幕間7 トールとスズカの夏休み
2人が転移して半年ほどの事。
まだ勇者だなんだとか言われる前のお話。
「いやー、結構この世界の夏も暑いんだねー」
「コッチに来た時は結構寒かったんだけどな。あれからもう半年経ってる。村に保護されたのが、ついこの前みたいな感覚なんだけどな」
「確かに!」
「時間が経つのがあっという間だよな。……ってか、言い草が何かオヤジっぽいか」
「あはは! そうかも!」
「……否定しろよ。ま、いいけどさ!」
「ふふふ。…………ねぇ、それよりトール君」
「なんだ?」
「返事は……決めた?」
「卿からの申し出の事か?」
「うん。養子にならないかって言われたヤツ」
「辺境伯は強制じゃ無いって言ってるだろ?」
「うん」
「オレは……構わないと思ってる」
「そうなの?!」
「オレ達二人とも言って見ればこの世界じゃ根無し草だ。後ろ盾はあった方が良い」
「……そうなんだけど」
「元の名前を変えるのがイヤなんだろ?」
「まあ……うん、そう」
「だけど辺境伯は、無理にアムカムを名乗る必要は無いと言っていたよ」
「そうなの?」
「まあ、公式の場とか必要のある時は止むを得ないかもしれないけど、普段は別に良いって」
「そう……なの?」
「正式な記録に養子として留めておけば、後ろ盾として力になれる……という事らしい」
「……そっか」
「スズは、あんまり乗り気じゃのか?」
「……ぅん。なんかさ、家族との繋がりが切れちゃうみたいで……でも、トール君は納得してるんでしょ?」
「この世界で活動して行くなら、あった方が良いと思ってる」
「そっかぁ。すごいなぁトール君は。わたしは何か割り切れないよ」
「気持ちは分からなくも無いけどな。でも、これで元の戸籍が変わる訳でもないだろ?」
「……え?」
「ここ異世界なんだし。元の世界の戸籍や住民票から抜くとか成らないし」
「あ、それは……そう」
「ネトゲのハンドルネームとかと思っておけば良いんじゃないのかな? オレはそう思ってる」
「あは! あはははは」
「なんだ? どうしたイキナリ?」
「やっぱりトール君はすごいなぁ。そんな事考えもしなかったよ」
「そうか?」
「そうかー、これはゲームキャラなのかぁ」
「あくまで名前な。コレは生きている人間。SNSとかで付けるのと一緒」
「なるほどー」
「割り切れそうか?」
「うん! もうちょっと考えてみるよ。ありがとうトール君!」
「ああ」
「うふふふ。あ、そろそろこの辺じゃ無いかな?」
「そうだな。森のこの辺で出る筈だ。索敵頼む」
「了解! こっからはシッカリ警戒して進もう」
「……森に入った時から警戒はしようぜ?」
「してるしてる! ちゃんとしてました!」
「……お願いしますよ」
「あ! トール君! 出た、出たよ! あそこ! イケる?!」
「ぅお?! 早ッ! よし任せろ! よっ! それ!」
「うわぁ、相変わらず上手いねぇ。わたしには無理だなぁ」
「そうかな? それより、スズは他の魔獣の警戒よろしくな! よッと、ほッ!」
「了解! でも、よくそんな綺麗にまとめられるよねぇ。まるで綿菓子作ってるみたい」
「綿菓子かぁ……。そういや昔良く作ってたかも、なっ!」
「そんな事してたんだ? ねぇ、いつ頃?」
「うーん、多分小学校上がる前? 近所の商業施設のゲーセンにあった綿飴機。それっ! 良くみんなに作ってたと思う」
「ああ! ひょっとして、一ノ谷君と江戸川さん?」
「……スズって、2人のこと知ってたっけか?」
「夏海ちゃんとは中1の時クラス一緒だったし、他にも……」
「それは知らんかった、なッ!」
「小学校の3〜4年生まで、3人は悪ガキトリオだったんでしよ?」
「誰がそんな事を」
「えーと、夜の学校に潜り込むとか、運動会の応援マスコットに過剰装飾したとか、遠足で行った夢のランドの楽屋裏でかくれんぼをしたとか、とか?」
「……誰がそんな事を」
「一ノ谷、江戸川、万城目の3人が揃うとヤバいって、聞いた事あったかな?」
「酷い風評被害だ、なっ! と」
「えーー? そうかなぁ?」
「大体はユウが……一ノ谷 勇が突っ走って、オレとナツミがそれを止めてたんだ、よっ!」
「トール君も充分突っ走るタイプだよね?」
「……そんな事はない、ゾっ! と」
「トール君の事はよく知ってるしぃ」
「……酷い風評被害だ」
「ナツミちゃん……江戸川さんって言えばさ、実はわたしと同じ道場だったんだよねぇ」
「そうなのか?! 成る程、道理で……よっ!」
「なんか思い当たるの?」
「よく暴走し過ぎたユウをぶん殴って止めてた、なっ! と」
「なるほどぉ〜。亨君も良く殴られていた、と?」
「…………」
「図星かぁー」
「酷い風評被害だ」
「まあ、それよりも江戸川さんなんだけどさ」
「ナツミが何か? なっ! と」
「いや、『江戸川』って名前……」
「江戸川?」
「村にいるエドガーラさん? ……あれってさ、忍者だよね?」
「あーー、そうかもな」
「なんて言うかさ……あの人達の足運びとか体捌き? 妙にウチのに近い感じがするんだよねー」
「ウチの? スズの道場の? スズのトコの流派なんて言うんだっけ?」
「『白神賢流』」
「って言うか、江戸川の家って忍びの家系っだったの?」
「忍びかどうかは知らないけどさ、ウチの一門だから……何とも言えないんだよねぇ」
「なんだそりゃ? 侮りがたいな白神賢流。それで、エドガーラさんの流派名とかと似てるのか?」
「そう言うワケでも無いんだけどさぁ……」
「何が引っ掛かってるんだ?」
「うーーーん。江戸川さんがエドガーラさんに成ったのかもと考えるとさ、実は夏海ちゃんもコッチの世界に来てたんじゃ無いかな……っとか想像しちゃってさ」
「いやいや、仮に来てたとしても何百年も前の話になるぞ」
「そうだよねー。やっぱあり得ないよねー」
「あー、でもオレ達世界を超えているんだから、時間も同じに流れてるとか考える方がむしろ不自然?」
「どういう事?」
「空間を次元を超えて移動しているんだから、時間も超えていたっておかしくないって事」
「フン、ふん?」
「100年や200年どころか、1,000年くらい転移する時間がズレていたって、実は何ら不思議は無いのかも」
「ほう、ほう? つまり……どういう事?」
「可能性が無い訳じゃ無いって事」
「そーなのか! それじゃやっぱり夏海ちゃんも……」
「いや、でも時間を超える可能性はあったとしても、こんなに身近な人間がポンポン次々と異世界転移するとかの方が、可能性あり得なくない無いか?」
「うーーん、確かに?」
「でも逆に、違う世界線から……ってのは有るかもしれないよな」
「え? どういう事? 世界線ってナニ?」
「ちょっとだけ違う可能性から生まれる沢山の世界。多元宇宙とかパラレルワールドとか、マルチバースとか? そもそも異世界っての自体が、マルチバースのひとつなんだろうし」
「うーん?」
「ほら、前に転移者の遺品とか言うの、見せてもらった事あるじゃん?」
「うん、あったね」
「書かれていた文字がさ、日本語なのに所々鏡文字みたいに逆向きなのがあっただろ?」
「ああ! うん、あったあった! 気持ち悪かったよね」
「あと五百円玉」
「ああ」
「あんなデザインの五百円玉知らないよな」
「うん、なんかの記念メダルかと思ったけど、そうでもなさそうだったし……」
「大体にして刻印されていた年号がおかしい。『昭和67年』だよ?」
「あ、また気持ち悪くなって来た」
「多分あれの持ち主は、オレ達が居た日本とは違う日本から来たんだ」
「そう言う事もあるのか……」
「だから違う可能性の世界の江戸川 夏美か、その近しい人間がこの世界の過去に転移した……って言うのはあるのかも?」
「違う可能性の世界……」
「そう、無数にあるのかもしれない世界」
「それじゃ、もしかしたら……わたしとトール君と出会っていない世界とかも……あるのかな?」
「あるかもね」
「トール君と出会っていても、一緒に居られない世界も……あるのかな?」
「……あるかもね」
「……嫌だな」
「……うん」
「そんな世界はイヤだ」
「うん」
「ね、トール君……」
「うん?」
「居なくならないでね」
「ならないよ」
「ずっと一緒に居てね」
「当たり前だ」
「約束して」
「約束するよ」
「うん……」
「心配しなくてもオレはずっとスズと一緒だ」
「うん、ありがとう……」
「……さて、そろそろ帰ろう」
「……うん、そうだね。って言うか! いつの間にか収穫終わってる?!」
「とっくに済んでるが?」
「……いつの間に」
「ブラウンクロウラーの二匹や三匹、オレ一人でも何とでもなるって!」
「そっかー、そうだよねー。話に夢中で気付かなかったよ……」
「おまえなぁ」
「あははははー! まあ帰ろうよ!」
「ったく、しょうがないな。……ン? どうした?」
「手、つないで」
「お? おぅ」
「ずっと一緒だからね」
「ああ」
「約束だからね!」
「ああ、約束だ」
「うん! ふふ、約束だよ? 絶対だからね!」
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