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異世界幼女による異文化コミュニケーション

「こらお前ら、何で付いてきた? 早く自分達の世界へ戻れ!」


「ひどいです、トウヤ様……わたくしはただ、お姉さまに一目でいいからお会いしたかっただけですのに……うう……ひっく……」


 教室の扉を指差しそう言うと、レリアがしくしくと泣き出した。やばい、泣かしちゃった!?


 レリアの気持ちも解らなくはないが……。少しきつく言い過ぎたな。


「おーよしよし……主よ。幼い娘を泣かせるとはなにごとか。大の男がすることではないぞ」


 アーシャは泣いているレリアを抱きしめると、頭をなでて良い子良い子した。幼女が幼女を慰めている姿は、一部の人間に需要がありそうな空気を醸し出している。


「お前もだよ、アーシャ。なぜ付いてきた」


「決まっているだろう。主ある所にワシはいる。世界が変わろうとそれは変わらん……それに、それに……」


 アーシャはぼそっと小さな声で「さびしいではないか」と言った。


 実際セーブポイントでこちらの世界に戻ってきても、こちらの世界と向こうの世界の時間はリンクしていない。だから、明日異世界に戻ってきても、アーシャたちにしてみれば1分も満たない別れなのだが……。


「いや、言い方が悪かったのは謝るけど……あまりこっちの世界に干渉しないでもらいたいんだ。こちらの世界にはエルフも魔族もいなければ、剣も魔法もない。何も知らない人達に、余計な誤解を生むかもしれないんだよ」


 レリアみたいなエルフの幼女がこっちの世界を歩いていたら、大きなお友達に誘拐されてしまうかもしれない。


 アーシャみたいな好戦的な魔族の幼女が写メでも取られたら、激昂して斬りかかるかもしれない。


「オレは、レリアたちのことが心配なんだよ。解ってはくれないか?」


「はい、トウヤさま。ワガママ言ってごめんなさい」


「すまん、主よ」


 しゅんと落ち込んだレリアは小さな体をさらに小さくして、申し訳なさそうにうつむいた。


 アーシャもまた居心地悪そうに、オレを上目遣いで見ている。


「まーまー、陶冶くん! いいじゃない! レリアには異世界でお世話になってるんだしさ。今度は逆に、私達がお世話してあげようよ? そうだ。こっちの世界を少し案内してあげたらどう? それにもう、扉閉まっちゃったし」


「え?」


 アリスがセーブポイントだった教室の扉をもう一度開けてみると、そこは異世界ではなく、ほこりまみれの汚い教室だった。


 これで明日の4時44分44秒まで、この子達はこの世界に止まらなければいけないのだ。


「……仕方が無いな。じゃあ、明日までだからな? 今日一日は絶対目だないように過ごしてくれよ」


「はい! トウヤさま、大好きです!」


 レリアは明るく笑うとオレにしがみついてくる。それにしても、今日はよく女の子に抱き付かれる日だな。


 シャリンさんに、アリスに、レリア……。


「あ、主よ。ワシも……その、なんだ? 主の寛大な心遣いに感謝してやっても……よいぞ?」


「あ、ああ。そうか。そりゃよかった」


 ツンデレ四天王はオレと視線を合わせようとせず、恥ずかしそうにしてさらに続ける。


「だからな? そ、その……来い!」


「は?」


「かかって来いと言っているのだ!」


 何だ? こんなところでこの前の続きをやろうって言うのか? ここはオレたちの世界で学校だぞ。


「いざ尋常に! ワシが……抱きしめてやる」


 両手をバッと広げ、アーシャはレリアと同じ様に抱きついてきた。意味が解らん。


「まったく、なんなんだお前は」


 オレはレリアとアーシャを引き剥がすと、2人の処遇についてアリスときらりに求めた。


「2人とも女だしな、やっぱここは、アリスかきらりのどっちかが家に引き取ってくれないか?」


 アリスを見る。すると、首をすくませ外人みたいなオーバーリアクションをとった。


「うーん。そうしたいのはやまやまだけど……2人とも、すごい私のこと警戒してるみたいなんだよね……」


 レリアもアーシャも、アリスに苦手意識があるのか、首をふるふると振って明確に拒絶の意思表示をする。


「じゃあ、きらりは……いや、やめておこう」


 きらりの家って、なんだか妖しい呪術道具や、処刑道具とか、死んだ動物の死骸とかありそうだ。……高校生の女の子に対してけっこう失礼なイメージだけど。


「はあ。しょうがない。2人の面倒はウチで見るよ。それじゃ、今日はこれで解散するか。じゃあな、アリス。きらり」


「うん! またねー!」


「は、はい。本当はこのまま田中さんのお家に行って、ご両親にあいさつしようと思っていたのですけど、これから塾があるのでお別れです……明日また……田中さん」


 アリスときらりを校門で見送ると、オレは2人の異世界人に左右から引っ張られた。


「さあ、トウヤさま! 行きましょう!」


「主よ、あれは何だ!? 鉄の箱から鉄の塊が吐き出されたぞ! ミミックか?」


「お、おい。引っ張るな!」


 2人とも肉体的な年齢はオレの倍以上のハズなのだが……精神的な年齢は子供だな。


「こいつは自動販売機だよ。硬貨を入れたら好きな飲み物が買えるんだ」


「ほう? ではワシはこの、霊薬エリクサーのような飲み物がいいぞ!」


 アーシャが自販機に興味を示したので、オレはコーラを買ってやった。


「ほら。飲んでみろ」


「これは、どうやって空けるのだ? ふむ。なるほど、これは実力で空けてみろというワシへの挑戦か、面白い!」


 物珍しそうにコーラの缶をまじまじと見つめ、アーシャは何を思ったのか缶を空中に放り投げると、刀で細かく切り刻んだ。


 空中で切り裂かれたコーラは、雨のようにオレ達に降り注ぐ。


「うむ! 美味!」


「美味じゃねえ! コーラはこんな飲み方しないんだよ! プルタブあるだろが!」


 コーラまみれになったアーシャは、恵の雨を歓迎するように天に向かって両手を広げていた。


「まったく、お前はちょっと大人しくしていろ。行くぞ、レリア。って、あれ?」


「わたくし、レリアと申します! 異世界から参りましたエルフ一族の者です! こんな所でずっと立ったままで、疲れませんか?」


 レリアはレリアで、ハンバーガーチェーン店の店先にあるピエロの人形(ドナルデ)にお辞儀をして、語りかけていた。


「トウヤさま! たいへんです! この方お顔が真っ白です! それに唇が真っ赤! いますぐに治癒の魔法を施さないと、死んでしまいます!」


「いや、それもともと生きていないから」


「まあ、ホムンクルスなのですか!?」


「いや、ただの人形だよ」


 異世界人にとってはカルチャーショックの連続なんだろうけど……めんどくせえ!

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