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賢英帝 劉禅  作者: 三国 志浪
18/21

成都へ

一方、成都へと向かった馬謖達は、慎重に反乱兵を避けて進んだ。李厳を倒せば味方になる兵、できれば戦わずに進みたい。小隊は商人に変装し、安全を確かめ確実に進んだ。

「こんなに遅くて大丈夫か?」滄海が苛立った声をあげる。

「大丈夫です。丞相がいまの戦に負けない限り反乱軍が攻撃してくることはまず無いでしょう。それに李厳は大軍に備える構えをしているはず、この方法が一番安全で確実だと保証いたします」滄海の苛立ちを抑えるように馬謖が語る。

「へえー、俺なんかは、だーっと走って敵を蹴散らして通る方が性に合っているのだが」

「はい、その時も必ず来ます。その時は私は何の役にも立ちませんので、宜しくお願い致します。」馬謖がぺこりと頭を下げる。

「おうよ、任せときな。この滄海を倒せる者は広い中華と言えどもそうは居ない」

胸を張る滄海を馬謖は眩しそうにみつめた。自分も山上への命令を出したときはこんな感じだったのだろうか?しかし、滄海の自信と自分の自信は全く違う。滄海の自信は、日頃の血を吐くような努力と数々の生死を賭けた戦いから生まれた自信、滄海は自分に敵う者は誰も居ないとは言わず、そうは居ないという言葉を使っている。そこには己の武術に自信を持ちながらも決して慢心せず、自分よりも上の物を受け入れる強さというものを感じる。それに比べあの時の自分は何を根拠に自信を持っていたのだろう。あの時のことを思い出すと恐ろしさと恥ずかしさで今だに体が震える。万の命を奪った愚かな男・・・。それは自分が死ぬよりも辛く耐え難い事である。しかし、陛下と趙兄弟のお陰でその汚名を免れることが出来た。あれ以来馬謖は、国に役立つのなら一命を投げ出す、その覚悟で事に当たろうと決めた。

 そのため進みは遅かったが、一度も戦わずに綿竹城まで進むことが出来た。綿竹城は成都へ向かう最大の関門、綿竹城を超えれば成都は目と鼻の先である。さすがにここの備えは厚い。その門は固く閉ざされ大軍が配備されている。ここで馬謖が策を考えた。趙兄弟と滄海が夜中に城内に潜り込み、城門を開く。そして「敵が来たぞ」と大騒ぎする。城門の前には30騎と馬謖が待っていて、敵が追いかけてくるのを待ってから逃げす。その混乱に乗じて綿竹城を抜け出すという策だ。馬謖は一日かけて綿竹城の周辺を注意深く探索した。

「今夜、決行します。こちらは大軍に見せかけるため兵を裂けません。3人の武勇と才幹に頼るしかありません。宜しくお願い致します」

馬謖が深々と頭を下げる。

「承知いたしました」

「おう、任せなって」

滄海が馬謖の肩をぽんぽんと叩く。

肩を叩かれた馬謖の顔がぱっと明るくなる。

「これを」

馬謖が水筒を3本差し出す。

「その中には、私が考案した油が入っています。少量で良く長く燃えます。城門を制圧して相手の身なりに変装したら、城門から少し離れたところに火をつけてください。それを合図にこちらも火をつけます。その後、敵だと呼ばわって城門を開け、敵が飛び出すのを待って城を抜けて下さい。綿竹城を抜けたら趙雲様を訪ねてください。きっと良い方向へ進むはずです」

「わかりました」

「私はここでお別れです。では頼みます。ご武運を、おさらばです」

「おいおい、永遠の別れみたいに言うなよ。成都で会おうぜ。平和になった」

馬謖は笑って去っていった。

 いよいよ決行、趙兄弟と滄海は音もなく城門を登ると4名の門番を倒した。飛び降り下にいる門番も倒す。誰にも気づかていない。3人は素早く敵の鎧を剥ぎ、それを着ると言われたとおりに火をつける。大声で「敵だ~。敵が来たぞ」と叫び物影に隠れる。それと同時に馬謖達も火をつけ始める。

(燃えるなぁ~)3人は感心して火の手を見つめた。

「敵だ~。首の数により恩賞をいただけるぞ。我に続け」

敵の大将と思われる男が騎馬で城門を走り抜ける。

「ワアーーー」

次々と兵が続く。


 地鳴りがし爆発的な鬨の声が聞こえる。

「将軍、逃げましょう」

騎兵の一人が慌てて進言してくる。馬謖は歯ががちがちと震え、足がすくみそうになるのを必死で堪えていた。

「まだだ、ここで逃げては敵が引き返す。弓を持ち暫し待ってくれ」震える声で言う。

「しかし、このままでは全滅です」

全滅・・・、その言葉を聞いて馬謖の震えは収まった。

「全滅などさせぬ。この馬謖の命に代えてもお前たちの命は守る。それに3人の命も・・・」

(まだだ、耐えろ耐えろ耐えろ・・・。自分はあの時死んだんだ。死人に感情は無い。瞬間を見逃すな)歯を噛みしめ、馬謖は自分に言い聞かせた。馬謖の目が血走る。敵の弓が手前まで届いている。

「将軍、このままでは・・・」

「もう少し。もう少しだ。馬謖を信じ弓を構えてくれ」

30人の騎兵が浮足立つ。それもそのはず地面が揺れ、じっと立っているのも容易ではない。相当の大軍がこちらに向かっているのを感じる。

左前方、敵の大将が見える。

(よし今だ。)

「全員左前方、敵の大将に弓を射れ」

30騎が一斉に弓を射る。見事敵将を射殺した。

(これで指示系統は一時麻痺する。もう引き返すことはあるまい)

「全員、全速力で撤退、後ろを見るな。殿は馬謖が務める。行け」

30騎が一斉に駆けだす。

(時間稼ぎだ)馬謖はありったけの油を撒くと火を放つ。その火に恐れ敵の騎馬が動きを止める。馬謖は急いで馬を反転すると逃げようとした。すると次の瞬間、左肩に激痛を感じた。

「ぬう」

馬謖は呻いたが構わず馬を走らせた。しかし、痛みはどんどん増していく。暫らく進むと馬謖は手足の痺れを感じた。手綱に力が入らない。いつしか落馬した。身軽になった馬は走り去っていく。仰向けに転がった馬謖が左肩に触れてみるとそこには矢が刺さっていた。手足が重い。体が動かない。

「死ぬか」馬謖は呟いた。元々は無い命である。惜しくはない。目を閉じる。

(3人は無事に抜けられたかな?)

そう思った瞬間、脳裏に滄海の笑顔が広がった。馬謖は目を開ける。

「会う約束だったな。成都で・・・」

ゆっくりと状態を起こす。辺りを見渡すと近くに身を隠せそうな茂みがあった。

(あそこまで行くか)

馬謖は死力を尽くして這いながら進んだ。何とかたどり着くと仰向けに転がる。後は運を天に任せるしかない。

「全く死んだ方がましとはこの事だな」

うっすら笑うと目を閉じた。辺りを静寂が包んだ。

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