虚実
浅井長政は兵100名程を連れて自分の城、小谷城へ戻ろうとしています。ここから自領までは敵勢力はいないはずですが、六角義賢は甲賀へ逃げたとの話もあり油断はできません。
秀吉は長政を見つけてすぐに進軍を止めました。どうしてやろうかと考え始めたのです。頭に血が上って慌てて追いかけてはきたものの、信長と仲のいい長政に直接手を下すことは流石にできません。このまま長政の護衛として一行に加わり足利義昭を引き渡してもらう。その後、秀吉の兵と共に義昭を信長の元へ派手に連れて行くというのが妥当なところか?ええーい、それでは面白くないわ!頭の中で一人で騒いでいます。
何か長政をギャフンと言わせる手はないであろうか?わしには何も言わず、殿に直接助命嘆願でもしたのだろう、あのクソ長政!お陰で無能呼ばわりされたではないか!胸糞わるい!
とりあえず長政隊に付かず離れず進み始めました。そうしていると半刻過ぎた頃、長政の兵に襲いかかる者達が現れたのです。
「これだーも、全軍一気に進めー!」
秀吉が叫ぶと同時に駆け出したのを見て、慌てて兵が続いていく。なにかが起きた。走りながら秀吉の頭に中に閃くものがあった。絶好機!
長政に襲いかかったのは、京極高延でした。京極氏は以前は六ヶ国の守護を任されたほどの名門でしたが徐々に衰退していきます。北近江に勢力を残していましたが、弟の高吉と仲が悪く、京極家は分裂します。近江の勢力争いで六角・京極高吉 対 浅井・京極高延で戦をし勝ちはしたものの、その後浅井に追い出されてしまいます。弟の高吉はその後生き延びて、三雄の歴史ではその子供が京極高次となるのですが、ここではどうなるか?
京極高延は浅井家に追い出された後、家族とも縁を切り潜伏し浅井家へ復讐する機会を狙っていました。と言っても総勢30名、これが動員できる精一杯ですが皆、昔からの歴戦の武者です。勝手知ったる近江の地です。情報はいくらでも入ってきます。おそらく今日、長政は少数でここを通る、と長政が通るのを待ち構えていたのです。
「殿、奇襲です。お逃げください」
「なんだと、どこの手のものだ?」
いきなり矢を打ち込まれ、斬り込まれた浅井の兵は体制が整う前に30人が死傷しました。なんとか応戦しますが、相手は死を恐れていないようで斬られても倒れるまで攻撃をしてきます。敵の大将の顔が見えました。長政は驚きながら、
「生きておったのか。とっくにくたばったと思っていたが」
「長政、わしはここで死ぬぞ、貴様を殺してな。いけー、全員必ず殺せ!」
長政隊は不利でした。味方がどんどん倒れていきます。もうダメか!と思ったその時に、
「助太刀いたしますぞ、長政殿!」
秀吉が駆け込んできたのです。
小谷城へ秀吉が長政の首を持って現れたのは、お市が義昭の隠れ家に着いて3時間程後のことでした。秀吉は早馬で先に伝令を走らせていたのです。お市は長政が死んだとだけ聞かされて気が動転してここに来たのでした。
城では足利義昭、細川藤孝、明智十兵衛が、長政の父である浅井久政とともに待ち構えていました。
「これはこれはお揃いで。織田信長の家臣、木下秀吉でございまする。義昭様にお目にかかれて恐悦至極にございまする」
「挨拶はよい、まずは浅井長政殿の首を持ち帰ったと早馬の使者が申しておったそうだが誠か?」
義昭は先ず、それを問いただします。
「はい、これにございます」
秀吉は木の箱に入れてあった首を取り出した。それを見た浅井久政は、顔が真っ青になり嗚咽し始めた。義昭は少し待ってから、秀吉に聞いた。
「なにがあったのか申せ」
「はい。観音寺城を落とした後、信長様と長政様で酒を酌み交わした時に足利義昭様がご領地に滞在されているとお話になったそうでございます。それがしは翌日それを聞かされ、義昭様をお迎えに行くように命令され、先に出発された長政を追いかけておりました。追いついた時にはすでに戦闘になっていて長政様は討ち取られた後でございました」
「襲われたと申すか!」
「襲った連中は我が兵が全て片付けました。その大将らしき者の首がこれでございます。それがしには誰だかわかりませんでしたので持参いたしました」
その首を見た浅井久政は、
「こ、こいつ、いやこのお方は!生きておったのか」
驚いている久政に義昭は、
「存じておるのか?」
少しの沈黙の後、大きく息を吐いて
「六角高延様でございます。以前は主筋でしたが、前の戦の後、行方不明になっていたお方です。この人なら当家に恨みがあっても不思議ではありません。が、なぜに今頃?」
屋根裏に潜んで盗み聞きをしている勝頼はその言葉の意味を考えています。なぜに今頃?
秀吉の話は筋が通っていました。普通に聞いたら信じる事でしょう。この場で信じたのは浅井久政と浅井家の家臣達だけでしょうけど。事前に知らされていた者達は秀吉という男がこういう人間だと心に深く刻み込みました。
『こいつを信じてはいけない』




