春日山城
勝頼一行は川中島を抜けて、越後へ入りました。事前に訪問する事は伝えていたので途中問題もなく春日山城へ着くことができました。城へ入ると勝頼と武藤喜兵衛は隅の方にある小さな部屋に通されました。謙信の時間が空くのをここで待つようです。そこにひとりの男がやってきました。
「勝頼殿か?上杉景虎という。一応親戚なんだよな、どっちが兄かはわからんが」
現れたのは上杉景虎と名を変えた北条氏政の弟です。勝頼も氏政の義弟なので兄弟という事になります。
「景虎殿ですか。初めてお目にかかります。伊那勝頼です。どうですか、越後の暮らしは?」
「冬が寒くてかなわん。雪に埋もれるなんぞ経験した事がなかったのでな。話には聞いていたが同じ海側でもこうも違うものなのかと実感したよ」
「甲斐も雪は降りますが越後に比べれば大人と子供くらい違うのでしょうね」
武藤喜兵衛は黙ったまま景虎を見ている。値踏みしているかのように。
「さて、勝頼殿は何をしに来られたのだ?武田と上杉は宿敵、そこに跡取りが使者でやってくるという。そんな危険を犯してまでわざわざ勝頼殿がくるのには理由があろう?」
「もちろんです。それは謙信公とご対面した時にお話いたします」
「それがしには話せないと?」
「そうではありません。話をするのにも順序があります。景虎殿こそ何をしにいらしたのですか?それがしの顔が見たかったのですか?」
「その通りだ。北条の父上が勝頼殿をそれはまたえらく褒めておった。滅多に人を褒めぬあのお方がだ。会ってみたくなって当然であろう。いい面構えをしているし、敵地に入ってこれだけ堂々としているところもいい。武田は上杉とも手を組みたいというところであろうが、殿が何というかだな。しばし待たれよ。もうじき前の客が帰る頃だ」
「お客人ですか?」
「ん、そうだな。兄弟のよしみで教えてやろう。織田信長からの使者だよ、木下秀吉とかいう猿みたいな顔をしたへりくだった男だ」
「!!!」
そんな事が!喜兵衛は誰だかわかっていないようですが、織田からの使者が来ている事に驚いています。
しばらくすると、小姓が呼びに来ました。
「伊那様、こちらへどうぞ。殿がお待ちです」
長い廊下を歩いていくと前から猿顔の男が歩いてきた。廊下で道を譲りやり過ごそうとすると、
「どちら様でございますか?」
「そちらこそどちら様で?」
武藤喜兵衛は冷静にカウンターで返します。秀吉はニヤッと笑って、
「これは大変失礼をば致しました。それがしは織田信長様の一の家臣、木下藤吉郎秀吉と申すもの。では、そちらは?」
秀吉は喜兵衛ではなく勝頼を見て聞いた。
「伊那勝頼と申します。織田様といえば、朝倉義景様と戦中と聞いておりましたが一の家臣である木下殿はここで何をしておられるのですか?」
「いやいや、朝倉なんぞは織田軍の敵ではございません。それがし一人くらいいなくてもちょちょちょいのちょいです。伊那殿と申されたな?もしや信玄公の?」
「はい。信玄は父ですが」
「これはこれは偉いお方にお会いできましたな。織田と武田は同盟国、今後もよしなにお願い申し上げまする。雪姫様にはお会いした事はないのですが、殿の妹、親戚に至るまで皆美女でございます。盛信様に嫁がれた雪姫様、一度お会いしてみたかったものです」
「…………、それでは急ぎますのでこれで」
「いやいやもう一つ。武田と上杉は宿敵のはずではござらぬか?そちらこそここで何を?」
「それがしの婚姻時に謙信公からお祝いを頂きまして、本日はそのお礼に参りました。ずっとお伺いしなければと思っていたのですが、なかなか来れず」
「それはお忙しい事でしょうからな。武田は四カ国の大大名、そのご嫡男であれば忙しくて当然。いや引き留めてしまって申し訳ない。それではこれで」
秀吉は離れていった。喜兵衛は呆れている。なんだあれ?って顔をしている。
「喜兵衛、お前はすぐに顔にでるな。それは直せ、そうだ。徳に言って芝居の稽古をつけてもらえ。感情を表に出さない、好きな時に喜怒哀楽を表現するんだ。将には必要な能力だぞ」
謙信の小姓は奥の方へ歩き出しました。勝頼達はついていきます。大きな部屋の前で立ち止まり襖を開けました。
「中でお待ちください。すぐに呼んで参ります」
部屋は50畳くらいの大広間だった。座って30秒もしないうちに謙信が入ってきた。威圧感、そうだ、あの川中島で感じた威圧感を感じて背筋が寒くなった。
「上杉謙信である。初めて、といえばいいのか、勝頼殿」
「直接お会いするのは初めてでございます。伊那勝頼でございます」
「武藤喜兵衛と申します」
「お主ら、川中島にいただろう。善光寺の兵を可愛がってもらったようだが、あの時の仕返しをする機会をわざわざ与えてくれるとはな、信玄は何を考えている?」
「正直に申し上げます。あの時、あそこの山にいたのはそれがし、そしてこの喜兵衛以下の兵です。今日参ったのはお祝いのお礼とご提案があって参りました」
「このまま無事に返すと思っているのか?」
「はい。上杉様は義にお厚いお方と伺っております。戦の場ならまだしも、使者として正式に参ったものを罠にかけるようなお方ではありません」
「ふん、随分買いかぶったものよ。さっき、そこで猿のような男に会わなかったか?」
「先程廊下ですれ違いました。織田信長殿の家臣で木下秀吉と名乗っておりました」
「織田が何をしに来たと思う?」
「武田の足止めですか?」
「ほう、信玄の子は頭が回るようだ。織田は将軍を担ぎ上げようとしている。傀儡としてな」
「足利義昭様は越前にいると聞きました。織田と朝倉は将軍の取り合いをしているようですが、それがしには朝倉は将軍を手放したいと思っているように見えます」
「どうしてそう思う?」
「義昭様は武田に上洛せよと言ってきました。おそらく各大名に同じ文面の依頼が来ている事でしょう。上杉様にもきているのではないですか?」
「来ている。それで?」
「足利将軍家には力が無いのです。自分を担ぎ上げてくれるのなら誰でもいいと思っているような振る舞い、匿っている朝倉の立場がありません。放り出したいのですが、織田にくれてやるのも面白くない。織田を打ち負かしてその後で出てってもらうという筋書きでしょう」




