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「近……」
ハンナが目を覚ますと、目の前にアロイスの顔があった。寝返りをしてここまで来たのか、とハンナは動じずにその事態を受け止める。割といつものことであった。
「お、早いな。もう少し寝てても良かったんだが」
「でも、そろそろ交代の時間でしょう」
見張りをしていたゲオルグにハンナは声をかけた。まだ休んでいていいと言われたが、ハンナはもうすっかり目が覚めてしまった。なので、少し早いが交代してもらうことにした。
「こいつは、また……」
天幕に入ろうとしたゲオルグがぼやいているのを聞きながら、ハンナは体をぐっと伸ばす。何度か体をほぐした後、ハンナは中空に拳を打ち込む。ただじっと座っての見張りも退屈なので、軽く鍛錬の時間にしようとしていた。
ゲオルグはその様子を少し見ていた。感心なことだとハンナに対し敬意を持った。
「王城で勇者一行を招いての宴だあ~~?」
ヤンは旅の途中でそんな噂を聞いた。それを聞いて、彼はケッと苛立ちを表に出した。
「羨ましいのか?」
ヤンに問いかけるのは騎士デニスだ。デニスはヤン達の危機を救った後、ずっとヤンと行動を共にしていた。
ヤンが固辞しても、デニスはいいからいいから遠慮はするな、と言ってずっとヤンについてくる。ヤンとしては、こんなはずではとの思いがある。
ヤンと行動を共にしていた少女たちは己の力不足を痛感してからは、一線に立つことを止めてヤン達の補給に務めていた。
「そんなに羨ましいものでもないと思うぞ」
デニスの言葉にヤンは何? と片眉を上げる。
「王侯貴族たちの集まりに招待されてるんだろ。彼らと交流を深めるというよりは、ほとんど見世物になるもんだと思うぞ」
「見世物って」
「珍獣扱いってことだよ。多分、上等な衣装なんかは用意されていない。いつも通りの格好で彼らの前に立たされてあいさつさせられる。そのまま数時間じろじろ見られながら過ごすことになる。飲み食いも満足にできない」
デニスの言葉にヤンは想像して気まずそうな光景にう~~んと唸る。
「何のためにそんな場を」
「王侯貴族側は勇者たちをちゃんと支援してますよと言うポーズが民に対して取れる。勇者たちは上手くいっていなかった補給を王侯貴族から受けられる。相互にメリットはある」
アロイス達勇者一行は壇上で並んで立っていた。
「あの盾が伝説の」
「防御力が上がるだけでなく、衝撃や魔法を反射し攻撃にも転じることができるという……」
「勇者の身に着ける腕輪は例のダンジョンから見つかった遺物か」
「あの女戦士の鎧は」
貴族が遠巻きに勇者たちを見て好き勝手に話している。その間、ハンナ達は飲み食いもできずただ立って笑っているだけだ。
彼らよりさらに上段には王族達が座ってその様子を眺めていた。
変な光景だなあ、と思いつつハンナ達は言われた通りの手順を守り、壇上に立ち続けている。
「これより、勇者御一行との交流を始めます」
と合図が出され、ハンナ達は壇上を降りた。立食や団欒をしている貴族達の中へと入っていくようにと言われる。そこで、ハンナはアロイス達に引っ付いていこうとしたが、彼女は別で呼び出されて別室へと通された。




