相応しくないので、婚約は解消しましょう。ユーリー様にはもっとお淑やかで、貴族の女性らしい方がよろしいかと」
「……君は婚約を破棄したいのか」
「破棄したいといいますか……問題があるといいますか」
決してユーリー様に非があるわけじゃないんですよ。
無言でじっと見られるとクるものがある。いや本当ごめんなさい。
「君が何を考えているのかわからない」
奇遇ですね、私もわかりません。
すんなり婚約解消してくれればいいのに。
もうすでに私が貴族の令嬢らしくないってことはわかってるだろうし、いくらユーリー様がジャーヴォロノク家を継がないからといっても、マイナスにしかならないのに。
「ユーリー様は反対なさるでしょうが、私はハンターになりたいのです」
もうすでにハンターだけどそこは伏せる。
「ユーリー様に嫁げばハンターになれないでしょう?」
「……ハンターは危険だ」
「それはもちろん存知ております。私はそれでもハンターになりたいのです。ハンターを目指す女などユーリー様に相応しくありません。婚約を解消される覚悟は出来ております。どうぞ、ユーリー様から婚約の破棄を申し出てください」
「……それはナシカ様の決めることだ」
ナシカお母様が決めるの?
詳しく聞く前にユーリー様は立ち去ってしまった。
私の婚約ってナシカお母様が担当なのか。元々貴族位で言えば下位なんだし、あんまり発言力ないのかと思ってたけど。
しかしユーリー様から婚約破棄した方がいいと思うんだよね。次の相手を見つけるときに婚約破棄された子息、より破棄した方が聞こえがいいじゃん。
まぁなるようになるでしょ。私はハンターを続けたいだけだし、そのためならある程度の犠牲は覚悟の上だ。
「あの、ユーリー様は、セリカ様を想ってらっしゃるのではないでしょうか」
「まさか」
ダーツ以外で一緒にいても楽しそうでもないし、あんまり喋らないし、表情ほとんど変わらないし。必要最低限レベルでしかデートに誘われることもなく、言うまでもなく手を握られたことすらない。
「うん、ないない」
あり得ないこと再確認。
サオンは納得いかないって顔をしてるけど、それはないでしょ。そもそも好かれる要素ないからね。サオンの知らない情報を私は知っているのだ。ユーリー様の好みのタイプは、女の子らしく、かわいい子。ちょっとドジなところもあるけど一生懸命頑張る真面目な子。
まぁヒロインちゃんのことなんだけどね。ゲーム内の話ではあるけど、そこは変更されてないと思う。勧められた服とかかわいい系だったし。これもゲーム内だけど、ユーリー様はセリカに対し、面倒くさいという感情しかなく好意はなかったのだ。
「まぁ、婚約云々はどうせ私抜きで家が決めるんだし、私はその後どう動くか考えればいいだけ。さて、お土産買って帰ろうか。何がいい?」
「わぁ! フィナンシェが食べたいです!」
フィナンシェか……んじゃ帰り道にある菓子屋に行こうかな。
数日後、温泉、もとい浴槽が完成した。
男湯と女湯をわけてこじんまりと作るより、大きいものをどんと一つ。別に時間をずらせばいいわけだしね。
スケッチが石並べを手伝ってくれたおかげで、予想より早く出来上がったのだそうだ。なので一番風呂はスケッチとリェーンに譲った。オネエをどう分けるべきか悩んだけど、結局オネエはオネエなのでオネエ一人で入ってもらうことになった。
せっかくだしアカネを招待して一緒に入ることにした。二人ぐらい余裕で入れるしね。
「いやぁ、毎日温泉入るのが夢だったのよね!」
「温泉に毎日入れるなんて羨ましい……!」
「アカネも入りに来れば?」
「でも毎日ってわけには……! でもせめて! 週一くらい……!」
「来い来い」
アカネは貴族だけど使用人的に貴族枠に入ってないので大丈夫。特にプフとシシーは対貴族を学んでないし、貴族は困るのだ。
二人で温泉を堪能した後は休憩室に案内した。
「畳……!」
「いいでしょー? 冬はコタツにしようかと思って! ビールとフルーツ牛乳とコーヒー牛乳があるよ」
東ノ島通りは万能だ。
揃ってフルーツ牛乳を飲む。早く冷凍庫欲しい。湯上りアイス食べたい。
「そういえばアカネたちはハンターランクあげてるの?」
「上げてないわね。どうせ依頼は受けずに迷宮だけだもの」
「何かもったいない」
せっかく実力あるのに。
「どうせ卒業後は活動しないもの」
「あー、まぁそうよね」
そう考えるともったいないってこともないか。
ランクが上がれば何か特典があるってわけでもないし。
「特に中央ならともかく、東ノ島ではあまり重視されてないしね」
「逆に東ノ島が羨ましい。一回行ってみたいわ」
東ノ島に狩人が少ないのは迷宮が少ないせいだ。そのこと自体は羨ましくないが、山奥などのモンスター狩りは一般人が行うらしい。性別や年齢は関係なくその土地に住む有志による活動なので、中には日ごろから狩りをする未成年の少女も一定数いるという話。何とも羨ましい環境である。ぜひモンスターの多い山奥に住みたい。
「長期休暇にでも来ればいいじゃない。私は行ったことないけどこっちにはいないモンスターがいる山も結構あるって言ってたわ」
「行きたいー!」
珍しいモンスター狩りたい。超狩りたい。
ユーリー様の件が片付いていれば今年の夏は東ノ島に行こうかな。




