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解放軍司令官ヘリウッド・グライゼルという男

 おっさんは筋肉を震わせ、部屋の床を思い切り踏みつけて、巨体を揺らした。


「わしの娘だ。あの子はワシに似て繊細で可憐で引っ込み思案な可愛い娘なのだ。早くに母親を亡くし、男手一つで育ててきた、ワシの大事な大事な娘なのだ」


 このおっさん、ラヴィーの親父さんだったのか。全然似てないぞ。


「む! こうしてはおれん。ラヴィーたんを追いかけねば!」


 おっさんは巨体を揺らしながら部屋を出て行った。


「何なんだ、あのおっさん……」


「ふむ。親父×主か……アリだな」


「あるかボケ! いきなり出てきて何言いやがる! しかもオレがウケなのかよ!」


 急にアーシャが出てきて腐った妄想を始めたので、脳天にチョップをかましてやった。


「い、痛い……うわーん! 主がぶったー!」


 予想以上にクリティカルヒットだったのか、アーシャは泣きながら走り去ってしまった。本当にあれが元魔王軍四天王なのか、甚だ疑問だ。


「一体何なんだよ、さっきから。わけわかんねーよ。時間が一気に五日も経ってるし……」


「さっきのおじさんはラヴィーちゃんのお父さんで、解放軍の総司令官さんなんだよ」


 頭をかかえてうずくまると、アリスが隣にやってきた。


「げ。あれが?」


「うん。陶冶くんが目覚め次第、奪還作戦の会議をやる予定だったんだけど……」


『ラヴィーたああああん!!』


 建物全体に響き渡るような大声が、アリスの声をかき消した。とんでもない大音量だ。妹が夜中に垂れ流しているアニソンよりひどい。


「当分無理っぽい?」


『うるせえクソ親父!! 気持ち悪いから離れろ!!』


 ラヴィーの叫び声もして、ドタバタと騒がしい足音が近付いてくる。


「はあ、はあ、はあ……」


 そして、すぐにラヴィーが現れて扉によりかかるようにして息を整えていた。


「お帰りラヴィーちゃん!」


 アリスは駆け寄って声をかける。


「おう。ちょっと日課のランニングを思い出してな」


「いきなりどうしたんだよ。心配したぞ」


「げ!? とーや」


 アリスの問いかけにはちゃんと返事をしたのに、何故かオレの問いかけには答えず、ラヴィーは真っ赤になって顔を背けた。


 なんだか気まずいな。


「ラヴィーたん。パパはここでちゅよ? おはようのチュウを――」


「きめーんだよ、クソ親父!!」


 けれど、そんな気まずい空気を壊してくれたのは、ラヴィーの親父だった。


 ラヴィーは親父の顔面に跳び蹴りを放つと、オレの背後に隠れて密着してくる。


「ぐおおお!!!! まったく、母さんに似ていい蹴りを放ちおる……」


「いい加減、俺を子供扱いすんのやめろよな! 俺だってもう……大人なんだぞ!」


 瞬間、ラヴィーの豊かな胸が背中に押し付けられ、本人の言葉通り大人なんだな、と実感させられる。


「とーやも目覚めたことだし、さっさと会議始めちまおう! んで、飯食って今日は寝る!」


「ん、うむ……」


 ラヴィーはそれだけ言って、部屋を出て行った。


「むう。さすがは我が最愛の娘。状況を細かく分析し、適格なこと言う。この頭の良さはわしに似たかな? ぶわっはっはっは!!」


 誰かこのバカ親父を黙らせてくれ……。


「さて。親バカはこの辺にして……勇者殿」


「は、はい?」


 さっきまでのニヤけた気持ち悪い顔はどこへやら。親父は戦士の顔になって、オレの目を見てそう言った。


「すぐにでも軍議を開く。アリス殿ときらり殿。それとアーシャ殿を連れ、会議用の部屋に行ってくれぬか」


「わかりました」


「此度の戦で我らは必ずや勝利し、我が国を、故郷を取り戻す。その為にも勇者殿……何卒お力をお貸しいただきたい」


「え?」


 デカい体がものすごい勢いで折れる。一瞬呆気にとられてしまった。


 大の男が、百戦錬磨の戦士が、恥も外聞もなく、自分よりも小さな子供に頭を下げる……そこにオレは、このおっさんの器のデカさを思い知った気がする。


「……わかっています。ラヴィーの国を取り戻してやりたいと思うし、この世界の人達の力になりたい……そう、思っています」


 オレがそう答えると、親父は頭を上げて凛々しく笑った。


「……すまんな。このような状況でなければ、勇者殿と夜の街へでも繰り出したいところではあるが、今は戦の只中。ラヴィーだけではない。我が国の子供たちが安心して暮らせる……そんな時代にしたいものだ」


「ええ」


「勇者殿は優しいな。誰かのために……赤の他人のために戦うなど、今この世界の時代にそんな男がいるだろうか? 皆、今日の糧を手に入れるのに精いっぱいで、なりふりをかまってはおれん。王国という秩序が崩壊した昨今、盗みも殺しも取り締まる者がおらん。強い者しか生き残れない、生物としては正しいが、人としては悲しい時代なのだ」


 ラヴィーが盗賊の真似事をしていたのを思い出す。そのラヴィーも盗賊に物を奪われていた。


 エルフ村に現れた山賊たちもそうなんだろう。それだけ治安が悪くて不安定な情勢で……そんな中で生きているのか、この人達は。


 この世界は日本とは違う。力の無い者は黙ってやられるしかない。でも、そんなのは間違っている。


「この状況を打破するためには、我らが祖国を取り戻し、再興することのみ……手伝ってくれるだろうか?」


 力のある者にしかできないことがある。そして、オレにはその力がある。


 だから……!!


「オレは、そのつもりでここに来ました。魔族が相手だろうと何が相手だろうと……戦って勝つ」


「うむ! 勇者殿。では後ほど軍議の場でお会いしよう。おっと、まだ名を名乗っていなかったな。わしは解放軍総司令官ヘリウッド・グライゼルだ」


「田中陶冶です」


 親父は……いや、ヘリウッドはオレの手を力強く握ってきた。


「トウヤ殿! ぐははは! いい面構えじゃ!! ラヴィーは、我が娘はいい男を連れて帰ってきた。ではな、陶冶殿」


 ヘリウッドは巨体を揺らしながら部屋を出て行った。

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