菊の嫁入り
勝頼は上杉謙信と同盟を結ぶ事に成功しました。甲斐に戻って信玄に報告した後、菊姫に会いに行きました。菊姫の母は五郎盛信と同じで、油川のお方と呼ばれている美人です。待女に訪問する事を話しした後、部屋に通されました。
「菊はいますか?おお、お松ではないか。相変わらず元気だな」
「兄上。兄上こそお元気そうでなによりです」
出迎えてくれたのは末の妹、松でした。松は明るくて元気な子ですが、ふと三雄に聞いた事を思い出しました。松は織田信長の嫡男と婚約をしたが結局結ばれなかったという事をです。菊にはいい縁談が決まりました。松にもいい縁談をと考えていると、菊が戻ってきました。菊は大人しいお嬢さん系です。
「兄上、今日は何用でございますか?最近いらっしゃらないので松が寂しそうにしていました」
「姉上。姉上の方こそ寂しそうでしたよ。松はいつも元気ですからねー」
よくわからない会話だがまあ子供だし。勝頼は本題に入ります。油川の方を含めた4人で話を始めました。
「実は、菊に縁談が決まりました」
油川の方は驚いたように、
「菊はもう12歳です。縁談があってもいい年ではありますが、また急にですね。お相手はどこのお大尽ですか?」
「お方様、お大尽と言いますか何と言いますか、実は上杉謙信公の養子、景勝殿です。上杉家の……」
「何ですって。勝頼殿、上杉といえばお屋形様の敵ではありませんか?そんなところへ何ゆえに?まさか菊へ人質になれというのですか?」
「お方様、落ち着いて下され。それがしは上杉の居城、春日山城へ行ってまいりました。目的は武田と上杉の同盟です。その証に菊が上杉の跡継ぎ候補である景勝殿に嫁ぐ事になったのです。仰るように人質の意味合いもありますが、これは良縁。菊、良いな」
菊は黙って聞いていました。そして、
「兄上、景勝様はどんなお方ですか?お会いになられましたか」
「うむ。賢そうな男であった。ちょっと食いしん坊だが。例のソーセージを喰わせたら飛び上がって喜んでいたぞ」
「元気なお方なのですね。いつかはこのように嫁ぐ日が来ると思っていました。思ってたより早かったですが。兄上、嫁ぐ時は付いてきてくださいませんか?」
「菊、勝頼殿は忙しいのです。無理を言ってはいけません」
油川の方は菊をたしなめますが、勝頼は
「出来るだけ善処しよう。ならば次の戦が始まる前に、あ、そうか。あれも持って行かなきゃいけなかったんだ。菊、俺も行くぞ、安心しろ」
勝頼は謙信との約束を思い出しました。中砲をお土産に持って行かないといけないのです。勝頼はさっさと結婚式の日取りを決めて段取りを進めます。そうしてから遠江へ出向き、三雄との定例会に行きました。
話は諏訪原城に戻る、いえ、進みます。三雄と勝頼が会っているところです。
「というわけで、この後菅山村へ寄ってから古府中へ戻り、春日山に菊を連れて行きます。その後は、信豊、内藤に兵五千をつけて上杉の応援に出します。関東は北条と上杉で分けました。下野の国衆を改めて制圧後、出羽へ攻め入ります」
「内藤は上野にいるだろう?上野の武田領は安泰なのか?」
「はい。返さなくてもいいそうです。ただ、これから出羽を攻めますが恩賞は期待できません。それと同時に北条が佐竹を攻めますが、里見が邪魔してこないよう牽制するのに武田水軍も使います」
「随分と戦力が分散するなあ、いいのかそれで?」
「はい。その隙にある事を計画しています。私は飛騨を抜けて越前へ行きます」
「ははあ、わかったぞ。うまくいくのかそれ?」
「さすがは三雄殿。お分かりになるとは。危なかったら逃げますよ」
勝頼は菅山村へ寄って視察したあと、萩間川から小舟に乗って海へ出ました。そこで大船に乗り換えて大崩にある造船所に向かいます。船には木の樽に入れた石油も積み込みました。
造船所には徳、半兵衛が来ていました。この造船所の従業員は駿河で集めた鍛治師、大工の他に高遠の工場から連れてきた技術者がいます。ここで働く者は皆、帽子をかぶっています。従業員はランク付けがされ、そのランクを表すために帽子に線が入っています。線の数は三本、二本、一本、色は黒、茶、赤があり、赤の一本が初心者を表しランクが上がると赤二本になります。黒の三本が最上位で今のところそのランクにいるのは徳だけです。半兵衛は黒一本、武藤喜兵衛は茶三本というランクです。高遠からきた者達は教科書を使った授業を受けていたため、皆茶色レベルになっています。駿河で採用した人の中にも優秀な者は茶色線になっていて、ランクが上がると給料が上がるため、皆必死に勉強しています。
月一回技能テストが行われ、そこでは昇級のチャンスが平等に与えられます。元は教科書知識ですが、この時代に教科書の内容は革命的です。電気もガスも自動車どころか自転車すらないのですから。さて、勝頼の船が到着しました。
「徳、きたぞ。お前この後俺と一緒に春日山城に行くから、ここの世話は次郎衛門に任せるように。そもそもなんでお前がでしゃばってるんだ?」
「いやですわお殿様。諏訪湖で実験していたのは私ではございませんこと、オホホホホ」
「…………………、なにそれ?」
「だ〜か〜らー、あたいが設計したんだからいてもいいでしょ?作るのは次郎衛門だけど」
勝頼は次郎衛門を呼んで、
「そうなのか?」
「はい。お徳様は素晴らしいお方です。図面を引かれたのを見せられた時には稲妻を浴びたような衝撃を受けました。諏訪湖での模型実験にも参加されています」
「いつの間にそんな事を?」
「殿が古府中で子作りしてる時よ!」
そんな言い方って、まあしてたけど。
「あたいが古府中に行かないで高遠に残ったのは船、だけではないけどね、色々と作るものがあったのです。でも、きっと殿のお役に立ちますよ。正妻なんかにゃ負けないわ♫」
歌い出した徳を放っておいて次郎衛門に指示を出し、従業員一人一人に声をかけた後、駿府城経由で古府中へ戻りました。
ここに新兵器開発担当の次郎衛門が来ているのは、研究所毎引っ越したのです。高遠に残っているのは塩硝製造村と食料関係、水車、それと水車を使った蓄電池の工場です。これらは技術的には確立しているので、作るだけの要員と管理者を残しています。開発能力に長けた者達はこの大崩に引っ越してきていました。中砲や桜花散撃、火縄銃もこの大崩で生産を始めています。そして新たな秘密兵器も。




