旅の準備をしよう!
高々に宣言してから、アリス達の顔を見る。皆黙ってうなずき、異論はなさそうだ。
「うん、まずはランドールに行って、それからだよね。そうなるとやっぱり、旅支度が必要なんじゃないかな? ここからランドールまでどれくらいかかるか解らないし、最低限の生活必需品を揃えておかないとね」
「そうだな……」
そう発言したのはアリスだった。確かに、いつでもオレたちの世界に戻れるといっても、セーブポイントはどこにでもあるわけじゃない。
確かこの前、ランドールにもセーブポイントがあるってアリスが言っていたな。
ということはだ。エルフ村を出たら、次の目的地……ランドールまで自分達の世界に戻ることはできない。食料品などの生活必需品や、できれば退屈しないようにゲームとか娯楽品を持って行きたいところだけど……これから始まるのは世界を救うための戦いだ。遊んでる場合じゃない。
「やっぱり、マンガとゲームは外せないよね! カップラーメンとポテチも買ってこなきゃ! あ! アイスも食べたいなあ……バナナはおやつに含まれるかな、陶冶くん?」
めっちゃくちゃ真剣な顔でアリスはそう言うと、腕を組んでウムムとうなった。
「こらアリス! オレ達は遊びに行くんじゃないんだぞ! そりゃオレだって、ラノベの一冊や二冊持って行きたいよ! あと、オレの見解じゃバナナはおやつだ!」
「え~!? 一日最低五時間はゲームしたいよ~! ジャンクフード食べたいよ~! ちょっとぐらいいいじゃん!」
アリスが納得できないとばかりに、オレの胸にぽかぽかと小さな力で殴ってきた。地味にダメージが小さい分、微妙にイラっとくる。可愛らしいといえば可愛らしいのだが。
「まあまあ、いいじゃないですか田中さん。休息の時間は必要だと思います。適度に肩の力を抜かないと、いざという時、出せる力も出せなくなってしまいますよ? 人間、きちんと休息を取ることも大事だと思います」
と、これはきらりの発言。なんだか、きらりにしてはマトモな意見だ。
でも確かに、ずっと気を張り詰めていてもしょうがないな。ゲームの中の勇者や英雄たちは、ただもくもくと敵を倒して村人を救うけど、オレ達は生きた人間なんだし。
「わかった。旅の邪魔にならない程度なら、娯楽品もOKしよう」
「やったあ! 陶冶くん大好き!」
「お、おい。アリス!?」
本当に嬉しいのか、アリスは皆が見ている前でオレに抱きついてきた。もちろんオレだって嬉しい。アリスの体温と柔らかさを直に感じているのだから。
だが、同時に恐怖だった。そう、皆が見ているのだ。当然その中の1人、きらりも。
「……田中さん、アリスさんが好きなのですか? そうですよね。私みたいな根暗女ウザイですもんね? 私、アリスさんみたいに胸大きくないし……」
カタカタと音がしてきらりを見ると、どっかの汎用人型決戦兵器の弐号機みたいに、カッターナイフの刃を展開していた!
「いや、これは……そう! 友達同士のスキンシップ! 喜びを分かち合うための!」
なんと苦しい言い訳か。
「友達同士……。そう、ですね。喜びも悲しみも、憎しみも苦痛も、何もかもを分かち合うのが友達ですものね」
「そう、そうだよ!」
きらりはカッターナイフをポケットに入れると、なんだかわからないけど納得してくれたみたいだった。
オレはアリスを引き剥がすと、なんとか話題を変えようと思って、きらりが持っていく娯楽品について聞くことにした。
「きらりは何か持っていくのか? ゲームとかさ」
「いいえ。何も持って行きませんよ?」
「え、ヒマにならないか? だいたい休息は必要だって言ったのは、きらりだぞ」
「必要ないんです。だって、だって。田中さんを見ているだけで私、幸せですから」
きらりはそう言うと真っ赤になってうつむいた。
なんだかオレもそんなこと言われると、すごい恥ずかしい。
「田中さんがごはんを食べている姿も、寝ている姿も、呼吸している姿も、あくびしている姿も……ずっとずっと、見ていますから」
恥ずかしいと思っていた気持ちは、そのセリフを聞いた途端、恐怖に様変わりした。ていうかそれ、冗談だよね?
「まあとにかくだ。一度オレたちの世界に戻ろう。各々準備を整えて、もう一度こちらに戻ってきたら出発ってことでいいか?」
「はーい!」
「わかりました」
アリスときらりの返事を聞くと、オレ達はシャリンさんに別れを告げ、世界樹を離れることになった。
「あ。そうだシャリンさん。この指輪なんですけど」
だが、アリスがぱくったとされる指輪を思い出し、他の面々を先に戻らせオレは一人残った。
「あら、それは……制約の指輪ですね? 確かに村人から紛失したとの話を聞いていましたが、トウヤのところにあったのですか」
「すみません。アリスが勝手に持ち出してしまったみたいで。お返しします」
そう言って指輪をシャリンさんに返そうとしたが、シャリンさんは気持ちのいい笑顔で「いいえ。それは差し上げます」、と言ってくれた。
「いいのですか?」
「ええ。それは魔力を押さえ込み、蓄えておくことができる魔法の指輪。あなたにはうってつけの道具だわ。ユリコもそれをはめて旅に出たのよ?」
「そうですか……母さんも」
「トウヤ。自分達の世界に戻るのなら……ユリコによろしくと伝えてもらえないかしら? 私にとってあの子は娘みたいなものだったから」
「はい。わかりました。それでは」
オレは頭を下げ、世界樹を後にし、皆とセーブポイントへ向った。
そしてセーブポイントの前で、レリアとアーシャにしばしの別れを告げ、オレたちは自分の世界へ戻る。
「ただいまおかえりー!」
オレンジ色に染まった廊下には、運動部の掛け声が聞こえる。中庭を見れば、今日も爆破したくなるようなバカップルが、ベンチでけしからんことをしていた。
「帰ってきたな。それじゃ、各自いったん解散して――」
無事帰ってきて安堵したオレは、一瞬言葉に詰まった。なぜなら。
「ほう? ここが主の世界か。ところでここはどこだ? む!? 何だあの鉄の鳥は! 魔力で飛んでいるというのか!?」
「わあ! なんだか大きな建物ですね! トウヤさまのお城ですか?」
足元に異世界の幼女どもが勝手に付いて来ていたからだ。




