攻撃開始
信玄は驚いています。見事な作戦でした。ですが今は軍議中です。息子の素晴らしさに喜んでばかりもいられません。冷静さを装い、
「今、勝頼が策を述べたが意見を聞きたい」
内藤修理はこりゃ参ったという顔をして、
「伊那殿の策に同意いたします。搦め手はそれがしに任命いただきたく存じます」
内藤修理は五ヶ月の間、城に降伏要求をしていたが成果が出せていません。ここでいいところを見せないと格好がつかないのです。勝頼の作戦には他の武将達も誰一人反対しませんでした。忖度ではありません。作戦が理にかなっていたからです。勝頼が頭がいいというのは話には聞いていましたが、初陣で始めて敵の城を見たのに的確な意見を述べたことに驚きが隠せません。まるで百戦錬磨の将のようです。義信が死んだ事による不安が一気に吹き飛びました。
信玄は兵の配置を決めました。搦め手大将には勝頼が任命され内藤修理、跡部勝資が付いています。意見を言ったのですから当然ですね。堀から侵入するのは逍遙軒信廉、甘利左衛門尉、原昌胤で、山県昌景は信玄とともに本陣にいて指示を飛ばす事になります。
「いいか勝頼。手柄を立てようと思うな。また、お前は大将だ。どんと構えていなければならぬ。自らが敵を倒そうとするでないぞ」
「父上。私は諏訪の山で鍛えてきました。そこいらの兵には負けませんが仰る事はわかります。身体ではなく頭を使います」
勝頼は食事がいいからか体格ががっちりしていていかにも強そうです。信玄の小言を聞きながら、でも何かあったら戦うよね、と心の中では思っていました。初陣というのは手柄を取るために無茶をしてしまうのです。信玄はそれを恐れてつい父親としての発言をしてしまいました。勝頼はそれはわかるけど、身の危険は払うよね、そうなったらだけど、と戦う気満々でした。
翌日から武田軍は一斉に外堀を埋め始めました。たまに城からの銃撃はありますが竹襖で防御しているので被害はありません。2日で堀を埋め終わり、堀の後ろに逍遙軒が陣を敷き搦め手側にも勝頼が陣を構えました。それを見た城側はいよいよ攻めてくると軍議を始めます。
箕輪城にはあの有名な上泉伊勢守が城主、長野業盛に逃げるよう説得をしています。
「敵は搦め手から攻めてくる様子。我らは搦め手から出て伊那勝頼を討ち取ります。せめて一矢報いますゆえ、その間にお逃げください。生きてさえいればお家再興は可能でしょう」
「どこへ逃げるというのだ。頼りにしていた上杉輝虎は助けをよこさない。余も出陣し敵に一矢報いるぞ」
「なりませぬ。それは家臣の役目。この城には上野十六槍と言われた猛者が多数おります。初陣に手柄を上げようとしている若造の命を取り、信玄の泣き顔をあの世から見てやります。我らに任せて殿はお逃げくだされ」
「いや、余はここから動かん。皆の死を見届けた後潔く自害しよう。伊勢守よ、勝頼を討て」
「はっ!」
上泉伊勢守は業盛をなんとか逃がしたかったのですが、本人の意思が堅く説得できませんでした。仕方がありません。それも武士です。そして軍議では、
「武田信玄は鬼だ。あれに屈すると家族は皆地獄のような生活を強いられる。よいか、この戦は負ける。だが、ただ負けはせん。信玄にも同じ苦しみを味あわせてやるのだ。物見によると武田軍は搦め手から攻めてくる。大将は伊那勝頼、信玄の跡取りだ。勝頼を殺しせめて信玄に嫌な思いをさせてやろうではないか」
と、兵を煽ります。そして堀を埋めた事に対し、
「武田軍は堀を埋めた。城への侵入口を確保したつもりであろうが、それは放っておく。どうせ我らは勝てない、城に入るなら入らせれば良い。だが敵兵を分断させておきたいから100だけ兵を残し、堀にいる武田軍に定期的に矢を放ち牽制しろ。堀の兵が固定できれば搦め手の兵は勝頼の五千のみ。勝頼は討ち取れる。残り全軍で勝頼に突撃する」
勝頼の陣では内藤修理が、
「伊那殿。まずはそれがしの隊が搦め手に仕掛けきっかけを作ります。敵の出方を見て参ります」
「敵兵を引きつけその間に逍遙軒様の別働隊は突っ込む作戦です。あまり無理はしないようにしてください」
「承知。それで、そこにある物は何ですかな?」
「ああこれですか。内藤殿が仕掛ける前に景気づけに一発お見舞いしましょう。準備ができたら教えてください」
搦め手の門の上に敵の鉄砲隊が登りこちらを狙っている。近づいた兵を狙うつもりのようだ。内藤の兵は竹襖と鉄板を貼った盾を構えてジリジリと前進していく。鉄砲の射程距離まで近づいたところで進軍を止めた。
内藤からの伝言が勝頼に届いた。準備ができたようだ。
「徳、撃っちゃっていいよ」
「はいな! 行くよお前たち」
徳は兵に荷駄から砲台を組み立てさせ、勝頼からの合図を待っていました。距離は200m、内藤の兵を掻き分け砲台を設置します。兵は何だこれ? と思いながらスペースを開けて徳達を見ています。
「角度調整、もう少し上よ。はい固定。弾は通常弾でいきます。着火!」




