真実
というのも事前に真実を聞かされていたのです。勝頼の忍びによって。
少し遡ります。足利義昭の隠れ家では、泣き止んだお市が家の中に戻ってきていました。徳がうまく慰めたようです。勝頼が本物の伊那勝頼である事も信じてくれました。
「さて、お市殿も戻ったし何があったか話してくれ」
忍びは吾郎の配下で勝頼が信頼している者でした。話し始めようとしたその時、
「待たれよ」
後ろから声がして振り返ると、そこには甚内がいたのです。あの上杉謙信の忍びで今は勝頼に付いています。
「甚内!いつの間に。いつからいたのだ?」
「それがしは空気のような者ですのでお気になさらずに。そこの忍びですが優秀ですな、秀吉に気付かれずにいい仕事をしていました。ですが最後、敵に気付かれそうになったので途中で目を離さざるを得なく、見る事ができなかったのです」
「そうなのか!」
忍びはうなづきます。甚内は続けます。
「それがしがお話いたしましょう。おかしなところがあったら、付け足して下され。確か六郎殿でしたな」
忍びは名前を言われて驚いています。六郎は甚内の存在を勝頼から聞かされていましたし、上杉の甚内と言えば忍びの世界では有名です。ですが、名前を知られてはいないはずなのですが。あの場に甚内がどこかに潜んでいるだろうと思ってはいたのですが六郎には見つける事ができませんでした。
「京極高延の兵に襲われて浅井長政隊は殆どが殺されました。京極の兵も多くが死にましたがこちらは死ぬ事を恐れていない戦い方でした。。むしろ死に場所をここと決めて戦っていたようで何かが乗り移ったように強い兵達でした。秀吉が飛び込んで来なくても長政は討ち取られていたでしょう」
??討ち取られたんじゃないの?
「秀吉とその兵が乱戦状態のところに飛び込んできて長政側に付きました。お互いが入り乱れる中、背後から長政を殺したのは秀吉です。それを正面から見ていた京極の兵達は秀吉の兵に全員殺されました。気がつくと長政、京極双方の兵は全員が屍になっていました。目撃者を全員殺したのです。怪我をして呻いている者も全てトドメをさされました。六郎殿は秀吉が直接手を下すところを見ていません。六郎殿が敵の物見から離れて戻る間に起きた事です」
それを聞いてお市は顔が真っ青になっています。
「秀吉が、秀吉が………、」
うわごとのように繰り返しています。
「甚内、六郎、ご苦労であった。さて、義昭様。こうなってしまっては信長のところに行くしかなさそうですが?」
「十兵衛。伊那殿のいう通りだと思うが?」
「はい。ですが、いまの話は知らなかった事にいたしましょう。秀吉という男は信用できませんが、まずは織田信長に会うことが先決かと。小谷城で秀吉を待ち構えましょう。我らのことより浅井家が心配です」
お前が言うな!勝頼は腹の中で叫びました。浅井の家は久政は健在だし他に子供もいるからなんとかなるだろうけど、この後の生き方は難しい。朝倉との関係もあるし。
それとお市です。妊娠9ヶ月、もうじきお子さんが産まれるのに未亡人。信長がお市をどう扱うのか?それにお市は真実を知ってしまいました。これが信長に伝わるとどうなるのか?それも面白いが聞いた信長はどうするのかね?勝頼は、
「お市殿。冷静に考えれば、秀吉が間に合わなかったらその京極とやらに長政殿は討ち取られていたでしょう。どのみち助からなかったのです。冷たいようですが秀吉がいなくても死ぬ運命だったのでしょう。秀吉を庇うわけではありません。秀吉という男には会ったことがありますのでお市様が嫌うのもわかります。ですが決して短気を起こさぬよう。ただ秀吉は長政殿が憎かったようですね。さて、十兵衛殿」
「なんでございますか、伊那様?」
「元を正せばお主の考えから発している。このまま皆様が武田へ来れば浅井家は無くなってしまうだろう。将軍家として浅井家を守ってほしい。それからお市殿もだ。ご本人の気の済むようにしてやってくれ。信長のところへ戻るのも良し、浅井に残るのも良しだ。だが、秀吉は近づけるな。何が起きるかわからん」
「承知仕りました。できる限りの配慮をいたしたいと存じます。上様、よろしいでしょうか?」
「構わぬ。お市殿には辛い思いをさせてしまった。今の余には何もできんが必ずこの償いはする。それで伊那殿」
「はい。それがしの事でしょうか?」
義昭は頷いた。勝頼はこれからどうするかを話し始めました。
小谷城の会談している部屋、その屋根裏で勝頼は首を傾げています。なんで今頃?か。何か裏があるのかも知れないな。偶然かも知れないけど。部屋では話が進んでいきます。
「木下殿。織田信長殿は余と共に上洛する意思はあるのか?」
「もちろんでございます。信長様からは義昭様をお守りし、岐阜城までお連れするよう申し使っております。この度、六角の城を攻めたのも上洛の道を安全にするためでございます。ご準備が出来ましたらすぐにでもご案内仕ります」
「あいわかった。ではこのまま旅立とう。細川、十兵衛、良いな」
『はっ! 』
「それから浅井殿、この度は迷惑をかけた。すまん、浅井家への恩はこの義昭、生涯忘れんぞ。世話になった。朝倉へは余から文を出しておこう。戦のない世を作るためにだ」
義昭一行はそのまま小谷城を出て美濃へ向かいました。途中で小一郎が連れてきた兵千名と合流して。秀吉はご機嫌で、お市がいない事に疑問を持ちませんでした。どこかで泣いていると思っていたのです。




