突撃
明石は槍隊を前に出した。陸地からの攻撃を防ぐ目的だ。そして鉄砲隊を槍隊の後ろに下げて空を警戒させた。
「良いか、空と陸両方から攻めてくるぞ。鉄砲隊は空だけを狙え。どういう攻撃をしてくるかはわからんから近づけるな」
ここには鉄砲は二十丁しかない。兵を展開できるほど広い場所ではないし地形的には鉄砲はあまり効果的ではないので備え程度しか用意していなかった。必要なのはここだけでなないし本隊や軍の前衛にも備えは必要だ。それに縦長に広がった軍での鉄砲は使いずらい。敵を迎え撃つにはこの数で十分なはずだったのだ。
鉄砲隊への指示は空の敵を近づけない事だった。真上から何か落とされたのでは敵わないし、空から鉄砲は撃てないだろう。なんにせよ空の敵は近づけなければいい。
ところが空の敵は明石の遥か頭上を悠々と飛んでいる。
「う、撃てー!」
鉄砲隊が空に向けて発砲するがそもそも空へ向けて弾を撃ったことなどないし狙いも上手くつけられない。それに射程距離外だったので弾は届かない。鉄砲隊はとにかく近づけないように撃っては弾を補充を繰り返した。空の敵はそれを嘲笑うかのように何度か旋回した後、黒田軍の頭上を明石を無視したかのように登っていく。
「しまった。殿の方へ向かったぞ!殿へ伝言を、急げ」
明石の兵が空を見てハンググライダーの飛行する姿を凝視しているその隙に、井伊直政は軍を静かに進めている。こちらを見ていない今が絶好機。そして先頭を駆け出すと兵が遅れるかと続いていく。明石の槍隊、槍衾を作っていた本来足留め役の兵は虚を突かれ慌てて立て直そうとしたがそこを井伊直政の槍が襲った。
万全を期して敵の攻撃に備えていたはずだったのが一気に崩れていく。明石は数秒固まったが我に返った。
「慌てるな。敵を抑えよ。迎え撃て!」
大声で指示を出す。空を飛ぶ物に気を取られていた兵はその大声を聞いて井伊直政の方へ向き合い、槍を構えた。倒された兵達の後ろに新しい槍襖が完成した。こうなるといくら豪の直政でも突っ込むわけにはいかない。一度下がり波多野の兵と入れ替わる。そして兵同士が向かい合って硬直状態になった。その後ろにいる明石は敵の数を把握しようとして物見を見晴らしのいいところへ行かせようとした。官兵衛も心配だがここを崩されるわけには行かない。この状況では支城を攻めている兵は当てにはならないがまだ兵の数はこちらが多いのだ。
波多野の兵が明石の槍隊に向かって鉄砲を撃った。さっきまで鉄砲隊は後ろに隠れていたので敵からは見えなかった。明石側から見ると向かい合っていた波多野の槍隊がすっと下がったら鉄砲隊がいたという構図だ。波多野は敵の鉄砲隊が下がり槍隊が前に出てきたのを見てすぐに陣形を変えさせていた。これも井伊直政の突っ込みと連携している。明石の槍隊は壊滅した。だがその後ろから新たな槍隊が鉄砲隊が弾込めで射撃が止んだ隙に現れてその後ろから飛んできた矢が波多野の鉄砲隊を襲う。それを直政や槍隊が鉄砲隊を守るように前に出て矢を叩き落とす。山なりに放たれた矢を捌くのはさほど難しくはない。それを見た弓矢隊が水平に矢を構える。すると波多野は竹襖隊を前に出し矢を防ぐ。
一進一退のようだが直政側の犠牲は少ない。そしてその一見均衡しているような状況が崩れた。明石隊の側面を砦から脱出した兵が山を駆け降りて襲ったのだ。
「殿、ここは食い止めますゆえ、お下がりください」
明石の側にいた兵が叫ぶ。
「何を言う。ここで食い止めなければ黒田官兵衛に顔向けできぬわ。おめおめ逃げてきたなどと言えるか!」
黒田官兵衛は今は上司だが従兄弟でもある。みっともない真似はできない。
「いまだ!」
井伊直政は大声で叫んだ。波多野の兵が猛ダッシュで敵に突っ込んでいった。直政は動かずに留まっているがそれには理由があった。そこに朽木と一緒に結城信平が現れた。波多野の兵は大暴れだ。
「上手くいっているな」
直政は予定通り現れた主人に、
「殿の思惑通りに進んでおりまする」
面白くなさそうに答える。信平はそれを気にせずに、
「ここまではな。問題はこれからだ。朽木殿、ここはいい。行ってくれ」
朽木は信平の護衛をしてきたのだが波多野の応援に走っていった。朽木も波多野と同じで活躍の場を求めていたのだ。朽木も波多野も一族の生き残りがかかっている。この先に見せ場が来るかはわからない。ここで功績を上げなければ次があるかはわからないのだ。
「殿、上手くいってはおりますが兵力の差が出る場面が」
「ほう、お前もそこまで読めるようになったか。幸村の影響か?」
「某とて成長しております。幸村は関係ありません」
「では、その時にどうすると思う?敵は黒田官兵衛、その先には加藤清正。手強いぞ」
「分かり申さぬ。某は命に変えても殿をお守りするだけです。その為にここに残っているのです」
俺の護衛か。こいつなりに考えているということだな。直政も攻撃に加えたいと思っていたがここはこいつの意見を聞くことにしよう。波多野、朽木が逃げてこない限りはここを攻めては来ないさ。その時は俺が逃げることはない。兄者も弟もいるのだから武田の名に恥じぬ戦いをするだけだ。信平は直政を見た。直政は槍を持ち仁王立ちしている。強そうな護衛だ。俺の読みが合っていれば必ず時は来る。




