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「その鎧を脱ぎなさい」
ハンナに命令を下すのは、この国の王女マルレーンだ。
「これから勇者アロイスと共に旅に出るのは私よ」
王女の言葉に年齢以上の幼さを感じてハンナは苦笑いが出そうなのを堪えて微笑みを返す。
「私が勇者を支えて魔の物を討つのだわ」
憧れを滲ませた彼女の言葉に、ハンナは否定も返さず、まずは手甲を外した。
「では、まずはこれを御身にお付けください」
ハンナは恭しく手甲を差し出す。
「何をぐずぐずしているの?」
王女はさっさと全部脱がないかと言いたげだったが、素直に差し出された手甲を受け取ろうとした。
「お、重くて持ち上がりませんわ……!」
そうだろう。とハンナは思う。彼女の華奢な細腕には筋肉と呼べるものはついていない。きっとカトラリーより重いものは持ったことがないのではないかとハンナは考える。
「いいわ。だったら、あなたがこれを私につけさせなさい」
「はい」
ハンナはうなずいた。台を持って来てもらい、その台の上に王女の腕を置いてもらう。その腕にハンナは手甲を付けていった。
「……腕が動かせませんわ」
王女の顔が困惑に染まっている。
「こ! これは、その鎧を全部身に着ければ、楽に動かせるように鎧が力を貸してくれるんでしょう!」
「いいえ。ただ己の体を鍛えてその鎧を着れる筋量を備えて初めて鎧の重みに耐えられるようになるのです」
「そ……」
王女は何かを言いかけたが、途中で言葉を失くした。
「この鎧、他の衣服を身に着けることができないのですが、暑さ寒さにはひたすら我慢して耐えねばならないのです。鎧の加護のおかげで熱傷や凍傷になることはないのですが」
ハンナの言葉に、王女の顔から血の気が引く。
「なにかをはおれればもっと楽なんでしょうけど、鎧に着けられるマントが精一杯なようです」
ハンナは淡々と事実を語る。それに伴って王女の表情が打ちのめされたように一変していく。
「その鎧を着けていて、恥ずかしくはないの。それに耐えられるように、精神が強化されるとか……」
「恥ずかしさはありますね。ただ耐えるだけです」
当初王女の目に合った希望はすっかり影を潜めていた。部屋の隅で控えていた女官の表情がほっとしたものに変わっている。
王女の心変わりを喜んでいるようだった。
それでいい、とハンナは思う。女官の表情と同調した。
「殿下、私共の真似事など殿下はなさらなくてよろしいのです。魔の物を討つなど、野蛮なことなど、どうぞ私たちにお任せください」
ハンナの言うことに王女は言葉を返せず、顔を俯けて視線をうろうろとさまよわせる。
この方はまだ幼い。こんな幼い方に、こんな重荷など背負わせたりはしない。
ハンナはそう思う。
「殿下は泥臭いことなどされずとも良いのです。光が当たり、穏やかな世界で健やかにお過ごしください。それこそが、この国の安寧へとつながるのです」
「……苦しんでいる者がいるのに、それを無視し続けるなど」
「私共がその分がんばります。ぜひ、行いを見守っていてください」
「ただ見ているだけ……」
「それでいいのです。私は、平和に過ごせるべき人は平和に過ごすべきと思います。平和を知る人が平和を大事にする。それこそが、肝要だと思っております」
ハンナが思うのは、前世の自分達のこと。前世では戦争を遠い世界のものとしか思っていなかったが、だからこそ戦争をしたいなどとは思いもしなかった。
子供が幸せに大人になっていける。それこそが理想であり、あるべき世界。
「あんなひどい味や噴き出した体液を浴びる不快感を知る者など少なければ少ないほどいいのです」
「味……?」




