来訪
四ノ月後半。
私が送った手紙を握りしめて、リェーン・パウペルが王都にやって来た。
「え? 何で? 私ゴールデンウィークに行くって書いてましたよね?」
「でっでもっなんか、こうっ!」
「わかんねーよ!」
動揺して言葉遣いが……気にしてないみたいだからまぁいいか。
リェーン・パウペルに送ったのは、専属技師にならないかという打診の手紙だ。仕事内容や待遇なんかを色々書いた仮契約書というかなんというか、まぁそんなものだ。詳細はゴールデンウィークに説明しに行く、と一応考える時間も必要だろうと書面を送っただけで……。
「まぁあの内容でいいならかまわないだけど」
「全然大丈夫です! 最高です!」
条件は悪くないと思うけど何でそんなに興奮状態なの? 怖い。
ざっくりとした条件は屋敷の魔道具のメンテナンスとこちらの指定したものを優先的に作ってもらう代わりに、生活費を持つというものだ。空き時間は自由に作ってどっかの店に持ち込みとか委託とかその辺りは自由。とまぁこんな感じである。
日本だと何かと問題になりそうな呈示だけど、この世界では逆に優遇している方らしい。給料ゼロだよ? それでも優遇って!
王都での生活費が意外とかかるから計算すればそんなものらしいけど。空き時間が自由だからってのもあるのか、まぁ時間給に換算すればまともかも。
「制作が少ない時は家のこともちょっとしてもらうかもしれないけど。蜘蛛の餌遣りとか」
「ぜんぜん! ぜんぜんいいです! 何でもします!」
ん?
……まぁいいや、本人がこう言ってるんだし。
「とりあえず家に案内するわ。そろそろ部屋の用意も出来てるだろうし」
予想外の訪問だったので急ぎでオネエに部屋の用意を頼んだ。リェーンの分の寝具とかまだ入れてなかったし。
「広いお屋敷ですね!!」
「でっしょー? 古いけど安くって。立地もいいし」
リェーンの寝室、作業部屋、浴室、台所を案内する。
「食事は一応用意するけど、無理な時は買って食べて。もちろんお金は渡すし」
昼間はオネエがここの作業部屋を使うので、ついでに料理してくれることになっている。……サオンだと不安だしね。
本当は料理人と庭師、執事と三人欲しいんだけど、現状無理だからね。せめてもう一人くらいメイドさんが欲しい。寮の使用人部屋は二部屋だし、三人目以降は実家の援助は確実に無理。こっそり自腹で雇うしかない。そうなるとたった一人のメイドさんでも難しい。リェーンみたいな格安物件があれば……。
「これで説明は終わったけど、何か質問はある?」
「はい! 何から作りましょうか!?」
……そこ?
「一番欲しいのは温泉石使った浴槽なんだけど」
「温泉石……なるほど……材料が取り寄せになるので費用も時間もかなり掛かりますが」
「だよねぇ。どれくらいかかるか調べてくれる? 作るかどうかはその後で決めるわ。あとは……あ、冷蔵庫と冷凍庫が欲しい。食べ物入れておく箱があるじゃん? あれをもっと冷やしたいのと、凍らせたいんだけどどうにかなる?」
冷蔵庫と冷凍庫があるといいよね。モンスターの肉が保存出来たら食費も助かるし。
こたつも欲しいけど、冬までまだあるし先に冷蔵庫だよね。
「冷やすのは大丈夫ですけど、凍らせるのは魔法を使える人を雇って魔法を込めてもらわないと……」
「あと素材袋とダーツの的と……とりあえず製造計画表書いて持って来ることにして……今日は東ノ島通りでご飯にしよう!」
平日にバーベキューはキツイからね。
「歓迎会ですね!」
オネエの目が爛々としている。あの目は飲む気だ……かなり飲む気だ……。
「リェーンは何が好き?」
「え……えっと……味のあるものなら何でも好きです」
むしろ味のないものって何だ。
「ずっとお金がなくて……ころもとか……」
ころもって何だ。
「あ、たまに芋は食べてました!」
芋、安いしな……。
「……胃がびっくりしそうだし、今日はうどんにしようか。歓迎会は週末まで待とう」
「それがいいと思います」
「そうですね」
歓迎会は延期となった。
さて。
思えば色々ありました。
ナビール祭で微妙に目立ってしまったり、基礎クラスに魔法院から見学者が来たり、この前の訓練場のこととか。
そう。
とうとうこの時がやって来た。
ナシカお母様からの手紙、である。正直直接乗り込んで来るのではと思っていたので、手紙が送られて来たのは不幸中の幸いというか何というか。
「あ~……」
「何が書かれていたのですか?」
「まぁお決まりのアデュライト家の令嬢として~っていう説教。あと婚約者がユーリー様からミハイル様に戻るであろうってこと」
サオンの淹れてくれたお茶を飲みながら溜息を吐く。
いや全然いいんですけどね。ぶっちゃけユーリー様よりミハイル様の方が好みだし、初婚じゃなくて子供もいるから私が生まなくてもいいよね、って説得出来るかもしれないし。子供は嫌いじゃないけど生むとなると話は別。生むこと自体が嫌なのではなく、それに付随する産休、つまりハンター生活出来ない期間が発生するということが問題なのだ。
「ユーリー様は今のままでいい、って言ってるみたいだけど、ご両親がね。とりあえず大人しくしてろってことと自殺厳禁って書かれてあった」
「そういえば服毒されたんでしたっけ。全然そんな思い詰めるようなタイプに見えないんですけど」
サオン言うなぁ。私じゃなかったら大問題だと思うよ。まぁ言ってることは間違ってないんだけどね。中身は別人なわけだし。
「貴族って面倒くさい! お父様、下位の貴族に落ちないかなぁ」
私の叫びにサオンは苦笑い。
でもそうしたらさすがに婚約話自体が立ち消えるじゃん。
「アデュライト家は貴族位が上がることはあっても下がることはないと思います」
そうなんだ。
私自分の家の評判とか知らないしな。
「ナシカ様の影響力というのはすごいのですよ」
あー、実家が大きい商家なんだっけ。武力じゃなくて商売で成り上がった珍しい貴族。
「ジャーヴォロノク家との婚約ってどんな意味があるか知ってる?」
「土地、というか場所って聞いています。ナシカ様の親戚の領地がその先にあるので通り道であるジャーヴォロノク家の領地にセリカ様を送りたいのだと思います。ナシカ様のご実家はずっとそうやってるみたいですから」
「じゃあお姉さま方も?」
「いえ、そちらは何かの生産地だって聞いたことがあります」
南はチョコレートかな?
ジャーヴォロノク領に行った時も調味料の買い付けとかしてたみたいだし、実家を離れても仕事してるんだよね。もしかしてアデュライト家ってナシカお母様の実家に乗っ取られてるのか?




