聖王の娘
「た、助けてくれ!」
男はオレに気が付くと、汗と涙とよだれでテカテカになった汚い顔のまま、太った体で駆け寄ってきた。
正直、近寄って欲しくない。けど今は、そんなこと言ってる場合じゃないな。
「さがってろ」
「は、はい。助かった、助かったよお」
うわ、鼻水引っ付いた手で服に触るなよ。
とにかくオレは、おっさんを後ろに隠すようにして、女と対峙した。
フードで隠れていて見えないが、若い女だ。ローブからはみ出た白い太ももが眩しい。
「金を出せ。金さえ出せば命までは取らない」
思ったより高い声だった。もしかすると、10代半ば? オレとそんなに年は変わらないかも。
けれども悪党に老若男女も美醜も関係ない。蹴散らす!
「金? 金なんてねーよ。たとえ持っていたとしても、渡さないね」
「そうか。なら、殺してでも奪い取る」
問答無用とばかりに、女が襲いかかってきた。両手には冷ややかに光る刃が……ダガーか。
あんな物で斬られでもしたら、痛いとかのレベルではすまないぞ。まずは距離を取らないと。
「死ね」
「早、い!?」
一瞬で懐に踏み込まれた。瞬間移動さながらの……なんて瞬発力だ。
彼女が持つ2振りの刃が、オレの首に触れる。やばい。
「ブリザード!」
考えている暇がなかった。指輪の封を解かぬまま、シベリアの猛吹雪をイメージする。
「うあ!?」
目の前に冷気の風が発生し、女はまともに食らって吹き飛んだ。
「く、う……」
背中から木にぶつかり、女は苦しそうにうめく。
「ふう、ギリで間に合ったか。初の氷属性魔法……お披露目がこんな形になるなんてな。さて。盗賊さんのお顔を拝見、と」
オレは女のところまで移動すると、フードを強引に払った。
ぴょこん。ぴょこんと、猫みたいな耳がはみ出して我が目を疑う。
「は? 猫耳?」
やけにリアルな……いや、もしかしてこれ本物? そうか、獣人ってやつなのか。
試しに触ったり頬ずりしてみると、なんとも気持ちのいいこそばゆさだ。
「や、やめろ!!」
女は素早い動きでオレから離れると、再びダガーを構えた。
猫耳に気を取られていたが、ビジュアルもまたハイレベルだった。
背は高い。160後半くらいか。髪は緑色のポニーテールで、シッポみたいにゆらゆら揺れてる。
「俺の耳に触れんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」
可愛い顔と可愛い声で物騒なセリフを吐き、猫耳美少女はオレに襲い掛かろうと、一歩踏み込んだ。
「陶冶くん!」
もう一戦交えるかという寸前で、アリスがやってきて戦況が好転する。
「助かった。盗賊に襲われている人を見つけたんだ。なんとか撃退しないと」
「わかった! ここはこのアリスさんに全て任せて!」
アリスは空手のように拳を構えると、大きく息を吸い込んだ。剣術だけでなく、徒手空拳での戦いも心得ているのか。
「はあ!」
アリスは勢いよく駆け出すと……汚いおっさんに殴りかかった。
「うぎゃあ!?」
「この! 可愛い女の子を襲うなんて、最低だわ! くらえ!」
「アリス、そっちじゃない! あっちの猫耳の子だよ、盗賊は!」
「え? 何言ってるの。可愛いは正義だよ! こんな可愛い子が盗賊なわけない!」
「いや、その理屈おかしい!」
アリスは気絶したおっさんを放り出すと、今度は盗賊の少女に接近した。
身体能力を強化した状態で、あっという間に回り込み背後を取る。
「こいつ、俺より早い! 何なんだよ、さっきのヤツの魔力といい、この女のスピードといい!」
「覚悟!」
アリスが右手を下段から振り上げた。瞬間、獣人の少女のローブがはためき……白い下着がコンニチハする。
――いいもん見れたぜ。
「うわああああああああああああああああ!? てめえ、何しやがる!!」
獣人の少女は猫耳の先まで真っ赤になる。
「見たでしょ、陶冶くん。彼女の下着の色を。純白こそは無垢なる心を映し出す鏡! 彼女は本当は悪い子じゃないの! きっと、これには何か深い理由があるんだよ、ね。そうでしょ?」
ワケ解らん理屈だが、盗賊少女の心にクリティカルヒットしたのか、ダガーを放り出し、戦意喪失してその場にぺたんと座り込んだ。
「チ。まったくよお。こんな腕利きにからむんじゃなかったぜ。あーまあ、そのなんだ。悪い」
あぐらをかきながら頭をぽりぽりとかき、居心地悪そうに彼女はそう言った。
「ん?」
「こちとら本当は殺す気なんてなかったんだよ。ただちょっとばかし痛め付けて、2人で金を手に入れたかっただけなんだ、ほんと」
「2人?」
盗賊少女は気絶したおっさんを指差した。
「その女がぼこったおっさん。それ、俺のツレ。俺のダガーでびびって金を出せばよし。仮に刃向かってきても、ツレが背後からだまし討ちしてもよし。の、二段構えの作戦だったんだけどなあ」
こいつら、グルだったのか。
「路銀がそこを付いちまったんだ。情けない話によ。ついには食い物にも困って……まあ、無力な旅人でも襲っちまうかっていうノリでやったのよ」
「嫌なノリだな」
「ていうか、お前ら何なんだよ。それくらいの腕があれば、どこぞの国に仕官しても断られないだろうに。むしろ、引く手数多だろ」
あくびをかみ殺しながら、彼女はそう言った。
「オレ達は、この世界の人間じゃない。異世界から来たんだ」
「……何だと? じゃあ、まさか……勇者の再来、なのか」
「ああ、どうやらそうらしい。ランドールを目指して旅の途中だった」
「ラン、ドールを?」
オレの言葉に瞬間的に反応すると、彼女は急に地面に額をこすりつけ土下座する。
「頼む! 力を貸してくれ勇者さま! 俺たちの国を、魔王軍から解放するために!」
「あ、ああ。もともとそのつもりだけど……」
獣人の少女はばっと顔を上げると、オレの両手をつかむ。
「俺の名前はラヴィー。ランドール聖王国の騎士だ。今は特務で隊を離れているが……れっきとした騎士だ!」
「そのれっきとした騎士が、こんな所で何をしてるんだ」
「それは……まあ、勇者さまならいいか。よし、耳かっぽじってよく聞けよてめえ」
どうでもいいけどこの子、言葉遣い荒いな。
「聖王剣は我が国の象徴にして、究極の兵器だ。だが、一般には知られてねーが、これは王家の人間にしか使えない。最後の聖王、アリーナ・フォン・ランドールさまがいない今、誰にも使うことができない」
「そうなのか」
シャリンさんもそのことは知らなかったのだろうか? だとしたら、アリスには扱えないことになるな。
しかし、それとこれにどんな繋がりがあるんだ。
オレは、ラヴィーの次の言葉を待った。
「だが、俺たちは信用できる筋から有力な情報を得ることができた。聖王さまには、娘がいる。生きていれば、15、6歳の娘がな」
「聖王の娘……」




