ホラー系ヒロイン、きらりちゃん
それから翌日のこと。
風呂に入ってからも色々あったが、正直色々ありすぎで覚えてない。
まあ強いて挙げるなら、レリアとアーシャがオレと一緒に寝たいとか言って、ベッドを占拠したことくらいか。
結局ものの5分も経たないうちに、2人ともスヤスヤ寝息を立て夢の中だったので、姉ちゃんと妹に引き取ってもらい、オレは安眠を得ることができたのだが。
正直、疲労困憊もいいとこだったので、これ以上相手をしたくなかった。
まあとにかく、翌日のことだ。
昨日は疲れもあったし、休息することに決めたのだが、すぐにでも行動を起こさないといけない。
異世界を救う旅に出るための準備。色々とそろえないといけないな。
けどまあ、ちょっと情報が少なすぎる。目的地……ランドール聖王国についてもそうだし、移動手段もまさか徒歩ってわけじゃないだろうし……。
とりあえず、朝飯を食ったらレリアに聞いてみるか。
オレは朝飯を食うと、レリアとアーシャを部屋へ呼び寄せた。
「レリア。買出しに行く前に色々と聞いておきたいんだけど」
「はい! なんなりと!」
「買出し!? 秋葉原か!? ならばワシは、同人誌を所望する!」
元気にお返事したレリアに向き直り、腐った魔族を無視して話を続ける。
「ランドールって、具体的にどんな所なんだ? シャリンさんは滅んだって言ってたけど」
「ランドールは、ヴァーンガルド一の大国でした。人間の作った国ですが、エルフ、ドワーフ、獣人や一部の魔族が平等に暮らす、人と物が行き交う豊かな国だったのです。代々の国王は聖王と呼ばれ、最後の聖王様は剣技に秀でたお方で、剣王の名で国民に慕われていたそうですよ」
「へえ、剣王ね。かっこいいじゃない。そういえば、聖王剣だっけ? あれと関係あるの?」
「聖王剣は、代々の王位継承者が所有してきた剣で、ドワーフの鍛冶師が希少金属であるオリハルコンを鍛え、エルフの神官が魔法を施し、獣人の祈祷師の祈りと、魔族の魔力を付与した……いわば、ヴァーンガルドに住まう全種族の技術を結集した、最強の剣なのですよ」
なんだか胸アツな設定だな。いや、設定って言ったら失礼か。
「25年前、ランドールはもっとも魔王城に近い国だったせいで、激戦の舞台になり、ぼろぼろの状態でした。最後の聖王様は、国の復興と打倒魔王を掲げ、お姉さまたちに同行しました。その卓越した剣技と聖王剣の力を持って、魔王討伐に大きな貢献をしたと聞いています。当時20代の聖王様は、お姉さまたちと同年代ということもあって、旅の間に良き友として友情を深められたとか」
「最後の聖王か。25年前なら、今は40代……? 力になってくれれば心強いんだけど……おじさんなんだろうな、もう」
「いいえ、トウヤさま。聖王様は女性です。今でも覚えています。あの方が振るった剣の軌跡と、流れるような美しい金の髪を」
「金髪美女の剣士だったのか……その人は今、どうしてるんだ?」
「……わかりません。最後の戦いの最中に行方知れずになったままで……聖王剣だけが発見され、それがランドール城の大広間に保管されたままだそうです。25年経った今は、長老の言ったとおり廃墟になっているようです」
「そっか」
レリアは一息吐くと、窓の外を見た。そして、意を決したようにオレを見つめる。
「25年前は、途中までしかお供できませんでした。けれど、今度は最後までお付き合いさせてください! わたくし、トウヤさまのお力になりたいのです! 大好きだったお姉さま……その息子のトウヤさまに巡り会えたこと、運命だと思っています!」
「うん。ありがとうな、レリア。オレと一緒に旅に出よう。オレにはお前が必要だ」
異世界の地理に関してもそうだし、たぶんオレ達勇者3人、サバイバルの経験とかないだろうし。
そうなると、レリアの存在は大きい。
「トウヤさま……嬉しいです! わたくし、トウヤさまのためなら、何だってします!」
レリアはオレの言葉にひどく感動した様子で、頬を紅潮させて瞳を潤わせていた。
「あ、そうそう。旅の足はどうするんだ? もしかして、徒歩なのか?」
「いいえ。馬車を用意してあります。さすがに徒歩では厳しいですし、時間がかかってしまいます。あ、御者はわたくしがやりますので、トウヤさまたちは中で休んでいてくださいね! わたくし、戦闘ではお役に立てませんから、身の回りのお世話をさせていただくつもりなのです!」
馬車、か。乗ったことは無いけれど、歩きじゃなくて助かった。
「あとですね。一応旅に必要な物はこちらで全て準備しているのですが……、着替えのお洋服や食料品に関しては、勇者さまたちのご意向に沿う形をと考えていたので、おっしゃっていただければこちらでもご用意しますが……」
「ああ、いや。それはこっちで準備するよ」
服はサイズの問題もあるだろうし、食料品も口に合うかどうか解らない。というのが理由か。
「服は体操服のジャージとか持っていったほうがいいのかな? それでいいとしても、やっぱ食料品が問題だな」
どれくらいの旅になるか解らないけれど、保存食……できればレトルトとかカップラーメンに、サプリメント。あとは缶詰が欲しいな。
「ふ、任せろ主よ。ワシが野生の獣を捕まえて、肉を主食にして、おかずに肉を。デザートにも肉を食わせてやるぞ」
アーシャが薄い胸をポンと叩いてふんぞり返った。肉食いすぎだろ。
「わたくし野草の知識があるので、野草は任せてください! あと、お水も川の位置を把握しておりますので、現地調達可能です!」
「了解了解。肉と野草があればなんとかなりそうな感じだけど、どっちも確実に手に入るわけじゃないだろうしな。なら、ハイブリッドでいこう。基本的には現地調達した食材で食事。ただし、食糧が確保できなかった場合や成果が少なかった場合は、こちらの世界で用意した保存食と水を」
着替えはすぐにでも用意できる。じゃあ、あとは食料品か。
家にも缶詰のストックがいくらかあったはずだけど……買いに行くか。
そう考えていた矢先、オレの携帯がブルブルと震えた。ディスプレイを見ると、知らない番号からの着信だ。
誰だ、これ?
警戒しつつ、通話ボタンを押して耳に当てる。
『あ、あの。田中さんの携帯電話でしょうか? 私、田中と申します。友達の田中さんから電話番号を聞いて、田中さんの携帯にかけさせていただきました』
「田中だらけのセリフで誰なのかわからないよ」
いや、声ですぐにわかったけど。
「きらり。名前で呼んでくれ。いい加減田中さんじゃ紛らわしいし」
『あ、はい……じゃあ、パパでいいですか?』
「オレは田中陶冶だ。田中パパじゃない」
『え、えっと……じゃあ、陶冶さん?』
「うん。おはようきらり。どうしたんだ、急に」
『あの、これからのことを陶冶さんに相談しようと思って』
「ああ。そうだな。オレもちょうどきらりに話したいことがあったんだ。今から会えるか?」
『はい。直接お家にうかがいますね』
「え? オレの住所知ってるの?」
『はい』
オレ、教えたっけ?
「これから買出しに行くところだったんだ。どこか出先で待ち合わせようか? そのほうが効率いいんじゃないかな」
本音を言うと、きらりを家に入れたくない。これ以上のカオスはごめんだ。
『あ、大丈夫です』
「いや、すぐに家を出るから。近くにコンビニがあるから、そこで。5分あればオレは到着してると思うから、ね?」
『いいえ。5分も待てません』
「え? じゃあ、コンビニもうついてるの?」
『いいえ、だって私』
そのとき、こつこつと階段を昇る音が聞こえ……。
「もう、陶冶さんの後ろにいますから」
振り返ると、きらりがドアから半分顔を出して笑っていた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!? 出た! 出た!!」
だからなんで君はいちいちホラーなの、きらりちゃん。




