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「あの娘の鎧、加護有りの上等なものとはわかるが、見た目は何とも頼りがないな。肌を見せて戦うのは心許ない気分になる」
「あの鎧は職人が女神に願を込めながら作っていったものだそうです。本当は腹部分も作る予定だったそうですが、途中で力尽きたのだとか。それであの見た目になったのだと。しかも、願の掛け方でおかしくなったのか他の鎧や衣服すらも身に着けられないのだとか」
宰相が王の疑問に、調べた伝記を答える。
「あの娘が身に着けている鎧、防御力が過剰なほどに高いのだろう? あの娘から取り上げて国軍の強者に着せてみてはどうか」
「陛下、それはお勧めしかねます」
王の勝手極まりない発言に宰相は反論を返す。宰相が反論をしたのは勇者一行を慮ってのものではなかった。
「あれは、復讐神としての側面も持つ女神の加護が備わったもの。あの鎧の適性のあるものは、正義心と共に妬心や怒りを増幅させられ、戦いに身を投じ続ける化け物にされると聞いています」
王や宰相は知らなかった。王女がその鎧に魅了され、自分がそれを身に着けると言い出していることを。また、王女の筋肉のなさから鎧の使用に耐えられず、戦い続ける化け物の道から逃れられたことを。
物資の不安もなくなったので、勇者たちアロイス一行はこれが最終戦だと決めて進んでいく。
「ああ。いよいよだな」
彼らの行く手の先の空、山肌、地に至るまでが黒々と染まっている。一体一体は紫から灰色の淡い体色の化け物が無数に集まって、黒く染まって見える。無数。数えることなど不可能だった。
地獄が目前に静かに広がっていた。
「じゃあ、行くか」
「おう」
「うん」
三人はそれぞれ、力を溜め、攻撃の準備に移る。普段なら順番に攻撃を繰り出すが、これだけ広範囲に異形が広がっている。そんなことをやっていられない。
「ブライトスラッシュソード!」
アロイスの剣が光り、斬撃が飛んでいく。
「ホーリーリフレクト」
ゲオルグが盾を光らせ、それを持って突撃する。、
「サンダージャッジメントチェーン!」
ハンナが腕に装備した鎖は、王女マルレーンより賜った王家の秘宝だ。神聖なる雷が放たれ悪を打ち、縛るという。
斬撃が異形を切り裂き、盾にぶつかった異形は弾け、雷を纏った鎖に打ち付けられた異形はぼとぼとと地に落ちる。
「焼け石に水だなあ」
そう言ったのはアロイスなのかゲオルグなのか。全員の心の声であるのは間違いなかった。
本当は一人で戦いたかった。
アロイスは内心で忸怩たる思いを抱えていた。世界を救う圧倒的な力など、持っていない。何が勇者だ、と。
その思いをハンナ、ゲオルグに吐露したことがある。ゲオルグは馬鹿だな、と笑った。ハンナは黙ってただ頷いていた。
多分、この三人は全員が同じ思いを抱えている。本当は、一人で戦いたい。他の犠牲など出したくない。泥をかぶるのは、血を流すのは一人でいい。だが、それを実現するための力が己にない。
そんな悔しさを共有している。その悔しさをぶつけながら、ひたすら戦っている。




