きらりの野望
「ここが陶冶さんのお部屋なんですね……うふふ。陶冶さんの香りがする」
きらりはドアを開けて入ってくると、部屋の空気を胸一杯吸いこんだ。
「オレの住所、どうやって調べたの? あ、いや……やっぱりいいや。聞くと怖い思いしそうだから」
「うふふ。全ては愛の力です。陶冶さんを想う私の一途な気持ちが、織姫と彦星を巡り会わせてくれたんですよ。ロマンチックですよねえ……」
セリフだけはロマンチックだけど、やってることはめちゃくちゃホラーなんだけど。
とりあえず、きらりを家から出さないと。
「ああ、そう。それじゃ早速買出しに行こうか。きらり、保存食を買いにスーパーまで一緒に行こう」
「え!? 嫌です! 引っ張らないでください! まだお義父さんやお義母さんにごあいさつが!」
オレはきらりの腕をつかむと、強引に外へ連れ出した。このまま部屋に止まられたら、何をされるか解らない。
「アーシャとレリアは留守番な。ヒマだったら、姉ちゃんと妹に遊んでもらえ。オレはこれからきらりと買い物に行って来る」
そう言い残し、急いで玄関に行くと靴を履いて外に出ようとする。だが、きらりは立ち止まったまま動こうとしない。
「きらり?」
「あ、ごめんなさい。私、お庭から侵入したものですから、お靴はここにないんです。ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、きらりはリビングに入って庭から出て行った。
「お前は一体どこから入ってきたんだ……それ、住居不法侵入罪だぞ」
少し背筋が寒くなる思いだが、まあ今は置いておこう。
それからきらりと一緒にスーパーに行き、食料品売り場を歩く。
今日は土曜日。学校も休みなので、一日自由に行動できる。4時44分までに準備は整えることができるはずだ。
買い物カゴをオレが持ち、きらりに品物を選んでもらうという役割分担だ。
「ふふ。すっごく嬉しいです。いつか子供が生まれたら、3人でお買い物がしたいですね。娘の優愛が、パパにこれ買ってーって、おねだりするんです。パパは子供に甘いから、すぐになんでも買ってあげちゃって、私が怒るんですよね。お家にもそれあるでしょ、ないないしなさい! って」
カップラーメンを手に取り、きらりは未だ見ぬ我が子と未来の旦那を思い、一人の世界に入っていた。
どうでもいいけど、優愛もキラキラしてるな。可愛い名前だとは思うけど。
「ほら、あそこ見てください。私達もあんな風に幸せな家庭を築きたいですよね」
きらりの視線をたどると、若い父親と母親が小さな女の子と一緒に買い物を楽しんでいる。幸せそうな笑顔が三つ。その家族を見ているだけで、幸せをお裾分けしてもらったように心が暖かくなった。
「憧れなんです。家族3人でお買い物したり、お出かけするのって。私、お父さんいないから……」
「え」
「お父さん、私が小さい頃に交通事故で亡くなったらしいんです。だから、家族3人の思い出はほとんど無くて……でも。昨日、エルフの長老にお父さんのことを聞けて、すごく嬉しかった」
「そうだったのか……」
「私、お父さんの若い頃によく似て、明るくて社交的で可愛くてスタイルもいいって言われて、すごく嬉しかった……」
たった一日なのに、思い出補正が凄まじいな。後半は一言も口にしてなかったと思うけど。まあ、あえて何も言わないが。
それにしても……きらりの普段の発言はそれが原因なのか。
「いつか私も、あんな風に明るい家庭を築きたいんです。陶冶さんと一緒に」
きらりは夢見る乙女光線をオレに向けて発射してきた。今度は回避することができず、直撃してしまう。
「う……」
……これはかなりの威力だ。一瞬、きらりとオレの夫婦生活が脳内イメージとして再生された。2人の挙式から出産、育児、老後、葬式まで。たぶん、全米観客動員数一位を獲得できるほどの感動巨編に違いない。興行収入でウハウハだ。
だがはやまるな。相手は泣く子も黙らざるを得ない、歩くホラー映画田中きらりだぞ。
「あ、ああ。でもオレ達まだ知り合ったばかりだし。まずはお友達からはじめよう、うん。オレはきらりのことぜんぜん知らないし」
「私は陶冶さんのこといっぱい知ってますけどね。例えば、小学校低学年の水泳の時間、水着からはみ出して――」
「うおおおお! それを言うな! ていうか、どうやって調べた! 何でそれを知ってる!?」
慌ててきらりの唇をふさぐ。柔らかい感触を掌に感じ、結局すぐに離してしまった。
「ふふ。いいでしょう、お友達から始めましょう。けれども私は必ず、アリスさんを押しのけて、今回の旅であなたを手に入れて見せます!」
「は? どうして、アリスがそこで出てくるんだ」
オレのその発言にきらりは一瞬まゆを寄せると、「そういう鈍感なところも私は好きですけどね」と言って、缶詰コーナーに行ってしまった。
……いや、アリスは関係ないだろ。
「あ、待ってよきらり!」
きらりを追って缶詰コーナーへ移動する。
きらりはさっきまでと変わりない笑顔で買い物を続けている。
オレもきらりと一緒に缶詰を物色してみた。それにしても、普段あまり缶詰を食べないけど、色んな種類があるもんだ。
サバ味噌、やきとり、貝の煮付け、さんまの蒲焼……やばい腹が減ってきた。ごはんに合いそうだよなあ。
とりあえずその中から数種類を適当に選んでカゴに放り込む。
ごはんといえば……真空パックのヤツをいくつか買っておくか。レンジがない分、魔法で加熱してしまえば……なんとかなるか? 湯煎でもいけるって聞いたこともあるし、まあなんとかなるだろ。
アーシャが肉を主食にして、おかずに肉を食うなんてこと言ってたけど、やっぱごはんは必要だよな。
「ふふ……うふふ……このお肉、切り刻んでみたい……」
きらりが精肉コーナーで鳥のモモ肉をなでながら、そんなことを言っていたので、オレは無視してレジに向った。
そこそこの量を買い込んでしまったな。なにせ、一週間の旅路だ。
レリアから家を出る前に聞いておいたのだが、馬車で一週間かかるとのこと。
道中に小さな集落があるというが、食い物に関してはできればこちらの世界の物を用意しておきたい。
最初はよくても、そのうち確実に飽きる。旅行気分は初日だけ。あとはただひたすら馬車の中だ。
それにたかが一週間といえど、されど一週間。順調にいけばの話だし、どこでトラブルが起きるかわからない。道に迷ったりするかもしれないし。
念には念を入れておかないとな。いざというときの、『いざ』を想定しておかなければ。




