9.
その後、件のエスカレーターで二人そろって童心に帰り、映画館に着いた。
映画館に入るとやはり中は人でごった返していた。
「人多いねー」
「……だな」
奈亜の言葉に峻はうんざりしたように言った。
(ま、休日だし仕方ないか……)
そう思って館内を見回すと、峻はあることに気づく。異様にカップル率が高いのだ。特に峻たちと同じくらいの年ごろのカップルだった。
「ねぇ、峻」
奈亜がクイクイっと袖を引っ張ってきた。
「どうした?」
「なんかさー、今日カップル多くない?」
峻と同じことに奈亜も気付いたようだった。キョロキョロと辺りを見回しながらさらに聞く。
「どうして?」
「うーん、たぶんあれじゃないかな?」
そう言って峻は天井から下がった掲示板の一つを指差した。掲示板は現在公開中の作品と公開間近まで迫っている作品を紹介していた。
その中の一つに昨日公開したばかりの作品があった。人気小説を原作としたラブストーリーだ。たぶんこのカップル連中もそれを見に来たのだろう。
「俺たちは別なんだし、関係ないな。さっさと入場券買おうぜ」
峻がカウンターに歩いて行く。しかししばらく歩いて立ち止まった。奈亜がついてきていないことに気づいたからだ。
峻が振り返ると奈亜はさっきのところから動かずにジッと掲示板を見上げていた。
「どうしたんだよ、奈亜」
峻が呼びかけると奈亜はハッとして視線を峻の方に向けた。その目を見た瞬間、峻はまずいと直感的に思った。これはなにかを思いついた顔だ。
「ねぇー、峻?」
「駄目だ。俺は見ないぞ」
峻はその思惑を潰しにかかった。
「私の考えよく分かってるじゃん!」
奈亜がどこか嬉しそうに言った。そしてその表情が勝ち誇ったかのようなものに変わる。
「でもさー、さっきの約束覚えてるよね? 罰ゲームの話」
奈亜がウィンクをした。それは峻の抵抗をすべて挫くのに十分な一言だった。
「ほら、こぼすなよ」
「うん、ありがとー」
峻が買ってきた飲み物を奈亜に手渡した。峻も自分の飲み物と二人で食べる用に買ったポップコーンを持って隣に席に座った。
「峻、怒ってる?」
「怒ってねーよ」
峻はムスッとした表情で言った。奈亜がそんな峻の顔を覗きこんでいる。
「やっぱ怒ってるでしょ」
「……映画館ではお静かに」
図星をつかれた峻は、映画上映時の常套文句を口にして会話を打ち切りにかかった。しかし、奈亜は構わず言葉を発した。
「ねぇねぇ、これだけ周りがカップルばっかりだと、私たちもカップルに見えるのかな?」
(そりゃーな……)
今峻たちがいるのは一番スクリーン。満席になったその中の客層は八割がカップルだ。
先ほど外にいた人たちがそのままここに移動したのだから当然といえば当然といえる。その中にまぎれている峻たちもカップルに見えてもおかしくない。その証拠にさっきから周囲のカップルから「あそこのカップルの女の子、すごく綺麗じゃない?」だとか、「あの男、頑張ったなー」といった声が何度か聞こえてきた。しかし峻は自分の考えに反した答えを返した。
「見えないだろ。俺たちの場合、見えてせいぜい兄妹だ」
峻がそう言ったのはなにも意地悪からではない。ちゃんとした理由があった。
一つに今日一番の目的だった映画の鑑賞内容を変えられてしまったことだ。この一番スクリーンで上映する作品は、『金田小五郎』ではなくて『十年経ったあなたへ』というラブストーリーだ。断ってもよかったのだろうが、例の罰ゲームを全面的に押し出されては峻に勝ち目はなかった。しかしこれは元はと言えば峻が寝坊したことが原因なので、自業自得でもある。
重要なのは二つ目の理由だった。それは峻の意地だ。カップルに見えると言っても、所詮峻と奈亜は付き合っているわけではない。しかも奈亜に関してはちゃんとした彼氏がいるのだ。だからこそ峻はここで「カップルに見えるよ」とは言えなかった。いや、言いたくなかった。それではあの時の自分があまりに惨めだからだ。
奈亜は峻の答えを聞くと「そうだよね」と言って視線をスクリーンの方に戻した。その横顔はどこか寂しそうだった。
スクリーンではすでに予告編と映画館でのマナー厳守のお願いが始まっていた。峻は一瞬だけ奈亜の方を見てからその視線をスクリーンへと移した。
――映画が始まる。




