小早川秀秋の行方
八上城で井伊直政が信平に呆れられていた頃、小早川秀秋の小姓で秀秋を見捨てて逃げた太郎はひたすら走っていた。空腹と疲労で倒れそうだったが早くここから離れたい一心で走っている。一緒に逃げていた仲間がいたはずだがいつの間にか逸れてしまった。追っ手が来るかもしれないし、逃げた事がわかれば腹を切れと言われるかもしれない。なぜこうなったのかを走りながら考えたがわからなかった。太郎は賢くはないが小狡いタイプで自分でもそれを理解している。きっと小早川秀秋は捕えられているだろう。そう思うともう自分の居場所はないのではないか。いっそ廣島へは戻らずにどこか知らない土地で生きる方がいいかもしれない。
途中農家に泊めてもらい食事にもありつけた。
「助かった。もう何日も飯にありつけなんだ。渡せる物がこの具足しかないのだがこれを置いていきたい。売れば多少の足しになるであろう」
「お武家様。貧しい農村ゆえありがたくいただきます。戦の噂がこんな田舎にも聞こえてきております。お武家様はどちらから来なさった?」
「八上城だ」
「そうですか。この間大勢のお武家様のような人達が八上城の方へ向かわれましたが。そうそう、なんでもまた別の大軍が街道を進んで大阪へ向かっているそうで。こんな田舎が騒がしくなるなんて迷惑な事です」
「大軍?」
「田舎なのですぐ噂になるのですよ。うちらは忙しなく働いて年貢をお納めしての繰り返し。戦なんぞしてる暇があるならもう少し生活の糧になるような、いえこれはお武家様に言っても仕方のない事でしたね」
「そんなことより大軍とはなんだ?」
太郎はそっちの方が気になりこのおっさんの言う事が耳に入っていない。もしかして加藤清正様の軍だろうか?
「街道を進んでいるそうです。それしかわかりません」
街道か。八上城の事を知らせるべきか?だが俺が逃げだしたのがバレると不味いかもしれん。太郎は翌朝、進路を変えて街道へは向かわなかった。あくまでも自分が可愛いのだ。ここで太郎が急いで街道へ向かい助けを求めていればその後の展開は変わったかもしれない。
加藤清正は廣島で小早川秀秋と合流して大阪へ向かうつもりだった。ところが廣島に着くともう秀秋は出発した後だった。
「全く何がしたいのだ、彼奴は」
「秀吉の甥と聞くが人間血だけでは判断はできぬものよ」
答えたのは島津義久だ。九州からここまで来る間に色々な事を話してきた。清正が言うには、真っ直ぐ大阪城へ向かうと言う。草の報告で将軍武田信勝が琵琶の海から丹後、丹波へ向かったと言うし、上杉は京を占拠しているともいう。
「加藤殿、こちらは八万もいる。このまま将軍とひと戦する手もあるが」
「武田の戦法は尋常では無いと聞く。仕掛けるにはそれなりの準備が必要」
「ふむ。加藤殿が言うのであればそうなのであろう。福島殿も出陣したと聞いたが」
「彼奴は戦好きで上杉と戦いたいと言っていたから喜んで出陣したと思うのだが、動かないようだ。殿下のご命令なのだろう」
「京の上杉か。我らは大阪へ着いてから福島殿と京を攻める事になるのか?」
「秀秋殿が先に大阪に着けば先を越され我らの出番はないかもしれぬな」
「それはつまらん。急ごうではないか」
「焦らずとも将軍が出張っているので出番はくるだろうが、秀秋に良いところを持っていかれるのは確かにつまらん」
そう言って大阪への道を急いだ。当然、秀秋が寄り道をして八上城を攻めて負けた事は知らない。
大阪に着いた加藤清正、島津義久は殿下にお目通りを申し出た。出迎えたのはやつれた立花宗茂だった。
「遠路はるばるご苦労でございます」
「立花殿、お主は正則と一緒に出陣していたと聞いたが。だいぶお疲れのようだな」
「加藤様、殿下のご命令で某だけ戻っております。某の兵は後藤信尹に預けました」
後藤信尹か。あの男は優秀だから任せられるのはわかるが殿下は何故?
「そうか。正則めはどうだ?」
「血気盛んに出陣致したのですが待てというご指示で苛立っておられます。上杉なんぞ屁でもないと仰られまして。特に陣を敷いているのが前田様がお亡くなりになった場所なので余計に」
加藤清正、福島正則は前田利家には世話になっていた。一時期敵対した事もあったが幼き頃から利家の事を慕っていたのだ。利家が秀吉に味方してからは良い相談相手だったのだが、武田との戦で命を落としてしまった。上杉は利家の敵の一人でもある。
「殿下のお許しがあれば正則に会ってこよう。そういえば小早川秀秋殿はもう着いておられるのか?」
「中納言様でございますか?加藤様とご一緒なのではないのですか?」
「着いていない?」
清正は島津と顔を見合わせた。どういう事だ?すると秀吉の小姓が呼びにきたので大広間へ向かった。




