決裂
勝頼が帰り、義信は信玄のいる部屋に向かいます。義信は過去を思い出しています。
「2人きりで話すのは初めてやもしれん。親子だと言うのに」
信玄も同じ事を考えていました。義信がこうなってしまったのは兵部のせいではなく親としての自分の問題だと。2人の話は3日間続きました。最初のうちは仲良く話をしていたのです。
「お前が産まれた時は本当に嬉しかった。三条も若くて素直だったしな。気が強いのは変わってないが。余というよりも父上に似ておったな」
「じじ様にですか。お元気でいらっしゃいますかな?」
「今川に毎年かなりの金子を送っている。不自由はしてないが未だに天下取りについてうるさく言ってくる」
義信は知らなかった。追い出して家督を奪い取った信玄が連絡を取り合っている?
「文のやり取りをしているのですか?」
「たまにだがな。自分の情報網を持っているようで色々と言ってくるよ、うるさくてかなわん。それよりまだ孫の顔は見れんのか?夫婦仲が良いのに」
「こればかりはなかなか。励んではおりますが」
「跡取りができないというのは良くない。それにお前に子ができれば家臣も安心する。妾を作ったらどうだ?気になる娘がいるのなら話を付けることもできるぞ」
「それがしは於津禰一人で十分です。あれはそれがしには過ぎた嫁、それに今川との関係もあります」
ここらあたりから徐々に本題の今川家関係の話になっていきます、そして徐々にヒートアップしていきます。
「父上は今川との同盟を軽く見過ぎではないですか?今川、北条との三国同盟があるからこそ、武田は信濃を取る事ができたのです。その恩を忘れては義の反します」
「確かに信濃を取れたのは、今川、北条が攻めてこないように同盟を結んだからだ。それは戦略だ、この乱世ではその時その時で最善の判断を行わないと生き残る事は出来ない。義信、よく考えろ。三国同盟は今川義元がいたから結んだ同盟だ。今の今川家にその価値があるかどうかを」
「今川家は氏真殿を中心に重臣の方が一丸となってお家を守っておられます。どこに問題があるのです?」
「それは於津禰からの情報か?もっと現実を見るのだ。視野を広く俯瞰して物事を見れるようにならないと領主は務まらんぞ。氏真は蹴鞠ばかりしていて家臣は呆れているではないか?」
「それは勝頼の情報ですか?それがしの言う事より勝頼の言う事を信用するのですか?」
「それは違うぞ義信。余はあちこちに情報網を持っている。その色々な情報を整理して判断をしているのだ。よく考えるのだ。3年後、5年後にこの日ノ本の戦力圏がどうなっているかを」
「父上は今川を攻めるというのですか?」
「まだわからん。だがそうなる可能性は十分にある」
「なぜですか」
「それがわからない事が問題なのだ。今川義元が死んだ後、今川はどうなった?重臣の多くも一緒に死んだ。起きてしまった事は仕方がない、大事なのはその後だ。松平が裏切り一気に三河を取り返した。いずれ遠江にも出てくるであろう。今川は何をしている?なぜ取り返さない?このままではじりじりと領地が削られ滅亡するであろう。そんな今川と組むことに何の利があるのだ」
「利ではありません。義です。義を軽んじて大義はなせませぬ」
「義だと。義とは勝つことだ。生き残ることだ。お前の言う義は確かに大事である。だが、それは表のことだ。この乱世では義を重んじるだけでは生き残れない」
「松平が出てくるなら今川を助けて我らが出陣すれば良いのです。同盟を結んでいるのですから」
「それで武田に何の得がある?」
「損得だけではありますまい」
「戦に出るには金がかかる。手柄を立てた者への褒美や怪我をした者への補償もある。損得なしに戦はできんよ」
「今我らは得がないのに関東へ出陣しているではありませんか?」
「わからぬのか?確かに今回の戦は北条の要請によるものだ。別に上州の城が今欲しいわけではない。だが3年先はわからない。その頃に北条との同盟が続いているかもわからない。今回はその時の為の下見だ。関東に詳しい内藤修理を出したのも調略の準備だ」
内藤修理は、信玄の父、信虎に嫌われて一度武田家を出奔し関東をフラフラしていた事があります。その為関東の諸侯に顔が効くのです。信玄が家を継いでから戻ってきた出戻りで穴山が内藤を嫌うのも出戻りのくせに、という感情が先にあります。ですが出戻りとはいえ信玄は内藤を信頼しています。今回内藤を関東へ出したのは未来への布石なのです。
「よいか義信。先見という言葉がある。もしかしたら関東の戦は無駄になるかもしれない、だが出陣する以上何か得るものがなければならない。だが今川を助けるというそちの意見に得るものはない。それよりも余は駿河を手に入れる絶好機と考える」
「何と仰せられる。それでは於津禰はどうなりまする?」
「そうなれば離縁して国へ返す」
「話になりませぬ。そのような事に同意はできません。父上、恩を仇で返すような事を正論のようにおっしゃいますが世間は認めますまい」
「この乱世においてそなたの考え方は甘いのだ」
「同盟国を攻めるなど」
「もう良い。これがわからぬようでは話にならん」
信玄は義信に謹慎の継続を命じました。親子水入らず、腹を割っての会談の結果は決裂、そしてその情報は重臣達に伝わっていきます。




