勝頼の嫁
そうきたか!織田掃部は信長に言われた事を思い出した。
『跡取りでなくてもいい。信玄の子であれば構わん。ようは縁があればいいのだ』
掃部は五郎盛信の嫁なら問題はないと考えました。そして最大級の笑顔で、
「ご承諾いただきありがとうございます。武田家と織田家に縁ができます事、誠に素晴らしき。すぐさま美濃へ戻り信長様へ知らせます」
「信長殿は美濃にいるのだな。速いことよ」
信玄は甲斐、信濃の2カ国を得るのに20年かかっています。それなのに織田信長は桶狭間から数年で美濃まで進出しています。そのスピードに驚きながらも、信玄には織田はまだ弱小にしか見えていません。織田が属国のように下手に出ているのも策だとわかっています。今の信玄には今川をどうするかが当面の課題であり、織田との縁組みはどうでもいいのです。
掃部が帰った後、信玄と勝頼は2人だけで話をしています。
「驚いたぞ、お前の案には。これでうまくいくな。今は織田の相手はしてられん。この先ぶつかるかもしれんが」
「はい。五郎であれば信長も満足でしょう。ただ、信長は甘く見ない方がいいと思います。それで今川ですが、寿桂尼から文が届きまして、今川義元の末娘を差し出してくるそうです。年は14、容姿はわかりませんが戦略結婚ですので」
「側女があれだけいれば正妻の容姿など。いや、失言だな。寿桂尼は何と言っている?」
「於津禰が戻ってしまい武田との縁組みが切れてしまった事は大きな問題であり、勝頼との縁組みを望む、と」
寿桂尼は義信が失脚、死亡し、於津禰が戻ってしまったので焦っていました。このままでは今川は滅びると確信していたのです。氏真に北条の嫁がいるとはいっても氏真があれでは時間の問題です。
氏真は於津禰が戻ってきた事で激怒し、北条に武田が裏切った、共同で武田を攻めようと声をかけたようですが北条は相手にしていません。関東では武田と北条が組んで攻めかけているので、今武田と仲たがいするのは北条にとっては困るのです。
勝頼は信玄に相談をしてある策略を実行しました。於津禰が戻された後、寿桂尼に連絡を取ったのです。
「義信みたいになるなよ。頼むぞ勝頼」
「寿桂尼はこれでホッとしてあの世へ旅発つのでは?それは冗談としてもそう長生きはしないでしょう。寿桂尼がいなくなれば今川の重臣達を簡単に取り込めましょう。すでに岡部、朝比奈は恭順の意を示しており我が家臣同様です。今川を攻める時にはこちらの意を汲んで動いてくれます」
「今川の嫁はどうするのだ?」
「なあに、それがしがうまくやりますので。今川の女ではなく武田家の嫁にしてみせますよ。兄上とは違いますので」
勝頼は三雄の案を採用したのでした。今川義元の娘を正妻にし今川を安心させておいて、水面下で重臣の調略を行う。今川の娘は武田の嫁として再教育を行う。徳がいるからね!そして時期を見て駿河を攻める。それには織田、松平とは争わないようにする。そっちを相手する余力は無いのです。竹中半兵衛もこの案には賛成でした。ただ、誰の発案かと悩んでいましたが。それと、半兵衛は織田を軽く見ない方がいい、目を離さないように間者を派遣するよう助言がありました。半兵衛は織田信長と直接戦ったことがあります。信長の怖さをよく知っているのです。
「勝頼。そちの初陣だが、関東へ出陣する。逍遙軒が行っているのだが手こずりすぎている。それが終わったら駿河になるであろう」
川中島の件は初陣とカウントされていないようです。駿河を攻めるのは来年?勝頼は高遠へ戻り出陣の準備に取り掛かりました。
「半兵衛。今川と組んで三河を攻める手は悪手だよな」
「今川と組まなくても勝てましょう。ですが三河は元々今川の領地、今川のために働くのは悪手ですな」
「半兵衛は信長を恐れているだろう?信長を倒すのはいつがいいと思う?」
「最善は今です。今なら楽に勝てましょう。ですが、武田が織田を攻めれば信濃を取られます。武田には土地の利がありません。周辺国は強者ばかりです。今は弱体化した駿河を攻めるのが正論ですが気になることはあります」
「なんだ?」
「松平です。当家とも結んでおりますが、織田信長とも繋がっています。家康は昔、織田に人質となっており信長とは仲がいいのです。この両家が組んで当家に対抗してくると厄介ですな」
半兵衛の心配事は三雄から聞いた未来と一致しています。なんで半兵衛を味方にするよう勧められたのか理解した勝頼でした。
さて、早速出陣かと思いきや今川からの使者がすぐにでも嫁入りさせたいと金銀とともに交渉に現れました。勝頼は古府中に再び呼び出されました。
「すまんな勝頼。今川、というか寿桂尼であろうが相当焦っているようだ。高遠へ迎えるか?」
信玄に問いかけられましたが勝頼は、
「いえ、お屋形様。高遠には見せたくない物がありますので、領地はそのままとして古府中へ引っ越します。今川の従者には変なのも混ざっているでしょうから」
信玄も挙式に参加することになり、出陣が一か月遅れました。そして嫁がやってきました。




