退屈な会議
その後、オレはアリスときらり、アーシャを連れ会議室へ向かった。
レリアは会議後の食事を作るという作業があるし、戦闘には参加しないので出席しない。
「よ。待ってたぜ」
「ラヴィー、待っていてくれたのか」
会議室の前でラヴィーが待っていた。扉に背を預け、あくびをかみ殺しながらオレの肩をポンポンと叩いてくる。
「正直、会議ほどつまんねーもんはこの世にねーよ。策なんてなくても、真正面から突撃すりゃいいじゃねーか。俺、頭使うの苦手だからよ。敵の大将をぶっ飛ばす! そんだけで充分だぜ」
「ラヴィーさん。被害を最小限にして、最大の戦果を上げるためにも、作戦は必要だと思います」
それを横で聞いていたきらりがラヴィーを諭すように、言葉を返した。
きらりの言うことは、もっともだな。そりゃシンプルなほうが解りやすいだろうけど。
「それに、楽しいじゃないですか。相手の裏をかいて見事に出し抜いた時とか。敵の運命が自分の掌の上にあると思うと……笑いがこみ上げてきませんか? ククク」
きらり、相変わらず何考えてるかわからないよ。
「ふ~ん、そういうもんかね? ま、俺は考えるの苦手だからそーいうのは任せるわ。そんじゃま、とーや達をお偉方に紹介するから、付いてきてくれ」
「ああ」
ラヴィーが会議室の扉を開ける。
同時に、様々な視線がオレの全身を射抜いた。
「あれが、異世界の勇者殿か。面白い服装だな。異世界の文化というのも、興味深い」
好奇の視線。
「まだ子供ではないか。それにおなごもおる。到底役に立つとは思えん」
侮蔑の視線。
「だが、強大な魔力を感じる。それにいい面構えだ。よくぞ参られた、勇者殿」
好意の視線。
「おお、ありがたや。異世界の勇者さまじゃあ。家の息子の嫁になってくれんかのお……」
よくわからん視線。
会議室にいたのは、5人の男たちだった。もちろんのその中にはヘリウッドの姿もある。円卓を囲むように鎮座し、如何にも偉そうな感じだ。
それぞれ種族もバラバラで、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族とバリエーションに富んでいる。
「みな静粛に。トウヤ殿、こちらへ」
「あ、はい」
ヘリウッドに手招きされ、オレたちは部屋の中へ足を踏み入れた。なんとも窮屈というか、息苦しい空間だ。
「すまんが、そちらにおってくれ」
ヘリウッドは壁側を指さすと、ラヴィーはそこに向かった。
オレたちもそれにならい、壁に横一列で整列する。
「まずは我々のことを紹介しておこう。ランドール聖王国は5つの種族が平等に暮らす国でな。それぞれの種族の代表を務める5つの家系は、ランドール5聖将の名で呼ばれておる」
うお。なんかかっこいい。
その後、ヘリウッドを時計周りに軽い自己紹介がされた。
好意の視線を向けたのが人間の代表者で、侮蔑の視線を向けたのが、エルフの代表者。
好奇の視線が魔族の代表者で、よくわからんことをほざいていたのが、ドワーフの代表者。
「さて、時が惜しい。すぐにでも軍議に入らせてもらう」
ヘリウッドは咳払いをすると、早速会議を始めた。司会進行役をするあたり、5人の中で一番偉いのかもしれない。
「実はすでに策は練られていてな。あとはこれをいつ実行するか、いや。実行できる日が来るかというところだったのだ。では、早速説明を始めよう」
「ふあ……ぁ」
隣でラヴィーが大きな欠伸をした。まだ何も始まってないだろうに。
「魔王軍四天王の1人、蒼炎のバルバトス。斥候の調べによれば、奴はランドール城を拠点に、城下に精鋭のモンスター……オーガを多数配備している。数はおよそ5万」
「5万……だと!?」
「戦力差がありすぎる」
「……」
「それだけおったら、誰か家の息子の嫁になってくれんかのお……」
ランドール5聖将はそれぞれ、頭を抱えたり深くうなずいたりと、様々なリアクションを取った。ドワーフの代表者はボケているのか、やたら息子の嫁さんを探している。
「こちらの戦力はどうなっているんですか?」
手を挙げて質問するアリスに、ヘリウッドは即答する。
「こちらの戦力はおよそ3千だ」
「彼我戦力差がありすぎる……それに聞いた話では、武器など持ったことのない老人や、女子供も混じっているというではないか!!」
エルフの傲慢なイケメンにーちゃんが席を立ち、頭をかきむしりながらわめき散らした。将来絶対ハゲるな、あいつ。ていうか、エルフって禿げるのだろうか?
「3千人もおるのか。それだけおったら、誰か家の息子の嫁になってくれんかのお……」
ドワーフの代表者は相変わらずだ。
「むう……」
他の代表者は難しい顔をしたまま首を傾けている。
「一体どうするというのだ、ヘリウッドよ!?」
エルフのヒステリックな叫び声を遮るように、ヘリウッドは右の掌を彼に向けた。
「答えは至ってシンプルだ。我々は正面から決戦を挑む」
「何だと? 勝てるわけがないだろう!! 子供のケンカではないのだぞ!」
「話は最後まで聞け。よいか、正面から決戦を挑むのは『我々』だ」
ヘリウッドの視線がエルフのにーちゃんからオレにシフトする。
「勇者殿達には、少数で城内に侵入してもらい。手薄になった本丸を落としてもらう。案ずることはない。外の敵は我々が引きつける。それでも危険であることには変わりないがな」
「つまり……大部隊を陽動に使い、少数精鋭による敵将の撃破……ですね」
「うむ。きらり殿は聡明な女性であるな。その通りだ。危険な役回りを勇者殿達に任せてしまい心苦しいが……ここは是非とも首を縦に振ってはくれないだろうか?」
この作戦……決してオレたちのほうが危険度が高いワケじゃないだろうな。陽動とはいえ、3千の兵で5万の相手をするんだ。
しかも、兵士の中には民間人も混じってるって言っていた……。
それだけの決意があるってことなのか。皆、自分たちの国を取り戻そうと必死なんだ。
「ヘリウッドさん。やります。オレにやらせてください」
なによりここで行かなきゃ、勇者じゃない。それに、つけれるカッコはつけておかないとな。
「うむ! さすがはトウヤ殿。わしが見込んだ男だ」
ヘリウッドは非常に満足した様子で頷いた。
「アリス、きらり。お前たちはどうする?」
オレは決意も固まった。ヘリウッドのおっさんが頭を下げたんだ。その誠意と、未だ見ぬ亡国の姫君とお近づきになりたいという、ちょっぴりの下心もある。
「と、陶冶さんが行くのなら、私も行きます!」
「アリスさんももちのろん! 頑張ろうね、陶冶くん」
2人とも異存はないようだな。あとはアーシャか。
「アーシャ、お前も来てくれるか? 元四天王としてお前の力を借りたい」
「むほほ……あの傲慢ちきなエルフ×ボケたドワーフ……少々マニアックな組み合わせだが……アリだ」
「ねーよ! ていうか、この状況で腐ってんじゃねえ!」
再びアーシャにチョップをかましてやる。
アーシャは涙目になって、オレを見た。
「い、痛い……ちょっとした冗談なのに……まったく。ワシも行くぞ。主在る所にワシは在る。それに、バルバトスの奴は前から好かんかったしな」
「そっか。ありがとうなアーシャ」
「私は反対だ」
「え?」
声のしたほうを見れば、傲慢なエルフのイケメンが席を立ち、オレを汚い物をみるような目で見ていた。
「こんなどこぞの馬の骨とも知れん輩に、我々の国の運命を任せられるか! それに、そこにいるのは元が付くとはいえ四天王の1人ではないか! いつ裏切るともわからんぞ」
エルフの言葉にカチンときたのか、アーシャがオレの前に出て弁明する。
「ワシは、主のために命を捨てる覚悟はできている。本来なら、この命はすでになかった物だ。それを主は救ってくれた。ワシは、生き恥をさらしてでも主に尽くす所存だ。死ぬ覚悟ならばできている。殺したければお前がこの場で、その手で殺すがいい」
「ぐ……なら、勇者殿はどうかな? もともとこの世界に関わりのないお前たちが、逃げ出さない保証などない。昨日今日ここに来た人間を早々信用など、私はできん!」
「それは……信じてくれとしか……」
「信じるだと? そんな安い言葉一つで、我らの信用が得られるとでも思っているのか、この若造は」
くそ、何なんだこいつは。
「よさぬか。彼らはお主の一族の森を守るために戦った実績もある。それに、気に入らなければお主が潜入部隊に入ってもよいのだぞ?」
オレが返答に困っていると、ヘリウッドが助け船を出してくれた。
「ぐぐ……それは……わ、私の魔法は屋内では威力が半減する。能力を最大限活かせるのは屋外戦闘だ。これは、決して臆病風に吹かれたからではない! 戦力的にそうしたほうがいいと、私の分析によるものだ。妙な勘違いはするなよ」
「フ。わかっている。お前には、魔法師隊を指揮してもらねばならんからな。お前の魔法の腕は王国一……アテにさせてもらうぞ」
「当然だ。私がここにいる以上、皆大船に乗ったつもりでいるがいい。フハハ」
ヘリウッドの言葉に気を良くしたのか、エルフは鼻で笑うと着席して偉そうにふんぞり返った。
「皆も異存はないか? なければ今日はこれでお開きにする。勇者殿達に詳しい作戦概要はまた後ほど伝えるとして、そろそろ晩飯時だ。腹が減ってはなんとやらだからな」
「は~ようやく終わった~もう眠くて眠くてたまらないぜ。よっしゃ、とーや。飯にしようぜ。レリアが作ってくれてるはずだしよ」
「ああ、そうだな」
会議が終わって、五聖将の面々はさっさと部屋から出て行った。張りつめていた空気もどこかに霧散して、解放された気持ちになる。
「トウヤ殿。少し話たいのだが、よいか?」
「あ、はい」
出て行ったはずのヘリウッドが戻ってきて、オレを手招きした。
「ああ、ラヴィー。お前は少し外してくれんか?」
「え。なんだよ! 俺だけ除け者かよ!」
「すまんな。あとでパパがおわびのチュウを……」
「いるか、クソ親父!!」
ラヴィーはヘリウッドのすねに蹴りを入れると、走リ去ってしまった。
「ふう。まったく、なんと乱暴な……」
「あの、それで……話って?」
「ああ、とてもとても大事な話なのでな。……トウヤ殿は、心に決めた相手はおるのかな?」
「え?」
「つまりだな……好いているおなごはおるのかと……」
急にヘリウッドは顔を真っ赤にして、もじもじしだした。うわ、なんかきもい。
野生のクマも逃げ出すようなビジュアルで、もじもじするなよ!
「一目見た時から……気に入っていたのだ。もしよければ、結婚してくれんか?」
「は?」
オレが呆気にとられていると、急にアーシャが鼻血を出して倒れた。
「親父×主……まさか、実現するとは……ああ……1000年生きててよかった」
「よくねーよ!」
「む? ダメ、か?」
「いや、ダメとかそういう次元じゃなくて! オレとあんたとじゃ、物理的に無理だろ!!」
「フ……フフ。物理的には可能なはず……嫌がる主に、親父がむりやり……」
「アーシャ、お前は黙ってろ!!」
「わしとトウヤ殿? 何を言っておるのだ。わしはラヴィーの婿にと見込んで話をしておるのだが」
「え? あ、ああ。ラヴィーと? そっか、ラヴィーとか!」
紛らわしい言い方するなよ、おっさん。
おかげでアーシャの腐った妄想の被害にあったじゃないか。
「わしも1人の娘を持つ父親だ。あの子がトウヤ殿を好いていることはすぐにわかった。わしとしても、婿としてこれ以上ない相手だと思っている。どうだろう? 真剣に考えてはもらえんだろうか?」
「いや、オレは……その……」
「まあ、答えは急がんよ。じっくりと考えてくれ。だが……早く孫の顔が見たいものだ。まあ、あんなに可愛いラヴィーたんと結婚しないという選択肢はないだろう。代わりにわしが結婚したいくらいだわい。ぶわっはっはっは!! ではな、息子よ!!」
ヘリウッドは豪快に笑って出て行った。
ていうか、息子って呼ばれちゃってるよオレ。あの人の中ではもうオレとラヴィーの結婚は確定されているのか。
とにもかくにも、厄介なことになりそうだな。




