アーレス帝国戦線・末
夏のアーレス帝国編のラスト
あの夜のから6日が経過した――。
「お前見たか?」
「ああ、遠くの空が夜なのに真っ赤になった時は天変地異かと思ったぜ」
アマツガハラ大陸では情報屋がありとあらゆる手を使って炎極帝の再臨の話を広げていく。
それによりツクヨミの地はヒノカグツチの庇護下にあると話が盛られていった。
昔はイセニアと戦争で最前線であったツクヨミが何故今頃になって護られるのだろうか?
そういった疑問が何処からか産まれ、色々な人間に考察されていった。
「やはりアカネ姫様こそ炎極帝に選ばれしお方なのかもしれぬ」
「まぁ気持ちは分かるけどな」
ここ近年で一番の変化は第七王位後継者アカネ姫が領主になった事。
そのアカネ姫によって姫米の生産が盛んになった事があげられた。
つまり、アカネ姫は炎極帝の庇護下にあるのではないか?
沢山出ては消えての噂の中でも特に話題として挙げられている。
実際、炎極帝を召喚した仮面の巫女に扮したシロエールがアカネを大事にしているので噂はあながち間違いではないだろう。
「それよりもヒノカグツチ様を呼び出した巫女って一体何者だ?」
「そりゃお前きっと龍の化身かもしれねぇな」
仮面の巫女もアーレス帝国建国当初から生きていて人間達を監視している。
炎極帝の生贄として差し出された少女が見初められ眷属となったのでは?
真のアマツガハラの統治者。等と話しを盛るに盛られていく。
情報屋稼業も世紀の大ニュースに乗らない手はない。
ゴシップで小銭を稼ぐものもいれば限りなく純度の高い情報を売る事で顧客を得ようとする者もいる。
しかし、炎極帝ヒノカグツチが撃退したという点だけが目立ち何故イセニアが敵を素通りさせた等の話が影を潜めてしまった。
結局、襲撃した敵兵はイセニアの兵士たちにより発見されこれを討伐。
討伐の際、炎極帝の炎に魅入られた敵兵の一人が炎獄魔法で味方ごと焼身自殺を図り全部燃えてしまったと兵士達は言う。
残った遺留品の状態が悪く、個人の識別や証拠となりそうなのは皆無だった。
「違う!私は無実だ!!お願いだ、もっとよく調べてくれ!」
今回の件は常日頃からアカネ姫、強いてはアーレス帝国に反感的だったとされるイセニアの貴族アルゴノート家が主犯格として吊し上げられた。
貴族特権で通行手形を発行し、敵兵を行商人として通らせた容疑だ。
当時、国境の警備を担当していた兵士達がアルゴノート家の印だったと主張。
次々と証拠が発見されて早すぎる死刑執行の判決が下った。
幾つもの物的証拠があるにも関わらず、アルゴノート家当主を含め最後まで己が無実を叫んだらしい。
「首尾の方はどやった?」
「エゲツナイのなんのって、ありゃ話を提示した時から生贄の準備をしていたみたいですね」
中華風の衣装を纏った青年が苦笑いながら裁判の顛末を語る。
彼らはアカネが送った救援の為の部隊ではなく調査の為に派遣された部隊だ。
「あっちの王様が煩くてねぇ。炎極帝様のお怒りを受けないだろうかって愚痴ばかり吠えていましたよ」
「致し方あるまいて。我々かて天罰を受けかねない存在やしな」
「またまた御冗談を」
「今回はどっちに転んでも成功だった。が、大きすぎる想定外のせいで被害を被っている奴ならいるな」
「あー、ドンマイとしか言いようがないですね」
視線の先にはこの揺れる馬車の中で必死になって机代替わりの木箱を抑えながら筆記している者がいる。
不規則な揺れにも関わらず字が一切ぶれる事無く、恐らく予め作られていただろう調査報告書と筆跡を完全にコピーしたうえで大幅に書き直す事になった少女が一人。
「そう思うなら馬車止めてくださいよ!」
セミロング位の赤色の髪の毛がポニーテール状に束ねられており馬車の揺れに合わせて動いている。
年齢は15前後といった所で地味で野暮ったい黒縁メガネを掛けている。
だがスタイルは上々で顔立ちも十分整っているが今は涙目と必死さで一杯一杯になっていた。
「お前本当にすごいよな」
「あぁ、マジで凄い」
「そんな褒められ方いらないですってば」
時間にして凡そ3時間くらいだろうか、報告書を書き直しが終了した直後彼女は燃え尽きていた。
それでも普通の人が真似て書くよりも精巧で倍以上の仕事量だ。
「おー、ご苦労さん。マジで完璧な仕事してるよこいつ」
「やべー、流石クルル」
「さすクルっすね」
「その短縮やめて」
クルルと呼ばれるこの少女。
戦闘的能力は全くと言い程皆無である。
元々秘書官候補生としてそこそこの学校で学んでいた。
学校の実習で赴任した貴族の屋敷にて裏金の帳簿を発見。
偶に若い娘を実習生と受け入れコネとして身体を求める貴族はいる。
まさにそんな貴族を彼女はひいてしまった。
クルルは帳簿の口封じと身体目当てに地下に幽閉され薬を使われそうになるのだった。
そこを駆け付けたこの部隊に救助される。
ここまでなら少女は無事に日常に戻るのだった、めでたしめでたしという流れだろう。
だが、彼らはその裏金を表沙汰にする事はなかった。
それどころか貴族を口封じとして自殺に見せかけ、証拠を全て燃やしたのだ。
勿論、裏金もすべて回収していた。
そしてもう一人の目撃者である彼女にも刃を向ける。
その時クルルは恐怖の余り気が動転したのだろう。
幸か不幸か、つい先ほどまで目を通していた裏金の帳簿の内容を喋りだしたのだ。
それなりの量であった数字を一つも間違えずペラペラと口にする彼女をみて周囲の反応が変わった。
すると隊長と呼ばれる人物が彼女に交渉したのだ。
決して口外しない事と自分達の仕事を手伝う事を条件に、彼女の命だけでなく将来の保証をするといった内容だ。
無論、断ったら死ぬだけだったので頷く他なかった。
そして現在――。
学生でありながら時折、実習と称してこの部隊で働いている。
一般の学校の生徒ながら優秀な彼女だがコネクションがなかった。
勉強だけで全くコミュニケーションを取らなかったため学園でも浮いていた。
登竜門学園の生徒であればその名だけでエリート街道は保証されていただろう。
彼女は不本意だが実際この出会いはかなり重要であった。
何故ならこの部隊は裏掃除だけでなく実際に表でも有名な王直属の部隊の一つなのだから。
鹿威しが流れ落ちる水を中に受け止め、徐々に水の重みに耐えきれず傾いていく。
すると水が重力に引かれ流れ落ち、一気に軽くなった竹筒が元の体制に戻ろうと勢いよく傾き、石にぶつかった。
カコンッと、軽快な音が静かな空間に響いて和の趣を感じさせる。
「アカネ姫様、今何と?」
「今回の件、恐らく2番目の愚義兄が裏で一枚噛んでいるんじゃないかな~って」
ここは城の中庭、その片隅にある茶室だ。
茶をたてながら対面するフウカと会話する。
周辺は信用できる腹心の兵や暗部の人間が全面、警戒に当たっているので良からぬ輩に聞かれる心配は無い。
「流石にアカネ姫様とはいえ、不敬でございますよ」
「フウカ、あいつさぁ私が早く帰って来ていた事に驚いていたのよ」
「驚いていた?」
「そう、何時も通りの嫌味な態度だったのは確かだけどね」
いくら王族同士とはいえ何の証拠もないのに謀反人扱いは流石に問題発言だとフウカは思う。
反面、幼きながらも才女であるアカネを彼女は信望しており何かしら理由があるのだろうと考える。
「でもさ、私が早く帰ってこようがドルジには一切合切関係ないのに今回に限って驚いて焦っていたんだよねぇ~」
フウカは少しドルジについて考えてみる。
彼がアカネ姫様を昔から快く思っていないのは城の人間なら殆ど知っているだろう。
アカネに関わると自分と彼女を否応なしに周囲が比べてくる。
故に彼はアカネの事に関して極力耳にいれないし知ろうともしない。
アカネの実兄であるレイヴンに対してですらそうなのだ。
彼の帰省日に関しても1度も覚えていた様子はない。
たとえ帰って来たのを知ってもそうかで済ませるだろう。
そう考えてくると確かに驚いたのはおかしい。
「……確かに変ですが、それだけでは何とも言えません」
彼女の頭の中ではドルジの評価はかなり低い。
他の王位後継者に比べアレは間違いなく小物であり上に立つ器ではない。
今回のような大それた事は決して出来ないと頭の中で思い浮かべていた。
「でさ、ドルジを傀儡にしてその権力を使って動いている奴らが居るんじゃないかって事なのよ」
「成るほど……彼の配下に警戒しろという事でございますね?」
「必ずしも配下ってわけじゃないと思うけど……とまぁ、さすがに王位後継者争いにしてはやり過ぎたと言ってもいいんじゃないかしら?」
フウカは頷きお茶を啜る。
アカネの淹れたお茶はお世辞にも美味しいとは言い切れない。
しかし、最初の頃に比べて大分様になってきている。
面倒そうに稽古事をする他の姫様とは違い、彼女は何事も興味津々にやってきた。
初めは苦すぎるお茶、ぎこちない作法だった頃に比べて目に見えて分かる成長だ。
これも日々の鍛練の賜物だろう。
あぁ、彼女こそ王に相応しい。
アーレス帝国の長き歴史の中に何人か女帝は既にいる。
第一王位継承者のあの方も十分に器であるが彼女こそとフウカは思う。
例え本人がそう望んでいなかろうと。
「ところで姫様ご友人方の姿は今どうなされているのでしょう」
「あぁ、今回のせいでドタバタしていたし予定より早く向かったみたいよ」
「そうでございましたか」
そういえば1人になるのは久しぶりだなとアカネは天井をぼーっと見上げていた。
今、シロエール達は何処に居るかというと……。
「私はもう驚かない。絶対驚かない」
「あぁ、ここは木の中だから太陽光が入らなくて良いのう」
「本当に便利ねぇ~」
「……本当は行きたくないのです」
「お嬢様、あの手札を使ったのですから否応なしに挨拶しないといけないかと」
「はぁ……」
「ご、ごめんね、シロエール。私の為に使ったから」
賑わいを見せる街並。
他の種族はいるものの男性の姿はなく女性だけしかいない。
大樹の中であるにも関わらず明るいのは世界樹の良質な精気に反応して光る苔のおかげだ。
ここは、シロエールの母グレーシアとリーゼロッテの生まれ故郷にして世界最古の国の一つ。
ヴァルフリア大陸にある森守種族だけの国、アルテミス大公国だ。
次はアルテミスです




